物語の続き



きっかけはささいなことだ。
けれど、そのささいなことで始まった関係に、こんなにも胸が動かされるなんて、いままで信じていなかった。


「三郎。最近七松先輩と仲良いだって?」
「…………なんだって?」
目の前の友人の言葉に思わず眼が座る。声まで普段ないような無愛想なもので、その鋭さに雷蔵、久々知、竹谷の三人が思わず仰け反った。
「さ、三郎?どうしたの?怖い顔して。」
「アホなこと言う竹谷が悪い。」
「俺のせいかよ!!」
「あーあ。ハチのせいだー。」
「うるせーぞ。豆腐小僧。大体、なんでそんなことで不機嫌になられなきゃならん?」
「黙れ笹豆腐コンビが。おまえらに俺の苦労がわかってたまるか。」
「こら三郎。言葉が過ぎるよ。」
ずず…と茶をすすりながら毒を吐く三郎に、保護者化している雷蔵が叱る。
「雷蔵おかあさーん。三郎がいぢめるよー。」
「えーん。雷蔵おかあさーん。」
かばわれたことに調子に乗った二人がふざけて両側から雷蔵に抱きつく。
「ちょ、誰がお母さんだよ誰が!」
「………。」
振りほどくことができずにいる雷蔵に代わり、三郎は黙ってゴン、ガンと二人の頭を殴った。
「あだ。」
「いってぇー。」
「………………。」
「三郎ってばほんとに不機嫌だね?どうしたの?」
「………。」
いつもはぺらぺらとよく口が回る三郎が、今日は黙ってひたすら茶を啜っている。
表情こそ先ほどに比べれば穏やかになったが、にじみ出る空気が不機嫌さを物語っていた。
友人たちは却って興味をそそられたようで、三郎に直接聞かず推論を立て始めた。
「雷蔵、なんかしたんじゃないの?」
「えーだって今だって助けてくれたじゃない。僕に怒ってるんじゃないと思う。」
「じゃあ、変装を誰かに見破られたとか?」
「それだって、兵助はいつも私たちの区別がつくじゃない。」
「ま、そうだよな。」
「学級委員の予算が通らなかったとか?」
「でも最近予算会議ないぜ?」
「課題で失敗したとか?」
「三郎に限って?それにそんな話は聞かないなぁ。」
「今日のご飯が嫌いなものばかりだったとか!」
「お前じゃねーよ兵助。」
「三郎は別に嫌いな食べ物ないよ。」
「最近かまってやってなかったとかは?雷蔵。」
「えー。だって委員会が忙しいんだもの。それに、僕が仕事の時はは組の子たちとよく遊んでるみたいだし。」
「は組の子にかまってもらえなかったとか。」
「子どもかよ。」
「そんなことはないけどな。うちの伊助が『鉢屋先輩が遊んでくれました』っていちいち報告してくれるから。」
「お前も保護者かよ…。」
「でも最近ずっとこんな調子だよな。」
「うん。ひと月くらいかな?」
「雷蔵―。お前ホントに知らないのか?」
「分かんないよー。」
「あ!!鉢屋!!!」
ぼそぼそと交わしていた会話に、突然溌剌とした声が響く。その瞬間、三郎に腕がぴくりと動くのを、久々知は見逃さなかった。
「鉢屋!飯食い終わったのか?」
「七松先輩こんにちは。」
「どうだ!?なら一緒にバレーボールをやろう!!」
「相変わらずお元気そうで。」
「今日はマラソンって気分じゃなくてな!」
「あんまり後輩を酷使すると、また善法寺先輩がお怒りになりますよ。」
「よーし!じゃあ後で校庭に集合な!」
「さようなら。」
「「「…………。」」」
台風のようにやってきて嵐のように去っていった6年生を、3人は呆然と見送った。
三郎は先ほどと変わらず、静かに茶を啜っている。
「な、何?今の。」
「なぁ、今会話してたか?」
「してるようには聞こえなかったけどな。」
「変化球の応酬って感じだったな。」
「……あの人と会話を成立させようとしても無駄だ。」
「三郎。」
いつの間に持ってきたのか、お茶のお代わりを注いだ湯呑を両手で支えながら、三郎は遠い目をする。
「あの人は都合のいい耳しか持ってないからな。」
「あー…納得。」
「でもお前ら最近仲良いんだろ?」
「竹谷。お前は今まで何を聞いていた?あの会話が成立しない関係で、どう仲よくなるってんだ?ああ?」
「三郎三郎。また目が座ってるよ。」
「でも、七松先輩は三郎のこと気に入ったみたいだな。」
ぽつんと、久々知が爆弾を落とす。
「…なんだって兵助?」
ますます鋭さが増す眼力に、久々知は引く様子もなく淡々と話す。
「だって今だってまっすぐ三郎の方に向かってきただろ?普段、このメンバーで俺らと内緒話してるのは三郎のはずなのに。」
「………。」
「それに、七松先輩が有無を言わさず行くのは、きっと三郎のこと信じてるからじゃないか?」
「けっ。そんなことあるかよ。」
「でも行くんだろ?」
「…………………。」
「なるほどなー。それがまた気に入らないわけだ鉢屋くんは。」
「黙れ。」
「三郎にも頼れる先輩ができたんだねー。よかったよかった。」
「雷蔵。俺は先輩がいないから今年の学級委員長になったんだぜ?」
「七松先輩は子どもの扱いがうまいからなー。」
「誰が子どもだ!!」
「「「三郎。」」」
「う……。」
思わず立ち上がった三郎を、3対の目が見つめる。その威圧に耐えられず、三郎はそのまま席を立った。
「あれ?どこ行くの?」
「部屋に帰るんだよ!」
「はいはい。怪我すんなよー。」
「怪我もさせるなよ。」
「部屋に帰るんだっつってるだろうが!!」


「お!!来たな鉢屋!遅いぞー!!」
「だから来るつもりはなかったんだって本当に…。」
「心中お察しします。鉢屋先輩。」
「お前も苦労するな滝夜叉丸。暴君の側仕えは大変だろう?」
「ええ、まぁ…。でも私は慣れましたから。」
そう苦笑する滝夜叉丸の影が一層薄く見える。苦労しているのが容易に想像できる委員会だ。少しは周りも労わってやればいいのに。
三郎はその菫色の頭巾の上から、よしよしと頭を撫でる。
「あ、あの…鉢屋先輩?」
「よしよし。偉いな。滝夜叉丸は。」
「こらー!!たきー!はーちーやー!早くこーい!」
「はいはい。」
「今行きます!!」


バレーボールの試合はめちゃくちゃだった。
メンバーは小平太、鉢屋対、他体育委員たち。
人数にしてすでに倍の差でもって、三郎はそれもうこき使われた。
なんと言ってもアタックするのが大好きな小平太のサポートに、三郎はひたすらレシーブ、トスを繰り返し行い、ようやく試合が終わるころには竜胆色の制服が土まみれになってしまっていた。
「あらら…またボロボロになったね三郎。」
「雷蔵…俺はもう無理だ…次からはお前が変わってくれ…。」
「無理だよ。七松先輩は私たちの区別がつくのだろう?」
「ああそうだった…くそ、忌々しい…。」
「こらこら。そういうこと言わない。楽しかったかい?」
「楽しいわけあるかー。この姿をみろー。」
「うん。よかったね。」
「…雷蔵?」
うつぶせに倒れた頭をポンポンと優しく叩く雷蔵の言葉に、三郎が恨めしげな目線を上げる。
それをことさら優しい目で見つめながら、雷蔵は制服の汚れを払ってやった。
「三郎、私たちとじゃ全力で遊べないだろ?だからたまには、そういうのもいいじゃない。」
「そんなことないさ。」
あまりにも早すぎた返事は、隠そうとしていた心を隠せていなかった。
「ふふ…。うそつき。」
「…雷蔵。今日は随分といじめっ子だね。」
「そう?まぁでもそうかもね。だって、三郎が私以外と仲良くしてるの、少し悔しいんだもの。」
「!!らいっ」
「はい布団敷くよー。」
「ぶふっ」
珍しく率直に気持ちを言う雷蔵に驚いて起き上がると、顔面を布団が急襲した。
「ちょ、らいぞ、」
「ほらほら邪魔だよ三郎。」
のしかかる白い布団の下から這い出ようともがき、開いた視界で一瞬、雷蔵の赤い顔が見れた。
「…雷蔵。」
「なんだよ三郎。」
「大好き。」
「……知ってるよ。ほら!もう寝るよ!!」
「うん。お休み。」


「鉢屋!」
疲れもあって深く眠った次の日の朝、井戸で元気な声が三郎の耳に入った。無視しようかとも考えたが、一応(強調)最上級生。相手をせねばなるまい。
「…おはようございます七松先輩。」
「おはよう!いやぁ昨日は楽しかったな!!」
溜息の分で遅くなった挨拶を気にした様子もなく、七松が泥だらけでそこにいた。
すぐに井戸を使うのかと少し場所を空けるが、七松は三郎を見つめたまま動く様子がない。
「…私になにか?」
「ん?いや、鉢屋は美人だなー。」
「……………………………。」
あまりにもにこやかに言うので、思わず変装がとれていないか確認してしまった。
もちろんそんなヘマをしているわけは無い。顔は雷蔵の顔のままのはずだった。
「……七松先輩は雷蔵がお好みで?」
「いや?たぶん違うが。なぜだ?」
「おや。知っているもの思いましたが。」
「だから何がだ。はっきり言って私は頭が良くないんだ。きっぱり言ってもらわないとわからないよ。」
「…私のこの顔は雷蔵のものですよ。ご存知ありませんでしたか?」
「いいや?ご存知だ。」
小平太は三郎の言っている意味がわからないのか、キョトンとした表情のまま首を傾げる。
その様子に苛立つ精神を押さえつけ、三郎はさらに言葉を重ねた。
「…でもこの顔が美人に見えるのでしょう?それでこの顔が好みでないと?」
「いいや。鉢屋は美人だろう?」
「だから、この顔は雷蔵と同じなんです!ならば雷蔵も美人に見えるのでしょう!?」
「ああ!!そうかそういうことか!」
やっと言いたいことがわかったかと三郎がため息を吐く。しかし次の瞬間、全力で地面に沈みたくなる発言をされる。
「私が美人だと思ったのは鉢屋だぞ!!」
…いままで尽くしてきた言葉たちはいったいなんだったのだろうか…?
「…先輩?」
「いやだから、不破と鉢屋はたしかに同じ顔なんだけれども、鉢屋の方が…なんていうか…そう!空気が綺麗なんだ!」
「は?」
「静かな冬の湖みたいな…キンと冷えて、でも波立っていない…。澄んだ空気なんだ。それが、とても綺麗なんだ。」
「たしかに不破の温かな、お日さまみたいな空気も嫌いじゃないけど…。私はお前の空気の方が息をしやすいんだ。体にすっと入ってきて、私の体まで澄んでいく気がする。」
そして微笑む小平太を、三郎は呆然と見詰めた。
心のどこかで呆れている自分がいる。
自分はそんなに綺麗なものではないし、嵐のように波狂うときだってある。むしろどろどろしたものが体の中からでないように必死になっているというのに。
この先輩は、まったく見当違いなことを言っているのだと。
わかっていながら、三郎は口を開くことができない。
思考が止まっている自分がいる。
顔が熱い。
胸が締め付けられるようで、内側でどんどんと叩く心臓が煩い。
背筋がしびれるような感覚に襲われる。
「…鉢屋?」
「し、失礼します!!」
気がついたときには自分の持てる忍びの力を駆使してその場から逃げだしていた。


きっかけはささいなことだ。
けれど、そのささいなことで始まった関係に、こんなにも胸が動かされるなんて、いままで信じていなかった



あとがき
照れる三郎。七松先輩は天然な大人です(笑)
ぐだぐだ話す5年が好きです。仲良し。



    
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