豆腐小僧
「しかし汚れてしまったな金吾。そのまま食堂に行ったらおばちゃんに叱られはしないか?」
「あ!そうですね…じゃあ先に風呂に入ってくることにします。」
「そうか?戸部先生はどうなさいます?」
「私は自室でまだ仕事がある。」
「そうですか。じゃあ金吾。行こうか。」
「え!?鉢屋先輩も行かれるんですか?」
「夕食の時間まで半端に空いているからね。いいかい?」
「はい!」
いい返事の金吾に三郎は笑顔で少し乱暴に頭を撫でる。そうすればまた嬉しそうに金吾が笑うものだから、またぐりぐりと撫でまくった。
そんな風にじゃれあいながら二人は一年の風呂場へと向かう。
しかしそこで見たものは、
「うげ。」
「うわぁ…。」
白い。
四角い。
三郎が毎日嫌と言うほど見ている(しかしそれは食堂かあの阿呆の部屋でしかないはずなんだが)ものである。
「あれ?なんで三郎がここにいるんだ?」
「それはこっちの科白だこの豆腐小僧が。なんでお前が此処に居る?」
「いや火薬の調合が終わったのは良いんだけど、途中何度か爆発があってさ。汚れたから風呂に…。」
「五年の風呂に入ればいいだろうが。」
「風呂当番がまだ帰ってきてないんだよ。休みなのに引っ張ってくるのも可哀想だろ?そしたら伊助が一年の風呂は早くから沸いてるっていうから。で、三郎はなんで一年の風呂に?」
「少し汚れたから金吾と風呂に入りに来たんだよ。」
「汚れた?…ふぅん?」
ちらりと兵助の目が三郎を眺める。見る限り、どこも汚れてはいない。金吾は、まぁ顔やら手足やらに泥が付いているのは分かるが。
「なんだよ。」
「別に。三郎は相変わらず下級生に優しいなと思って。」
「は?」
「俺にも優しくしてくれたっていいのに。」
「優しくしてほしいならまずその豆腐を捨ててこい。」
びしりと指差す先にあるのは、所せましと湯船に浮かべられた豆腐。浮いているところから見ると出来のいい木綿豆腐だろうということが分かってしまう自分がすでに嫌だ。
奥で伊助と三郎次がはははと情けない顔で苦笑している。こんな阿呆な先輩の奇行に付き合うなど、兵助の癖に良い後輩を持ったものだ。
その奇行の主はいうと、三郎の言葉にショックを受けたようにのけぞっていた。
「捨てる!?何を!?豆腐をか!?三郎、お前頭がどうにかしてしまったのか!?」
「どうにかしてるのはお前だ。」
「この美しくも美味な豆腐を捨てろだって!?」
「…百歩譲って捨てなくてもいい。だが今すぐ食って私の目の前から消せ。」
「えー。」
「えー。じゃない。いいか、私たちが体を洗って入るまでには全部食べ終わっておけよ。」
「えー。」
「い、い、な。」
「夢だったのに…豆腐風呂。」
「もう叶っただろう。いいからさっさと食え。」
「はぁい…。」
不満げな声を出しながらももっしゃもっしゃと咀嚼する音が聞こえることに嘆息して、三郎は金吾に湯をかけてやり、互いに体を洗う。
体も洗い終わり湯船に目を向けたとき、確かに豆腐は全て消えていた。
(…まさかあの量を本当に喰い終わるとは思わなかった。)
「すげえなお前。」
「え?なにが?」
涼しい顔をして湯船につかる級友を三郎は呆れた顔で見下ろした。見れば、伊助と三郎次が吐きそうな顔で顔をそむけている。まさか協力したのだろうか。
「い、いえ…。」
「ちょっと、見てて吐き気が…。」
さもありなん。
うんうんと頷く三郎を、豆腐小僧だけが不思議そうな顔で見上げていた。