勉強小僧
さて、それでは図書室に資料を探しにいかねば。図書室には雷蔵もいるはずだ。
どこか浮き立った気持ちで三郎は図書室に向かった。
「図書室」の札が掲げられた戸をガラリと開けると、見慣れた相棒がきょとんとして三郎を出迎えた。
「あれ?三郎どうしたの?」
「ここは図書室だろう?本を借りに来たんだよ。」
「そうなの?珍しいね。」
「これから後輩と遊ぶんだ。そのために資料をちょっとね。」
「………ほどほどにしなよ。」
「はぁい。」
呆れた顔の雷蔵にヒラヒラと手を振って、あとは勝手知ったる図書室だ。三郎は目的の書物の置き場へ迷うことなく入っていった。
(あったあった。…ん?)
三郎の居る本棚の奥、自習スペースとして開放されているところに見覚えのある生徒がいる。
久々知に劣らず豊かな黒髪、あの緑色の制服は三年だろう。
(えーっと、たしか、浦風、とうない?だったか。作法委員の。)
名前が分かると連鎖して他の情報も浮かんでくる。
立花、綾部の後輩、そして一年の笹山と黒門の先輩として板挟み状態の苦労人。
作法委員会の唯一の良心。
真面目で自習予習好き。でもちょっと方向がずれてる。
クラスは三年は組。同室の保健委員、三反田の世話をよく焼く。
そんなところか。
藤内は集中して自習をしているらしく、背後から見つめる三郎にはまったく気が付かない。
そうなると、からかいたくなのが人情というものだ。
「藤内。」
「!!あ、た、立花先輩!」
仙蔵(の変装をした三郎)は藤内の横に立ち自習の内容を確認した。
「ふむ。自習か。相変わらず感心だな藤内。」
「そ、そうでしょうか。」
「だが、ほどほどにしておけよ。お前は根を詰め過ぎるきらいがあるからな。」
「はい。」
「そうだ。リラックスできるマッサージの方法をこの間伊作から教わったのだ。お前にも教えてやろう。ほら、背中を貸してみろ。」
「え!そ、そんな。結構です!」
「遠慮するなほら。」
「は、はぁ…。」
顔中に戸惑った表情を浮かべる藤内に仙蔵(三郎)は爽やかな輝く笑顔で手を伸ばす。
まずは首筋にそっと手を置いて、肩を揉みほぐしてみる。
「ふむ。なかなか凝っているな。やはり根を詰めていただろう?」
「あ…いえ、えっと…。」
「そう緊張するな。力を抜かないとほぐれるものもほぐれないぞ。ほら深呼吸してみろ。」
「は、はい。すぅ〜はぁ〜。」
「うん。よし。」
肩の力が抜けたのが見てとれて、仙蔵(三郎)はがばりと後ろから藤内を抱きしめた。
「!!!たたたたた立花せんぱい!?」
「騒ぐな。長次の縄標が飛んでくるぞ。」
「あああああのでもでもでも!」
真っ赤になり振り向こうとする藤内の顎をそっと掴んで「ほら姿勢と正せ」と無理やり前を向かせる。ビクリと身体を震わせながらそれでも言うことを聞く藤内に微笑みながら、仙蔵(三郎)は己の左腕で藤内の右腕を取った。それを藤内の正面で柔軟をするように左側に引っ張る。
そうして背中の肩甲骨の内側辺りを掌でぐりぐりと解してやれば、「あ、あ、うあぁぁ。」と気の抜けたような声を上げた。
「…どうだ?気持ちがいいだろう?」
「は、はいぃ。」
「ふふふ。素直だな藤内は。可愛いぞ。そら、もっとしてやろう。」
「あ、そんなたちばなせんぱ」
「何をしているのかな三郎?」
そのまま言葉攻めで遊ぼうとしたところで、突然現れた雷蔵が仙蔵(三郎)の襟首を掴み引き離した。
「さ、三郎?って、鉢屋先輩!?」
目を白黒させながら仙蔵(三郎)と雷蔵を見比べる藤内をよそに、雷蔵はぺっと三郎を床に放り投げる。
「なにって、マッサージ?ほら浦風は根を詰めているから。親切心だよ。」
「親切なら別に立花先輩の格好をする必要はないよね?」
「うーん…。お茶目心?」
えへ。と小首を傾げ、笑顔を浮かべた仙蔵(三郎)に、正直藤内は怖気が走った。雷蔵も同じであったようで、
「もう、いいから早くその変装止めてよ。」
「はーい。」
雷蔵の言うとおりに、バッと三郎は衣を翻して、いつもの雷蔵の顔へと戻る。
いままで自分のところの委員長だと思っていた人が、華麗に別人に変わる瞬間を藤内は唖然と見つめていた。
「ほら。本を借りるんだろう。早くしないと、今度は中在家先輩の縄標が飛んでくるよ。」
「はいはい。じゃあな浦風。勉強頑張れよー。」
「は、はぁ…。」
「ごめんね浦風くん。この馬鹿にはよく言って聞かせておくから。」
「はぁ…。」
騒々しく二人が去ったあと、藤内は気を取り直して再び机に向かう。
(あ…。)
そのとき、ふとした感覚。
「…肩、楽になってる。」