ツンデレ

いつもの毒虫探索中。
虫網片手に茂みを抜けると、自分と同じ色の足が横たわっていた。
「…三郎?」
「なんだ。」
ぺらりと本から顔を上げないまま返事をする。気配に敏いこいつのことだから俺が近付いていることなどとうに分かっていたのだろう。落ち着いた様子で木に背を預ける姿は優雅だ。しかし。
「…なんでお前、上下逆にして読んでるんだ?」
読みづらくないかそれ?と思わず呆れた声が出る。しかしその問いにも奴は顔を上げないまま、
「…忍者はどんな状態でも即座に字が読めるようにしなけりゃならんだろう。」
と答えた。
「…そうか。そんなことまで考えながら本を読むとはさすがだな。」
天才の考えることはよくわからん。
俺はそのことについてそれ以上突っ込むのを放棄して三郎の横でじっと見つめてみた。
「…虫を探してるんじゃないのか。」
三郎は意にも介さず。ぺらり、とまたページがめくられる音。
「まぁな。今回逃げたやつは対して害があるわけじゃあないが、早く捕まえてやらならいと。」
「なら。」
パタリと軽い音がして本が閉じられる。内容は覚えているのだろう。しおりを挟む様子もない。
「私も手伝ってやろう。」
「ホントか!?」
「もうすぐ夕餉の時刻だ。お前はともかく、下級生たちが夕食を食べられなくなるのは可哀想だからな。」
「ありがとな!!」
「礼は虫を見つけてからだ。」
そう言って軽い動作で起ちあがり、尻に付いた汚れを軽く払う。
そして本を懐に仕舞い、俺に背を向け一歩踏み出した。
(あ。)
「三郎。」
「なん…っ。」
「動くな。」
腕をつかんで引き寄せる。常に無い至近距離で三郎が息を飲んだが、俺の関心は別の処にあった。
「ん。とれた。」
「………は?」
目的のモノをつまみあげた俺はようやく三郎の腕を解放する。
「一匹目。さすが三郎だな!もう捕まえてた。」
笑って手の中の虫を見せると、三郎は目を白黒させて素早く身を翻した。
「まだ見つける奴がいるんだったらさっさと行くぞ!!」
「おー。ちょっと待てって。今合図出すから。」
生物委員使用の笛で一匹捕獲の合図を出す。すぐに各々の方面から了解の返事が来たのを確認して、俺も三郎の後に続いた。



結局逃げた全部の虫を見つけるのに随分時間がかかってしまった。
下級生たちは先に帰して捜索する間、三郎は真剣に探していてくれて、少し俺は感動した。いつもふざけてはいるが、本当に良い奴なのだ。
「これで全部だ!ありがとう三郎!」
「いや…私は、別に……い、一年生たちがかわいそうだったから!」
「うん。三郎が手伝ってくれたおかげであいつらも早く帰してやることができた。三郎のおかげだよ。」
照れているのだろう。そっぽを向いて黙ってしまった三郎の耳は真っ赤になっていた。
存外かわいい反応をする三郎に微笑ましく思って、ふと思いついた。
「礼をしなきゃな。何がいい?」
「え?」
「あ。宿題代わりにやるとかそういう無理なことは言うなよ。お前の方が成績いいんだから。そうだな…、今度はお前の仕事を俺が手伝うとか…なんなら今度街に饅頭でも食いにいくか?奢るからさ。」
よほど意外なことを言ったつもりもないのだが、三郎は驚きに目を瞬かせてぽかんと口を開けていた。
数秒その状態でいたかと思うと、やがて俯きぼそぼそと呟いた。
「ん?なんだ?」
その言葉が聞き取れなくて聞き返すと、三郎は真っ赤な顔で上目づかいに俺を見つめた。
「…きょう、お前の部屋に、と、泊りに行ってもいいか?」
「俺の部屋?いいけど。散らかってるぜ?」
「いい!大丈夫だから。」
「そうか?ああ今雷蔵いないんだったか。お前、寂しがりだもんな。」
ポンポンと頭を撫でると三郎はますます顔を赤くしてしまった。そのあまりの赤さに逆に心配になる。
「お前、随分顔が赤いな。あ!風邪ひいたか!?」
もう秋だ。日々空気は冷たくなってきている。俺は身体が頑丈だから大丈夫だが三郎には厳しいものだったかもしれない。
慌てて三郎の額に手をあてるが、自分の体温が高いせいか良く分からない。そして今度は自分の額を当ててみると、やはり少し熱くなっているようだ。
「少し熱っぽいな…。三郎?」
先ほどから三郎の反応が無い。普段はこんなに近づいたらするりと避けてしまうのに。それすらも無く三郎はただ俺を見上げていた。
「あ…う…お、お前…。」
「?なんだよ。」
三郎は口をぱくぱくと開閉させて再び黙りこんでしまう。その様子にそんなに怒らせるようなことをしただろうかと首をひねる。だがしかし、今は謝るより先に、早く三郎を暖かいところへ連れて行ってやらねば。
「三郎。行くぞ。」
「は?うわあ!!」
細い軽い身体を両腕で抱え上げた。同い年の男にしては異常なほど軽い身体に驚くが、今はそれを咎めている場合ではない。
「お前やっぱり風邪ひいてるだろ。抱えて行ってやるから大人しくしてろよ。」
「い、いらない!!自分で歩く!!」
「なに遠慮してんだ。下手に風邪こじらせてあとで雷蔵に叱られてもしらねぇぞ。」
「いいから!!大丈夫だから!!」
「大丈夫じゃないやつほどそういうことを言うんだ。良いから大人しく運ばれてろよ。な。」
まだ言いたいことがありそうな顔をしながらも、三郎は大人しく腕の中に収まった。
その顔はやはり赤くなっているのに、学園に戻ってまっすぐ医務室に向かおうとするのを泣きそう顔で「寝れば治るから!」と止めるのでそのまま長屋へ帰ることにした。


「それで、なんで、お前の部屋なんだよ…。」
長屋の俺の部屋で布団を敷いていると、三郎が戸惑った表情で呟いた。部屋についてすぐ下ろしてやるとなぜか部屋の端に移動して蹲ってしまっていたのでやはり熱が辛いのかと心配していたのだが、どうやら喋れる程度には大丈夫なようだ。
「だって俺の部屋泊るんだろ?」
「そう、だけど…。なんでもう布団まで…。」
「だってお前熱あるんだからもう休んだほうがいいだろ。ほら、もう横になってろ。飯は今持って来てやるから。食べられるよな?」
「ああ…。だけどお前はどこで寝るんだ?」
「あ。あ〜〜。」
三郎を寝かせるのに頭がいっぱいでそこまで考えていなかった。
俺は一人部屋だから、他に布団は無い。どっかから持って…。
「あ。三郎の貸して。」
「はぁ!?」
「いいじゃん。お前そっちで寝ろよ。俺は三郎の借りるから。」
「なんでだよ!!どうせ私の布団を持ってくるなら私が自分ので寝るよ!」
「まぁたまにはいいじゃん?ほら。今持ってくるからお前は寝てろ。」
「ハチっ…わぷっ」
「ほれ。ちゃんと布団に入ってるんだぞ。これ以上熱上げたら本気で雷蔵の雷が落ちるからな。」
上掛け布団を無理やり三郎の上に被せてまずは食堂へ向かった。おばちゃんに頼んで握り飯を作ってもらい、それを両手が空くように手つきの篭に入れてもらって、三郎たちの部屋へ向かう。

大雑把な雷蔵に代わって三郎が片づけている部屋は相変わらず綺麗に整頓されている。しかし、それはともすると生活感が無い空間にも見え、三郎はそれが嫌なのだと言う。ならば片づけなければいいのに。と言ったら部屋が片付いていないのも嫌なんだと困った表情で苦笑していた。その顔を思い出すと、いつも自身に満ち溢れている三郎がなんだか可愛いかった。
俺は押し入れを開き三郎の布団を抱えて、その薄暗い部屋を出た。

「さぶろー。めしと布団持ってきた…。」
途端、俺は固まってしまった。
俺の布団の中で三郎はまるで小さな子供のように丸まって眠っていた。その手はしっかりと俺の布団を掴んでいて、顔は穏やかだ。
その様子が無性に愛しくて、自分の顔がにやけているのが分かる。
「かわいいなぁ、まったく…。」
思わず声に出して呟いた。その声に反応したのか、うるさがるように布団の中に顔を埋めてしまった。
寝顔が見れなくなってしまったのは残念だが、三郎がそこで眠っているということに安心感を覚える。心が凪いだように穏やかになる。
そっと布団の上から頭を撫で、「おやすみ」と言ってから部屋の明かりを消して自分も布団に入った。


なぜか、次の日に帰ってきた雷蔵に睨まれたけど。


あとがき
ツンデレを書きたくなりました。竹谷もちゃんと三郎のこと好きですよ。無自覚ですが。

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