剣術小僧



天然二人からの褒め殺しからようやく逃げ出して、三郎ははて、と首を傾げた。
もう昼を過ぎて大分経ったが、今日は自分は何をするつもりであっただろうか?
散歩しようとしたら穴に落ちた保健委員を救出し、その帰り道に穴掘り小僧と雑談して、それから一年生のからくり小僧たちと仲良くなって、図書室で勉強小僧をからかって、それから昼になったから昼食を食べていたら火薬小僧と宣戦布告として、イラついているときに迷子組たちに会って癒されて、それからジュンコを見つけたから先ほど生物委員に届けてきたのだったか。
なんだか今日は下級生とよく話す日だ。
「うーん……。」
しかしいまだ級友たちは委員会中であることだし、三郎が一人で暇なことにも変わりはないのだ。しかし、散歩というくらいはもう学園中を歩いている気がする。これ以上どこに行こうという気にもなれない。
「………帰るか。」
なんだか疲れた気がするし、このまま長屋に帰ってごろごろして本でも読もう。
そう決めて長屋へ足を向けたその瞬間、ちらりと見えた水色の制服。
「あれは…。」

「とおーー!!って、ぅわぁ!」
「足さばきが甘い。」
「はい!うりゃああ!」
「よし、そのまま打ちこんでみろ。」
「はい!!」
剣術指南の戸部先生と、剣術小僧と名高い皆本金吾だ。
カァンカァンと木刀を打ち合う音が響いている。真剣な顔つきで打ち込む金吾に対し、師匠である戸部は余裕の表情だ。
あの無表情を崩してみたい。
三郎はうずうずと好奇心がうずいて、さっと棒手裏剣を出すと素早く戸部目がけて放った。
カン!と鋭い音がして打ち合いの音が止まる。
「……五年がなんの用だ。」
「ありゃ。思ったよりあっさり止めちゃいましたね。」
戸部は自らの木刀を楯に棒手裏剣を避け、その大きな手でもって金吾の持つ木刀を受け止めていた。
「は、鉢屋先輩!!?」
「やあ金吾。今日は間違えなかったね。」
「こんなことするのは鉢屋先輩しか考えられません。」
「ん。まぁそりゃそうか。」
「鉢屋か。私に何か用か?」
「いえ。先生があまりにも余裕っぽかったので、丁度暇だったから少し邪魔したくなっただけです。」
三郎は正直に自分の気持ちを言ったのだが、なぜか戸部は微妙な顔で三郎を見つめ返した。あまり三郎と交流の無い人はよくこういう顔をする。
「…先生。鉢屋先輩は本気で言っているんですよ。」
見かねた金吾がそうフォロー(?)するが、戸部は相変わらず微妙な顔のままだ。
「そうなのか…。鉢屋。今暇か?」
「はいまぁ。今言った通り。」
「なら金吾の相手を少ししてやってくれないか。たまには違う相手と打ち合ったほうが良いだろう。」
「金吾と?」
まさかそう来るとは思わなくて、思わず金吾を見下ろしてしまう。対する金吾は「よろしくお願いします!!」と頭を下げていた。
師匠の言うことを素直に聞くのはいいが、三郎は逆に戸惑うばかりだ。
「私はかまいませんが、良いんですか?私のは剣術というより忍の術の一環ですよ?」
作法や形式に則った戸部の剣術と違い、三郎のそれは確実に相手を仕留めるための術の一環だ。作法など二の次。卑怯千番と言われてもしょうがないものである。
それは、金吾の望むものとは違うはずだ。
「かまわん。ここは忍術学園。それを学ぶことも必要だ。それに。」
「それに?」
「私は不器用な人間だからな。私の知ること以外を教えることはできん。」
「…なるほど。」
この剣豪は、忍術とは本来縁の無い人間だ。
剣術家としては秀逸だが、忍術はたしかに畑違いだろう。しかしここは忍術学園。金吾もこの先剣術のみを推し進めることは難しくなってくる。
「そういうことなら、少しお相手しましょう。」
「頼む。」
「よろしくお願いします!!」
「うん。よろしく。」

ざり、と互いに距離をとる。しかし向かい合う二人の構えは全く違うものであった。
正眼に木刀を構える金吾に対し、三郎はいたって無造作に木刀を下ろしている。それは構えと呼べるものではない。ただ、自然体で三郎はそこに立っていた。
「金吾、始めに言っておこう。私の使う剣術は、剣術ではない。先ほど戸部先生にしていたようにただ打ちこんでくれば痛い目を見るぞ。」
「は、はい!!」
「では、始め!」
「うりゃああ!」
戸部の掛け声とともに、金吾は真正面から打ちこんできた。
「だからただ打ちこんでくるなというのに…。」
突進してくる金吾を軽く避けてついでに足をひっかける。「うわぁ!」と叫んで勢いよく転ぶ金吾を、三郎は呆れた目で見下ろした。
「金吾。私の話を聞いていたか?」
「う…。で、でも僕にはこれしかありませんから!!」
「…そうか。なら存分に向かってくるがいい。思う存分に叩き返してあげよう。」
「はい!よろしくお願いします!!」
「…お願いするところじゃないんだがな…ここは。」
あまりにもまっすぐな目で返す一年生に呆れ半分愉快さ半分で呟きながら、再び二人は距離を取った。今度は戸部の掛け声を待つまでもなく再び金吾が突進してくる。
「えい!」
「おっと。」
「たあ!」
「まだまだ。」
「とお!」
「甘い甘い。」
金吾が木刀を振り回すたび、三郎が華麗な足取りでそれを避ける。それを必死に追いかけながら金吾も夢中で木刀を振るう。
「んー。そろそろかな?」
金吾を軽くあしらいながら三郎が周囲をちらりと確認する。戸部はそれに気が付きながらも黙ってその勝負の行方を見つめていた。
「たあああってうわあ!!」
ぴたりと動きの止まった三郎目がけ再び突進する金吾の足元が、急に消えた。大きな口を開けて待ち受けるのは、某四年が作った落とし穴だ。
「ほい。」
そして落ちた先、切っ先を向けられてしまえば結果は歴然だった。
「止め!」
戸部の合図とともに木刀を避け、三郎は金吾を引き上げた。
「だから言っただろう?闇雲に刀を振り回すだけでは駄目だと。」
「はぁはぁ…。うぅ…。」
息を荒くしながら金吾は泥だらけになった自分の体を見つめ、次いで三郎を見上げる。あれだけ動いたというのに汗一つかいていない。木刀すら一度も使っていないのだ。
五年生との実力差を思い知って、金吾は俯き悔しさからの涙を堪える。
「まぁ、気にするな。これで、またお前は強くなったんだからな。」
ぽんと頭に暖かい感触がして顔を上げると、三郎は笑顔で金吾の頭を撫でていた。
「私の行ったことは卑怯だと言われてもしょうがないことだが、お前はそれを言わなかった。それは、決して失ってはいけない大切な強さだと、私は思うよ。」
「そ、そんな…!先輩は始めから言っていたではないですか!」
「それでも、さ。ねぇ戸部先生?」
「そうだな。金吾。そこは誇っていい。その気持ちを忘れずにいることが、今日の修行の一番の成果になるだろう。」
「は、はい!!」
二人から褒められ顔を真っ赤にしながらも、金吾は嬉しそうに笑顔で頷いたのだった。


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