お祭り



笛の音高く。太鼓の音は地に響く。火を囲んでの祭に人の、神の、血は騒ぐ。
さあさ祭だお祭りだ!!


今日は豊穣祭の日。
学園の近くの村から生徒たちはお呼ばれされていて、この日ばかりは学園内に残る生徒も数少なくなる。
久々知、竹谷、雷蔵、三郎の四人もいつもの装束から浴衣に着替えその祭りに向かっていた。
「今年の祭はどうなることかね。」
「そうだね。去年は大変だったもんね。」
「ああ…うちの生徒がはしゃぎまくって大騒ぎしてたからな…。」
「よくあれで毎年出入り禁止にならないと思うよ…。」
「いやあ。祭は無礼講だからだろ?」
「お前が言うな。大騒ぎの中心人物が。」
「えー。そんなに騒いでないだろ?」
「黙れ。どの口がそれをいう。誰かれ構わず変装しまくって遊びまくってただろうが。」
「今年はじっとしていようね三郎。」
「私はいつでも大人しいだろ?なあ兵助。」
「どの口がそれを言う?」
「そうだもっとやれ兵助。」
「大体なんで祭に豆腐が出ないんだ。いっそ暴れてやろうか。」
「そういう意味でやれって言ったんじゃねぇんだよ。この豆腐馬鹿が。」
「よし!手伝うぜ兵助!」
「…三郎?怒るよ?」
「…ごめんなさい。」
「お。着いた。」
すでに祭は始まっていた。
響くお囃子に子供たちの笑い声。それに大人たちの笑い声もかぶさって、まさしくそこはお祭り騒ぎとなっていた。
四人は目を合わせニッと笑い、そろってその中へと入る。
「雷蔵雷蔵!あっちで何かやってるぞ!見に行こう!」
「うん。行こう。」
頭に狐面を付け、濃紺の浴衣を着た三郎が満面の笑みで見世物に引き寄せられ駆けてゆく。
三郎に手を引かれる雷蔵も揃いの浴衣を纏い笑いながらついてゆき、後ろの濃緑の浴衣を着た竹谷と藍染の浴衣を着た久々知はその後をゆっくりとついていった。
「まったくはしゃいじゃって可愛いね。」
「……………。」
「どうした兵助。」
「………三郎かわいすぎ。今すっごい裏道に連れ込みたくなった。」
「…やめとけ。三郎に後で恨まれる上に雷蔵に何されるか分からんぞ。」
「…努力する。」
後ろ二人がそんな会話をしているとは露知らず。三郎は見世物師の技に夢中で拍手を贈っていた。

「あー。面白かった!」
「そうだね。」
「あ!ハチと兵助がなんかいいもん飲んでる!」
「ばれたか。」
見世物から少し離れたところで杯を持った二人が顔を合わせて苦笑する。
三郎はそれこそ犬のように好奇心いっぱいに杯を覗き込んだ。
「何飲んでるの?」
「お神酒のお裾わけ。雷蔵も飲むか?」
「うん。貰おうかな。」
「あー!!雷蔵ばっかりずるい!ハチ!私には?」
「三郎は駄目。酒弱いだろ?」
「えーー。」
「三郎にはこっちやるよ。ほら。」
兵助の手から、ポンと三郎の手に置かれたものは、白くて丸い。
「お饅頭…。」
「甘いの好きだろ?」
「うんまあ好きだけど。」
どうも子供扱いされている気がして面白くない。
周りを見渡せば、子供たちは饅頭にぱくつき、大人たちは竹谷と久々知と同じように杯を傾けていた。
「…私も酒がいい!」
「三郎。駄々こねないの。」
「なんで雷蔵は良くて私は駄目なんだ!」
「なんでって…雷蔵はうわばみだろうが。」
「三郎は下戸だもんな。こんなとこで潰れたら横抱きして連れて帰るぞ。」
「むーー。」
久々知の本気の眼差しに三郎は精いっぱい反抗的な目をしながら饅頭に食いついた。
しかし今日はお祭り。甘い物と周囲の喧騒に三郎の機嫌はあっという間に戻った。
「うまいかー?三郎。」
「うん。」
「そう。よかったね。」
「うん。」
その様子を微笑ましげに見るろ組と黙って頭を撫でる久々知。
兄弟のようなその姿に村の人たちも微笑ましげに見守る。
(あ…。なんかこれって…。)
三郎はふと顔を上げて、三人の顔を見る。
「ん?」
「どうした?」
「まだ機嫌悪いのか?」
三人も三郎の顔を覗き込む。その案じるような眼差しと、久々知の頭を撫でる温かい手に、なんだか三郎は叫びたいような気持になって、「な、なんでもない!!」と首を振った。
「わ、わたしちょっとあっち行ってくる!!」
「あ!三郎!」
雷蔵の引きとめるような声を敢えて無視して三郎は三人とは反対の方向へ走った。

顔が熱くなっているのが分かる。

胸がドキドキする。
ああ、これが
「  」だなんて。
こんな感情。私には一生分からないと思っていたのにっ。


「はぁはぁ…。」

全力疾走して、気が付けば三郎は見知らぬ森の中にいた。
村の郊外にある森なのだろうが、学園の私有地の森ではないはずだ。そうであればみれば分かる。
「……っ!…!」
「なんだ?」
祭の喧騒でさえ遠いというのに。何処からか人の話声がする。
三郎は常の癖でついその声の方へと引き寄せられた。
「だから放してくださいとお願いしているではありませんか!!」
「そう言うなよ。こんなところに一人で居るんだからお前だってその気のはずだろう?」
「勘違いも甚だしい!私はこちらに用事があるだけです!」
「そっち行ってもなんもないだろうが?いいから来いって。」
「男として女に無理強いをするのは良くないと思うぞ。」
「い!!痛ってえ!」
ただならぬ話の内容に三郎はため息を吐きつつ頭の面を顔に付け、気配を消して男の腕を捻りあげた。
「神様がおわす祭の夜に無粋なことするんじゃないよ。」
「いだだだ!誰だお前!」
「私か?」
三郎は面に隠れた口を見せつけ、ニイと笑う。
「神の使いの狐さ。」
「ひっ!」
狐の面を付けながらのその言葉の威力は中々のものだったようで、男は顔を引きつらせて転がるように逃げていった。
その様子をぽかんと見つめる女を振り返り、三郎は手を差し伸べた。
「怪我は?」
「ないわ。ありがとう。」
「なに。神様のご機嫌をうかがっただけさ。」
「ふふ…。面白いわね貴方。」
そう笑った女の顔が、ゆらりと揺れて見えた。三郎は目を見開き、反射的に身構える。
全身で警戒を表す三郎に女はころころと鈴の音のような声で笑った。
「そう警戒するもんじゃないよ。別にとって食ったりしないから。」
「あんた…何者だ?狐狸怪の類か?」
「さあねえ。なんでもいいじゃないか。でも、助けてくれたお礼はしてあげよう。」
「いらん。あんた人間じゃないならなんでさっき自分で逃げなかった?」
「いやね。私があの男をどうにかしようとしたら、どうしても血を流してしまうから。この場を血で汚したくはないからねぇ。」
「…血を流さなくてもやる方法はあるだろう?」
「ほ!ほ、ほ、ほ。顔に似合わず過激だの。ああ、その顔は紛い物であったか。ふむ。真の顔は私の好みだね。」
「!」
「だからそう警戒するんじゃないよ。私は礼がしたいだけさ。なにがいいかね?誰かを殺めるのも、過去を変えるのも、死者に会わせることも私にはたやすいこと。ああそれも、その姿を変えたいか?」
「………!」
その言葉に、三郎がヒクリと反応した。


過去を、変える?

姿を変える?
脳裏に今までの日々が甦る。
人ではなく獣のように生きた幼少時代。
見られる度に鬼子と石を投げられた過去。
いつ化け物と罵られるか分からない日々。

ごくりと喉が鳴った。

欲しい。と思った。
人と変わらない過去も。
隠れるように暮らさずに済む日々も。

でも。

『三郎!!』

『しょうがないな。』
『ほら。行くよ。』


彼らは、それでも。

手を、差し伸べてくれる。

それは、「幸せ」なことだと知っている。


知ってしまった。


それも、変わってしまうというのなら…。


ざっと三郎は一歩女から離れる。
「おや。どうした?」
「……いらない。いらない!!私は、お前から受け取るものなど何もない!!」
全身から棘を放つように叫ぶ三郎に、女はあっけにとられたように目を見開くと瞬間破顔した。そのまま腹を抱えて笑いだすので、三郎は眉根を寄せて女を見下すこととなる。
「なんだよ。」
「い、いや。人の童とは可愛いの。思わず和んでしまったわ。」
「なっ!童とはなんだ!私はもう十四だ!」
「そうだの。ならば…。」
ふっと女が目の前に移動する。その白くて細い指がトンと三郎の額に触れた。
「!!」
かつてないことに三郎が目をつぶると、耳元で女が囁く。
「童にはこれで、十分だろう。」
その言葉に目を開くと、目の前には眩しい松明の明かりが轟々燃えている。
「…え?」
「あ!!三郎居た!!」
「おいおいどこまで行ってたんだよ。探したんだぜ?」
「もう祭も終わってしまうぞ。」
「らいぞう、はち、へいすけ…?あれ?いつの間に私…。」
耳に戻った祭の喧騒と、いつもの三人の心配そうな顔を見ながら三郎の頭は混乱していた。
「よかった、見つかって。」
「あんまり心配かけるなよ。」
「ほら。」
帰ろう。
そう笑って差し出された手をじっと見つめる。
さっきのような、胸が苦しいような、温かいような、叫びたいような感じは変わらないけど。
「…うん!!」
今度は逃げずに、その手を取った。



ガサリ
「あ?」
雷蔵と仲良く手を繋いで帰って、さて浴衣から寝巻に着替えようと帯を取ったとき、懐からなにかが落ちた。
「…饅頭?」
「あ。なに三郎。また貰ったの?気に入った?」
「いや別にそういうわけじゃあ…。」
「村のおじさんが言ってたよ。このお饅頭ってあの村の神様が大好きで、こうしてお祭りになるとこっそり人にまぎれてもらいに来るんだって。」
「…ふうん……。」
『童にはこれで、十分だろう。』
「…子供扱いするなっつーに…。」
「なあに三郎?」
「いや。神様からのお裾わけに礼言ってたんだ。」
「あはは。なにそれ?」
静かな月夜に食べる饅頭は、やっぱり美味しかった。



あとがき
日記からサルベージ。書いたのは秋ですが。
なんかファンタジー的なものが書きたくなって。
おまけであってもなくてもいい裏話。

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