毒虫小僧


どこか鼻歌でも歌いたくなるような気分のなか、三郎は1年長屋へ向かっていた。先ほど兵太夫たちと一緒に遊ぶ約束をしたのだ。
そのために借りた本を片手に歩いていると、前からパタパタと軽い足音がする。
おや?と思って注目すると、今三郎を待っているはずの一人である夢前三治朗が走っているのだった。
「三治朗くん。そんなに慌ててどうしたんだい?」
「あ!!鉢屋先輩!ジュンコがまた逃げちゃったんです!!」
「ああ。三治朗くんは生物委員だったか。」
「はい。今日は一年はお休みだったんですが、招集がかかってしまいました。」
「そうか…残念だな。」
「兵ちゃんは部屋にいるので、鉢屋先輩が良ければ行ってあげてください。でも、今集中しているので、気が付かないかもしれませんが…。」
「そうなのか?」
「はい。僕が出て行ったことにも気が付いているといいんですけど…。」
苦笑しながらも長屋を振り返る三治朗は心配そうだ。三郎も集中すると食事も忘れる同室者がいるのでその気持ちはよくわかる。
「じゃあ私が様子を見に行くよ。」
「え!?本当ですか!?」
ぱっと三治朗が三郎を見上げる。その頭を優しく撫でて、三郎は微笑んだ。
「ああ。どちらにせよ。今から君たちの部屋に向かうところだったからな。」
「ありがとうございます!!」
「礼には及ばないさ。ほら、招集がかかっているんだろう?急がないと。」
「はい!!」
笑顔で走り去っていく三治朗を見送って、三郎は二人の部屋へと足を運んだ。
しかし
「おやおや…。」
戸を開けてみれば、すやすやと眠る小さな体。
そこは丁度暖かな日差しが当たっており、そこまでの経緯は簡単に想像できた。
あまりに穏やかな寝顔に起こすのは忍びなく、三郎は苦笑して本を床に置いた。そして「また遊びに来るよ」と書置きを残し、静かにその場を去った。

さて、それではこれからどうするかと考えながら先ほど歩いた廊下を戻る。そのとき何かが視界の横を通りすぎた。
「…あれ?」
赤い斑模様の蛇。
生物委員が絶賛捜索中のジュンコに相違ない。
「なんでお前こんなところにいるんだ?」
そっと手を差し伸べると、ジュンコは音も無くするすると三郎の腕を上っていく。そして主人にいつもするように三郎の肩に巻きついた。
毒蛇だということは知っていたが、やはり素直に懐かれると可愛いものだ。三郎は無表情な蛇に笑いかけ、「伊賀崎のとこに送ってやるよ。」とその体をそっと撫でた。
言葉が分かったのか三郎の肩に大人しく治まるジュンコをそのままに、三郎は生物委員たちの居るであろう場所へと向かって行った。

「お。いたいた。おーい竹谷!!」
「ん?さぶろ…ってジュンコォォ!!?」
「え!?ジュンコ!?」
「ああそこに居たか伊賀崎。ほらジュンコ。ご主人様だよ。」
がさりがさりと藪の中から出てくる伊賀崎に三郎はそっと手を差し出した。その腕をするりするりとジュンコが降り、やがて伊賀崎の腕へと戻っていく。
「ああ!ジュンコ!無事でよかった!!」
「悪いな三郎。わざわざ連れてきてもらって。」
「いや。見つけたからには無視できないからな。」
「ありがとな。ほら、孫兵も。」
「あ、ありがとうございます。」
涙ぐんで愛蛇を抱きしめながら、伊賀崎も頭を下げた。
「いいって。それにしてもジュンコは随分と人慣れしてるんだな。」
「ん?いや。そんなことも無いはずだが…。」
「ジュンコは、人を選ぶんです。」
首を傾げる竹谷の言葉を遮るように、孫兵はどこか高揚した様子で三郎を見つめた。その頬は赤く染まり、常に無い表情に竹谷が驚きの表情を浮かべる。
「彼女は人の悪意に敏感です。恐れを抱いて近づく輩には近づきもしませんし、害をなそうという輩にはこの牙をもって対抗しようとします。」
するりと孫兵の腕に絡みつく美しい蛇は素知らぬ顔で主人に顔を近づけた。主人も、愛しい恋人を見る顔で蛇の眼を見つめている。
「鉢屋先輩、彼女を恐れずに、害をなさずに接してくれてありがとうございます。」
「そんな、私は大したことはしていないよ。」
「三郎がそう思ってるだけだろ。」
「そうです。彼女に好かれる人間は、竹谷先輩も含めてそう多くはないんですから。」
生物委員二人に真顔で褒められ、顔を赤くした三郎は二人から顔をそむけた。
「私は、別に、ジュンコは人を襲わないと知っていたし…竹谷もいつも探しに行っていて怪我をしたとも聞いたことなかったし…。」
「ふぅん…。でもお前、ジュンコ捕まえるときにそれ、思い出してたか?」
「う…。」
「そういうこった。」
「ありがとうございます鉢屋先輩。これからも、ジュンコと仲良くしてやってくださいね。」
竹谷になんだか丸めこまれたのは気に喰わないが、孫兵が嬉しそうに笑っているのを見て、三郎はまぁいいか。という気持ちになった。
どうやら、人慣れしない後輩とそのペットに懐かれたらしいが、可愛いから、まぁ、いいか。


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