迷子小僧
生意気な後輩に少しむかっ腹を立てながら食堂を後にする。食堂の入口横に置かれた火器小僧の恋人に悪戯を仕掛けてやろうかとしばしの間見下ろした。
しかし、懐の道具に手を伸ばそうとしたところで「あ!鉢屋先輩!」と声をかけられその手を止める。
聞き覚えのあるその声は、三郎の手を止めさせるに十分な人物のものであったから。
「……っ!左門っ!!」
「鉢屋先輩!」
駆けよる緑の制服に三郎は胸をときめかせる。ぼすりと胸に飛び込んできた小柄な体を受け止め思い切り抱きしめた。
「左門!お前も飯か?」
「おう!鉢屋先輩の食事はもう終わってしまったのか?」
「ああ。残念だ。どうせなら私も可愛い後輩と一緒に食べたかったよ。」
「え。マジッすか。」
「お前には言ってねぇよ次屋。何故お前が此処に居る。私の癒しの時間の邪魔をするな。」
「や。飯を食いに来たんすよ。」
左門に遅れて、いつもの無表情の次屋と、左門を叱るべきか次屋を怒るべきかまずは鉢屋に挨拶するべきか迷っているらしい富松がやってくる。
複雑な表情の富松に苦笑して、三郎から声をかけた。
「よう富松。迷子組で飯か?」
「どうも鉢屋先輩。迷子組に俺は含まれていないっすよね?」
「そうっすよ鉢屋先輩。迷子は左門一人でしょ?」
「「黙れ無自覚。」」
「…苦労するなお前も。」
「いえ…もう慣れました。」
「なんの話だ!?」
「ん?まぁ、ちょっとな。」
左門が三郎の腕の中から顔を上げ、それに緩んだ顔で笑って頭を撫でる三郎を、二人は微妙な表情で眺めていた。
「なぁ。なにあれ?」
「知らんかったのか作兵衛。鉢屋先輩は左門がお気に入りらしいぞ。」
「なんで。」
「癒されるんだと。」
「……癒し、ねぇ。」
この二人にはさんざ迷惑をかけられている富松としては左門とて癒しの逆ベクトルを行くのだが。
しかしあのデレデレになった三郎の顔を見る限り、それは真実らしい。
初めて見る先輩の顔に富松はまたもや複雑な表情で顔をしかめた。
「ずりぃよな左門。鉢屋先輩に思いっきり可愛がられて。」
「なっ!なんで俺に同意を求めるんだよ!?」
「え?違うのか?いまガン見してたじゃん。すっげー不満そうな顔で。」
「し、してない!!」
「…まぁ、気にらないのは俺も同じだけど。」
「は?」
次屋の無表情は変わらない。しかし表情は変わっていなくても、なにか不穏なことを考えているのが分かるのは、三年同じ部屋で過ごしてきた経験からだ。
「おい。さん、」
のすけと止める前に次屋がいちゃついている二人に突進していく。そしてバッと腕を広げると正面から左門ごと三郎を抱きしめた。
「うおっ。」
「つ、次屋?」
「俺も混ぜてくださいよ先輩。」
「近い!近ぇよ顔が!」
「なんだ!三之助も混ざるのか!?」
「おう。」
「『おう』じゃねぇ!なんだこれ!?」
「左門をサンドイッチ?」
「あははは!楽しいな三之助!」
「(左門は喜んでるもののこいつの目的は絶対セクハラだ!)おい次屋!さりげなく腰に手を回すな!キショいわ!」
「あれ?感じません?」
「私は雷蔵以外には感じないんだ!」
「…ふぅん?」
「なっばっ、何処触ってんだ!」
「尻。…此処も感じない?」
「ざけんな次屋ぁ!!」
一際大きな怒鳴り声が上がったところで、富松はようやく我に返った。駆けよって思い切り次屋の頭をぶん殴り三郎から引きはがす。
「いってぇ。なにすんだよ作兵衛。」
「うるせぇ!おら飯行くぞ!左門も!いつまで先輩にくっついてんだ!」
「(何で三之助は殴られたんだ?)わかった!じゃあな鉢屋先輩!」
「失礼します。」
ぶんぶんと手をふる左門と、礼儀正しく会釈する富松と不満げな顔で富松に引きずられる次屋に三郎も笑顔で手を振った。
「ああ。またな。」
先ほどとは打って変わって浮き立つ気分で、三郎は食堂を後にした。