悪戯の論理
いつも騒がしい忍術学園の、今日の怒声はたった一つだ。
「「「「「「鉢屋三郎は何処に行ったーーーー!!!!」」」」」」
「す、すみません不破先輩…!」
「暴走した鉢屋先輩を止めることは僕たちにはとても…っ。」
「ああ…うん。わかってるよ。大丈夫。君たちは悪くないから。悪いのは全部あのバカだから。」
泣きそうな顔をした三郎の後輩たちが僕の処へやってきたのは、すでに潮江先輩と立花先輩と食満先輩と田村とタカ丸さんあとその他多数の生徒と先生が苦情に来た後だった。
ついさっきお使いから帰ってきてから、次々にやってくる見当違いの苦情に僕もいい加減顔が引きつってきたところだ。なぜ僕が苦情を言われなければいけないのかと言い返したものの、「三郎の保護者はお前だろう。子供への文句は保護者に言うもんだ。」と断言され、それがまた腹が立つ。
「雷蔵。顔が怖いぞ。1年が怯えてる。」
横でずっと僕の機嫌が下降していく様を見ていた竹谷が若干顔を青ざめさせて指摘してくる。しかし、もう僕は自分の表情になんてかまっていられなくなっていた。
「なんで僕が14にもなるあんなでっかい子供の面倒をみなけりゃいけないんだ…。」
「いや。気持ちは分かる。気持ちはわかるが、今は抑えろ。ほら、この子たちがかわいそうだろう?」
「……………。」
すっと下を見下ろすと、さすがに庄左エ門は真剣な表情で僕を見上げているが、一方の彦四朗は目線を合わせることなく俯いたままずっと震えていた。
その二つの小さな頭をふんわりと撫でる。手の下でビクリと震えるのを宥めるように撫でると二人は恐る恐ると言った風にまっすぐ僕を見つめた。
「…大丈夫。僕があいつを止めるから。二人は、もし三郎を見つけたらそこにとどめておけるかい?」
「「は、はい!」」
「うん。じゃあ…お仕置きしに行こうか。」
修羅の笑みを浮かべて去る雷蔵を見て、竹谷は「三郎、もう生きるのに飽きたのか?」と呟いていた。
食堂、教室、演習場、中庭、正門前。思いつくところを片っ端から当たってみたが、いまだ見つからない。
今回は本気で怒っているのだ。いつものようにほだされて許してやったりするもんか。
足早に歩く僕を通りがかりの人間が避けていく。道を譲られるのは邪魔ではないからいいけれど、それだけ自分が恐ろしい顔をしているのかと思うと、若干考慮の余地がある気がしなくもない。しかしそんなことよりなんとしてもまず三郎の発見が先だ。
「僕から逃げようったってそうはいかないよ三郎…っ。」
「三郎よー。お前なんだっていきなりこんな悪戯ばっかしてんだ?雷蔵すっげー怒ってたぞ。」
悪戯ばかり繰り返す三郎に嫌な予感がして竹谷が生物小屋に行ってみたところ、やはり小屋の鍵を専用の道具まで使って開けようとしている三郎と遭遇した。
未遂ということで一発だけ殴って勘弁してやるが、まったく懲りずに悪戯道具を取り出す三郎に竹谷は思わず呆れた声を出した。
「え!?雷蔵帰ってきてるのか!?だって帰ってくるのは明日のはずだろう?」
「早く帰ってきたんだよ。お前雷蔵が居ないと思ってあんなことしたのか?」
「私、行って来る!!」
「あ!!ちょ、やめとけって!!」
竹谷が制止するのもかまわずに三郎は本気のスピードで立ち去る。数秒で消えた親友の姿に、竹谷は黙って合掌した。
(生きて戻ってこいよ…っ。)
「雷蔵!!!」
「……。」
あるいは部屋に戻ったかと長屋に着いたとき、とても嬉しそうな声が僕の耳についた。
振り向くと満面の笑みを浮かべた三郎が走り寄ってきている。その姿はまるで飼い主を見つけた犬のようでとても愛らしいが、今はそれを愛でている場合ではない。
僕は無表情に三郎を迎えてやる。しかし三郎は笑みを崩さないまま抱きついてきた。
「雷蔵雷蔵雷蔵!!帰ってきたんだな!!お帰り!!」
「………。」
すり寄る三郎を、僕は冷えた視線で見つめる。しかし、いまだ三郎は気づいていないようだ。
「雷蔵が居ない間寂しかった!」
「……それで、悪戯三昧かい?三郎。君は子供か?」
自分でも、とても冷たい声だと思った。突き放すような、相手を傷つけるだけの言葉だ。
そこでようやく、三郎は顔を上げて僕を見た。
「…ら、いぞ?」
「いいかげん僕も堪忍袋の緒が切れるよ。今日帰ってきてから何人の人が僕の処へ苦情に来たと思う?」
「え。」
「………どうやら僕が甘やかしすぎたようだね。」
ぐいと三郎の腕をつかんで、自分たちの部屋に放り込む。僕もすぐに入り、パシンと音をさせて戸を閉める。明かりのついていない部屋は薄暗いが、互いの顔を見るのに不自由は無かった。
「さて、三郎。自分が何をしたかわかってるかい?」
「あ、あの…。」
しどろもどろになる三郎は、いままでの経験からか自然と正座になっている。僕も姿勢正しくその目の前に正座するが、三郎は目を合わせようとしない。
バン!!と床を手で叩くと、「ひっ」と怯えた声でようやく前を向いた。
「ねぇ三郎。質問してるんだよ?君は、自分が、何をしたかわかっているのかい?」
「う…あ…が、学園中で、いたずらしてました…。」
「そうだね。それで?僕は以前から何度も、人に迷惑をかけちゃいけないと言わなかったかい?」
「うう…い、言って、ました…。」
「じゃあなんで、こんなことしたの?」
「そ、それは…。あの………。」
再び目を泳がせる三郎に再びバンッと床を叩いて正面を向かせる。
「なに…?言えないの?そんな言えないような理由で僕との約束を破ったの?」
「そ、そんな…。」
「そんな?なに?」
「そんな…つもりは…。」
「あったからあんなに派手に悪戯したんだろう?僕がいなければバレないとでも思ったの?」
「ち、ちが…。」
「何が違うの?」
「ら、らいぞが、いなかったから、だから、」
「僕が居ないと君は悪戯するのかい?君は僕のせいにするつもりか?」
「そうじゃなくて!」
ぶんぶんと首を思い切り横に振る。その必死な様子に、すこし言葉を聞いてやる気になった。
「そうじゃなくて、らいぞが居ないと、寂しいから。だから、寂しいから他の人に、らいぞのかわりに、あそぼうと思って…」
「僕が居なくて寂しかったから?」
呆れてしまった。しかしやはり可愛いと思ってしまう。その甘さを必死に堪えて厳しい顔を続ける。
「…せめて誰か一人にすれば良かったのに、なぜ学園中の人に悪戯したんだ?」
その言葉に三郎がきょとんとしながら、心底不思議そうに首を傾げた。
「え…。だって、一人じゃ足りないだろう?」
「は?」
「雷蔵が居ない寂しさを埋めるのに、誰か一人じゃ足りないじゃないか?」
「…………。」
「学園中の人と遊んでも、まだ寂しかった。」
だから、雷蔵が早く帰ってきてくれて嬉しかったんだ。
そう三郎は心から思っているようで、涙を目に溜めながら僕を見つめている。
「………………。」
そして僕はというと、予想もしていなかった口説き文句に顔を熱くしていた。
(ああもう!!あれだけ絆されないように気を付けていたのに!!)
いつのまにか怒りが霧散していたことに気づき、すっかり絆されていることを自覚して自分で自分に呆れる。…部屋が薄暗くてよかった。
無言でいる僕がまだ怒っていると思ったのだろう。
三郎は俯いて
「ごめんなさい…。らいぞ、ごめんなさい…。」
と小さな声で謝っていた。
続いて、ぽたり、ぽたりと雫が落ちる音がして、三郎が泣いていることを知る。
(あー…。もう限界だ。)
はぁとため息を吐いた。もちろん不甲斐ない自分に対してだが、三郎は勘違いしてビクリと体を震えさせる。
その姿さえ愛しく思って、僕は立ち上がりゆっくり三郎に近づく。そして三郎の隣に腰を下ろすと、そっと三郎の体を抱きしめて頭を撫でてやった。
「…らいぞ?」
「…これからは、どんなに寂しくても悪戯なんかしちゃいけないよ。その代わり、頑張って我慢していたらいつも以上にかまってあげるから。どんなに三郎がくっついていても文句言わないし、怒らないから。だから、僕が居なくても我慢するんだよ。いいね?」
「…うん。わかった。」
「よし。約束だよ。」
「うん。」
三郎はぎゅうと僕の装束にしがみついて、もう一度「ごめんなさい。」と呟き、まるで幼子のようなその仕草に僕は頬笑みを浮かべ、その背中を撫でた。
しょうがない。僕はやっぱり、この大きな子供が可愛いのだから。
あとがき
三郎は雷蔵がいないと寂しくてしょうがないんです。
綺麗な話のまま終わらせたい方はこのままバックしてください。
え?お仕置きは別でしょ?という剛毅なお方はここからGO。
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