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語の始まり




それは、きっとちょっとしたことから始まるものだ。
たとえば、寝坊して朝ごはんを食べ損ねたとか。
たとえば、走っていたら石に躓いたとか。
たとえば、上を向いて歩いていたら、後輩の落とし穴にはまったとか。
いつもと少し違う自分、そんなことが、何かのきっかけになるのだろう。


「うわ。どうしたの三郎?いつになくボロボロじゃない。」
朝からの災難続きで癒しを求めた三郎は、真っ先に自分の半身ともいえる雷蔵のもとへ足を運んだ。
薄暗く静かな図書室の片隅で図書の整理をしていた雷蔵は三郎を見たとたん、その大きな目をさらに大きくして駆け寄ってくる。
心配そうに三郎を見つめる雷蔵に、心が温まる。
「らいぞう~。」
甘えるように抱きつけば、いつもなら頭を撫でる彼は、慌てたように三郎を押し返した。
「……雷蔵?」
「ああごめん三郎。でもだめだよ!いますぐ保健室へ行かなきゃ!」
「…必要ないよ。怪我なんてしてない。」
「だめ!足引きずってるでしょ?」
「ん~?だいじょうぶだよ。雷蔵に会えば、ね。」
「馬鹿言ってないで!ほらさっさと行く!」
そう言って、背中を押す雷蔵がかわいくて三郎はわざと自分で歩かずにそのままズリズリと押されてみた。
「さぶろう~!!重いだろ!」
「あはは。」


「ほら!ちゃんと診てもらうんだよ!途中で帰ったら後でひどい目に合わせるからね!」
「はいはい。分かりました。」
「も~。それじゃあ善法寺先輩、よろしくお願いします。」
「ぶくく…。はい。わかったよ。鉢屋はちゃんと見張っておくから。」
「おれは子どもか…。」
「「似たようなもんだろ。」」
二人同時に言われ、さすがに失笑する。
雷蔵はくれぐれも無理はしないようにと言い含めてから、再び委員会へ戻っていった。
それを笑顔で見送って、伊作はさて、と三郎に向き合う。
「で?どうしたって?」
「ただの捻挫ですよ。」
「珍しいじゃないか。何があった?」
「別に。少しドジっただけです。」
「そうかい。」
やたらと詮索をしない。この先輩のことは結構好きだ。
三郎は器用に包帯を巻いていく手をぼんやりと眺めていた。
(静かだなー…)
ぼんやり三郎が思っていると、それを破るかのようにドタドタと激しい足音がする。
それからスパーンッ!と扉を開け、三郎のように土だらけになった小平太が小さな1年生を背負って飛び込んできた。
「いさっくーん!!急患だ!金吾が倒れた!!」
「なんだと!小平太!だから無茶はさせるなといつもあれだけ…!!」
「すみません善法寺先輩…。私がついていながら…。」
「ああ滝。君のせいじゃないよ。この馬鹿が、何度言っても理解しないのがいけないんだ!」
「うう…。」
「金吾―!しっかりしろ!傷は浅いぞ!」
「傷はないだろう!これは疲労だ!この馬鹿!」
いきなり騒がしくなった保健室で、三郎は瞬きをしてこの現状を見つめた。
先ほどまでの静けさが嘘のようだ。
「ああ鉢屋!ごめんよ治療の途中に!」
「あー…いや。いいっすよ。あと自分でできるんで。」
「ほんとごめん!ああ小平太!そんな乱暴に下ろすな!滝!上掛けもってきてくれるか?」
「はい!」
周りが騒がしくする中、三郎は伊作よりよほど器用に包帯を巻いていく。
最後に端を止めた後、うつむいていた顔をあげた。
「………なにしてるんです?七松先輩。」
「ん?見てた。器用だなー鉢屋。」
「それはどうも。…もういいんですか?」
「ん?なにが。」
「さっきまで騒いでたでしょうが。」
「ああ!うん。大丈夫なんじゃないかな?」
「…ずいぶんと曖昧ですね。」
「伊作に追い出されちゃってさー。でも伊作も滝もついてるし大丈夫だろう。」
にへらと笑う小平太に呆れた顔で返しながら立ちあがる。
「お。もう行くのか?」
「ええ。治療はおわりましたから。」
まだ片足は引きずっているものの、薬を塗り、固定した足首はじきに治るだろう。
片足を時折引きずりながら扉へ向かう。自由にならない足に眉をひそめると、その片腕を力強い腕が掴んだ。
「送っていく。」
「…いいですよ。ひとりで帰れます。」
「まあそう言うな。私だって誰かの役に立ちたいのさ。」
「……………。」
卑怯な言い方だ。これで断ったらこちらが人でなしのようだ。
(わかってやってるのか?)
「ん?」
「…なんでもありません。では、お願いします。」
「おう!まかせとけ!」
三郎が嫌そうな顔をしているのが目に入らないようで、小平太は心から晴れ晴れとした笑顔で手を差し伸べた。
三郎が苦笑しながらその手を取るとそれをそのまま掴んで肩へ回し、力強く支える。
「なんだ。鉢屋思ったより軽いな!」
「そうですか?」
これでも平均男子の重量はあるはずなのだが。体力馬鹿の異名をとる小平太には無関係らしい。
「おお!これなら…」
「うわっちょ、なにするんですか!?」
「あっはっはっはっ!ほら横抱きも出来たぞ!」
「止めてください!下ろしてください!今すぐ!!あーこんなことならやっぱ逃げればよかったぜ!」
「はははは!おいおい暴れるな。落としてしまうじゃないか。」
「だから早く下ろしてくださいって!!」
「しかし本当に軽いなー鉢屋。ひょっとして片腕でもいけるか?」
「七松先輩!!」
「はははは!」


結局、三郎は自室までそのまま運ばれ、小平太とはその縁でよく話すようになる。
たとえば、寝坊して朝ごはんを食べ損ねたとか。
たとえば、走っていたら石に躓いたとか。
たとえば、上を向いて歩いていたら、後輩の落とし穴にはまったとか。
そんなちょっとしたことが、きっかけになるものだ。


そしてこれが、物語の始まり。




あとがき
あえて言いましょう。姫抱っこの三郎が書きたかっただけだと!!
でもこの文章がこんなに長編になるとは思いませんでした。
私にとっても、これが物語の始まり。