廻る物語 2
その頃金吾は、土の壁に背をもたれさせて溜息をついていた。
「あ〜あ…。みんな今頃心配してるだろうな…。」
三之助を追いかけてきたのはいいのだが、道なき道を突き進む三之助に不安になり、周りを見渡して目を離したとたん、消えてしまった。その後必死の捜索の甲斐なく、こうして崖から滑り落ちて足を挫いてしまったのだった。
足の激痛に立ちあがることすら出来ず、どうするか考えているうちにこんな時間になってしまった。
幸い、崖下のあたりは木が生い茂っていたので、もし雨が降っても濡れることはなさそうだが、探すほうは見つけづらいかもしれない。
「あ〜あ…。」
こんな遅い時間、一人でいるといやなことばかりを考えてしまう。
「だめだだめだ!!楽しいことを思いだそう!えーとえーと、この間はは組でなにがあったっけ…?ああそうだ確か休み時間に三次朗が何か話してたんだ。」
『ねぇねぇ。とっておきの話があるんだけど、聞かない?』
『とっておきの話―!?』
『きりちゃん。目が小銭になってるよ。』
『ああ、ごめんきり丸の好きなタイプじゃないかも…』
『なんだぁ。』
『で、なになに?』
『うんあのね。この間伊賀崎先輩から聞いた話なんだけど…。』
『うんうん。』
『昔の忍術学園の先輩が裏裏山のね、生い茂った森の奥…人の道も獣道もないところに、修行に行ったんだって。』
『うんうん。』
『その先輩は優秀でね、熱心に修行するあまり帰る時間が遅くなったから、山の中で野宿することにしたんだって。』
『うんうん。』
『そして、適当な場所に寝転がったとき声が聞こえたんだ…。『どこだ…どこにいる…』って。先輩は、遅くなった自分を誰かが探しに来てくれたのかと思ったらしい。『ここだよ。』って返事をしたら…。』
『うんう…ん。』
『まず赤い光が二つ見えた。松明の明かりかと思ったけど、それにしては明かりが小さい。いつまでたっても光が大きくならない。次に獣の目かと思ったけど、それにしては赤過ぎる。先輩は不気味に思って慌てて木の上に逃げたら、それと同時に大きな影がもとの場所に多いかぶさってきたんだ。』
『………。』
『影が動いて、それがぐるりと先輩の居るほうへ顔を向けると…』
『………。』
『赤い目をした鬼が『みぃつけた』って…』
『ぎゃーーー!!!!』
『なんだよ!とっておきの『怖い話』かよ!!』
『うえーん怖いよー。もう裏裏山にいけないよ。』
『なんだよー。あまり怖くないように明るいうちにしてあげたのに。』
『いらないよ!そんな親切!』
『怖かったー。』
『でもこの話には続きがあるんだけど…』
『いらない!!聞きたくない!!』
『とっておきなのに…。』
『断固!拒否!』
「そうだったそうだった。あの夜なんか喜三太怖がっちゃって…。」
一人でくすくす笑っている金吾が、突然ピタリと笑いをとめた。
現在の場所→裏裏山。ついでに言うなら人の道も獣道もない山奥。
現在の時刻→満月がほぼ真上。つまり真夜中。
サーっと金吾の顔から血の気が引く。
(これってこれってあの怪談と同じ状況じゃないか…っ)
しかも自分はその話の先輩のように木に飛び上がることもできない。もし鬼が来ても逃げることができない…!
「どどどどどうしよう!ああ〜こんなことならちゃんと三治朗に最後まで話を聞いておけばよかった!」
とりあえず金吾にできることは、なにか来たらすぐわかるように目の前をまっすぐ見ていることだった。
しかしそうしているうちにも金吾の恐怖は広がっていく。
鬼が来たらどうしよう…。
刀は置いてきてしまった。体育委員会のマラソンでは邪魔になるから。暗器の類もだ。
自分は何もすることなく、食べられてしまうのだろうか?心配してくれているは組のみんなや、体育委員会の先輩たち。尊敬する戸部先生にも、誰一人ここにいることを知られることなく、死んでしまうのだろうか?
「〜〜〜。」
金吾の瞳に涙が溜まる。体は恐怖ゆえに震えている。
それが限界に達したころ、金吾は目の前の暗闇に、ゆらりと揺れる赤い光を見た。
「見つけた…!」
「う、わああああああ!!」
金吾は頭を抱えて蹲る。
「ごめんなさいごめんなさい食べないで!!」
ガサガサとそれが近付く音がして、ますます金吾は体を硬くした。
「おーい金吾?さすがの私も人間は食べないぞ?」
「へ?」
聞き覚えのある声におそるおそる顔を上げると、そこには困った顔をしながらも微笑む柔和な顔があった。
「不破せんぱ……鉢屋先輩?」
「あたり。見つかってよかった。」
「…はちやせんぱい〜〜。」
自分で情けないと思いながら、金吾は涙を止められなかった。三郎はそんな金吾を抱きしめながら背中を優しく叩いてやる。
「よしよし。よくがんばったな。えらいぞ金吾。」
「う〜〜〜。」
ちいさな子供みたいだとか。鬼と間違えてごめんなさいとか。いろいろ伝えたいことはあったけれど、とりあえず金吾は思う存分鉢屋の胸で涙を流した。
「……鉢屋先輩。もう大丈夫です。落ち着きました。」
「そうか?もう行けるか?」
「はい。ご迷惑を…」
「気にするな。…足が腫れてるな。歩けるか?」
「…ちょっと無理みたいです。」
「そうか。」
そういうと、三郎は金吾の目の前で背を向けてしゃがみこむ。金吾はその意味がわかって真赤になった。
「あ、あの鉢屋せんぱ」
「ほら。七松先輩たちも心配している。早く行こう。」
それを言われると辛い。金吾はそう思いながら、恐る恐るその背におぶさった。
暗く道なき山を、三郎は飛ぶように走る。
背中のぬくもりに気を向けながら、他の捜索隊のメンバーの気配を探る。
もう二刻立つころだ。みんな麓へ向かっているようである。
「鉢屋先輩…。」
「うん?どうした金吾?足が痛むのか?」
「違います!あの、そうじゃなくて…。」
「金吾?」
三郎は走りながら、背中の金吾をちらりと見る。子どもは背中の上で、恥ずかしそうに顔を俯かせていた。
「あの…さっき…先輩を…。」
「ああ!食べないで!って言ってたこと?」
「ご、ごめんなさい!!先輩は助けにきてくれたのに!」
「ははは。どうしたんだ金吾。怖い話でも思い出していたのか?」
軽く笑いながら、三郎は少し焦っていた。
何を隠そう、おそらく金吾が思いだしていた怪談は三郎が流していたものなのだから。
もし夜中に自分を見つけられたら、という時の対策の一つとして話の広がりそうな人物たちに話したのだが、思ったより遠くまで広がっていたようだ。…尾ひれをつけて。
しかしこの怪談で肝心なのは、「裏裏山」、「赤い目の鬼」、そして「助かるための言葉」だ。よりにもよって一番大事なところが抜けてしまっていたらしい。おそらく一番裏裏山に来る機会が多い体育委員にちゃんとした情報は伝えたほうが良いだろう。
「金吾。その話はちゃんと最後まで聞いたのか?」
「い、いえ…その、みんな怖がっちゃって…最後までは…。」
「だろうと思ったよ。」
「鉢屋先輩は知ってるんですか!?この話。」
「知ってるともさ。」
なにせ元ネタは私だ。とまではもちろん言わない。
「赤い目の鬼に会ったらな。『ばいばい。また遊ぼう』っていうんだよ。」
「また、あそぼう…ですか?」
「そう。そう言えば、鬼は君を友達だと思って襲わない。」
「鬼は、僕たちと遊びたいんですか…?」
「……………そうだな。きっと、そうなんだよ」
三郎はその言葉に、すぐに答えることができなかった。自分でもわからなかった。
ようやく麓についたときは、すでに他のメンバーは全員揃っていた。
滝夜叉丸は三郎の背中に乗っている金吾を見つけると、飛びかからんばかりに抱き締めた。
「金吾…!よかった…。」
続いて小平太と先生たちが駆け寄ってきた。
「鉢屋。ありがとう。」
「わしからも礼を言うよ。うちのクラスの子を見つけてくれて、ありがとう。」
「いえ、そんな…。」
土井と山田から礼を言われて恐縮する三郎に、小平太が思いきり抱きついた。
「う、わ!ななまつせんぱい!!」
「ありがとう鉢屋!!ありがとう!」
「わかりました!わかりましたから!!放してください〜!!」
このままでは骨が折れる…っと本気で危惧していると、ようやく小平太が離れた。と、思ったら今度は金吾にも同じことをしている。
「金吾!まったく…心配させるな…!」
「いたたたたた!ごめんなさいごめんなさい!!いたいです七松せんぱい!」
「だめだ!もう少しこうしてやる〜!!」
「うぎゃあああ!」
それを微笑ましげに見つめていると、今度は犬を伴った竹谷がやってきた。
「よ。おつかれさん。」
「ようハチ。悪かったな。呼びつけて。」
「なぁに。気にすんなよ。」
パシンとお互いの手を顔の前で合わせる。さっき殴ったのも気にしていないようだ。
「さて。では帰るぞ。」
「はーい。」
伝蔵の言葉に、金吾を抱え直した三郎(小平太は泥だらけで滝夜叉丸は疲労困憊であったため)を含めた全員が歩きはじめる。
「…ねぇななまつ先輩?」
「ん?どうした?」
鉢屋の歩調に合わせていた小平太が、金吾の小さな声に呼ばれて顔を近づける。
「赤い目の鬼のおはなし…知ってますか?」
「赤い目?…さて?」
「赤い目の鬼にあっても……こわがっちゃ、だめなんです。『またあそぼう』って…言って、あげるんですよ…。」
金吾の目はとろんとしていて大分眠そうだ。小平太は常にないほど優しく、金吾の頭を撫でる。
「おにさんは…さびしがりやなんです…から…。」
どんどん声はか細くなっていき、最後には同時にスー…といった寝息も聞こえてきた。
「…寝ちゃいましたね。」
「そうだな…疲れたんだろう。悪いな。本当は俺が背負うべきなんだが…。」
「気にしないでください。1年の体重くらい、軽いもんです。」
「そうか…。」
「先輩も、明日には元気になってくださいね。なんだか今日はしおらしくて気持ち悪い。」
「やっぱりひどいな鉢屋。…これでも、反省しているんだが。」
「努力は認めますが、周りに悪影響を及ぼしかねません。」
「悪影響?」
「たとえばまず、滝夜叉丸が心配して心配して倒れてしまうでしょう。」
「むう。」
「次に、他の6年生の方々が天変地異を警戒して部屋から出てこなくなりかもしれません。」
「なんと。」
「とどめには金吾が自分を責めるでしょうね。」
「う…。わかった。無理はしないようにする。」
「賢明です。」
三郎は笑って、まっすぐ小平太を見つめる。その目は、月の光を吸って赤く光っていた。
「…………。」
小平太は驚き目を見開いて見つめ返したが、三郎はさっさと視線を外してしまう。
横から見た瞳は赤くはない。いつも通りの色だ。
「先輩?」
「…いや、なんでも…ない。」
「?」
金吾の言葉が甦る。
『赤い目の鬼にあっても怖がっちゃいけません。『また遊ぼう』って言うんですよ。』
『鬼さんは、さびしがり屋なんですから。』
あとがき
ばれた三郎。三郎の過去については番外編をご覧ください。ねつ造ばかりですが。
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