火薬小僧
雷蔵に叱られながら本を借りたあと、三郎は一年長屋へ向かう廊下を歩いていた。
その時、鐘が鳴り昼餉のときを知らせた。
(あー。藤内で遊びすぎたか。先に飯を食いに行こう。)
鐘が鳴ってすぐに着いたためかまだ食堂には数人しか来ていない。
おばちゃんに定食を頼み適当な席について食事を始める。しばらくすると食堂は腹を空かせた生徒であふれかえってきた。
だんだん席に余裕がなくなってきたころ、「すみません」と声をかけられた。顔を上げると、紫の制服を着た生徒が困った表情で三郎を見下ろしている。
「席が埋まってきてしまったので、隣、いいですか?」
「ああ。かまわないよ。」
「ありがとうございます。失礼します。」
そう言って会釈して座る四年を横目でちらりと見る。
会計の、田村三木ヱ門だ。しかし今日はその傍らにいつもある火器が見えない。
「…今日はユリコちゃんやサチコちゃんは一緒じゃないんだね。」
単純に疑問に思って話しかけると、田村は驚いた顔で「あ、はい。」と頷いた。
「…以前、ここで滝夜叉丸と喧嘩してサチコを使ったら、それ以来食堂は火器厳禁と言われてしまったので…。」
「ああ。なるほど…。」
そういえば報告書が学級委員会に届けられていた。
ちなみに、三木ヱ門の言葉に付け足すならば、滝夜叉丸と三木ヱ門が喧嘩しそれを止めた潮江と七松でさらに喧嘩が発展し、器物を壊しまくる二人にキレた用具委員長がそれに参戦し、いい加減収集がつかなくなったころ仙蔵の焙烙火矢が炸裂。不運委員長を巻き込みその他怪我人が多数でたため、火器厳禁となったのだった。
「鉢屋先輩こそ。今日は不破先輩たちとご一緒ではないのですね。」
「みんな委員会だとさ。雷蔵にはさっき会いにいって追い出されてしまってね。」
「はぁ…。」
「竹谷はきっとまた裏山辺りで虫追いかけてるだろうし、兵助は土井先生と火薬の調合を色々やるんだと言っていたからな。まだ時間がかかるだろう。」
「………なるほど。」
二人は箸を動かしながらとりとめのない話を続けた。
「そういやこの間潮江先輩からまた演習場の貸し切り届を受け取ったぞ。大変だな会計委員会も。」
「そうですか…。いえ。会計委員たるもの日々鍛練は必要です。」
「そうかぁ?」
「はい。主に、予算会議の日のために。」
「あ。そう…。」
「あの予算会議と言う名の合戦場では、日々の鍛練こそものを言いますからね。それを怠って予算を取られるなど会計委員の名折れです。」
「ふぅん。」
「なので、鉢屋先輩。今度予算を取る時は正々堂々とやってくださいね。」
「………忍に正々堂々もないだろう。謀略知略を巡らせてこそ忍というものさ。体鍛えていることばかりにかまけて頭を使うことを忘れてはいけないと思わないかい?」
「何をおっしゃいます。頭の使えない者に会計委員が務まるとでも?あなたの謀略。来年こそはこの私が暴いて見せます。」
「そうかい…。」
カタリ、と三郎が箸を置く。見れば、器の中身は全て空になっていた。
「ならば、来年こそ私もせいぜい気合を入れて臨むとしよう。」
まるで今まではほんのお遊びだと言うようなその言葉に、三木ヱ門の表情が曇る。しかし、三木ヱ門も負けじと三郎を睨みつけるように見上げた。
「………どうぞご勝手に。私は私の全力もってそれを阻止すればいいだけの話です。」
「……いいね。」
ニッと三郎の唇が弧を描いて笑んだ。
「今から来年が楽しみだ。」
「私もです。」
互いに笑みは浮かべているものの、その目は笑っていない。
しばし見つめあった二人は、やがて何事も無かったかのように互いに背を向けた。
(…来年が楽しみだ。)