カフェ
カラン、と軽やかな鈴の音に材料の点検をしていた三郎が顔を上げる。
「いらっしゃいませ。」
入ってきた客に笑顔を向けるのはすでに条件反射だ。
だが、接客用の笑顔も入ってきた人物をみた途端心からの笑みに変わる。
「不破さん。おはようございます。」
「おはようございます。」
入ってきた客は三郎の経営するコーヒーショップの常連だった。近くの会社に勤める会社員で、毎朝出社前に立ち寄ってくれている。
不破雷蔵。三郎の密やかな思い人だ。
ふわり、と音がするような穏やかな笑みは三郎の大のお気に入りである。
「いつもの、お願いします。」
「はい。」
浮き立つ気持ちを抑え、最上のものを用意するべく今日も手を動かす。
エスプレッソとミルクを絶妙な配分で入れる。このカフェラテが雷蔵のお気に入りだ。
しばらくし、褐色の泡と真白い泡に表面を覆われ、カフェラテができあがった。
通常ならばこのまま蓋をし客に渡すのだが、時折、遊び心で三郎は雷蔵のものにラテアートを施した。
葉であったり雪であったりかわいい動物であったり、その種類は多岐にわたる。しかしすぐに蓋をしてしまうので不破はおそらくそれに気がついていない。
三郎の作業するカウンターは客からは見えないような構造なので、素早く作業を終えてしまえばその様子を見られることはないのだが。
「………。」
三郎はちらり、と出来上がりを待つ雷蔵を見上げる。すると彼の穏やかな目と目が合って、にこりと微笑まれてしまった。
かああと顔を熱くして勢いよく顔を元に戻した。
胸がドキドキする。
(ああどうしよう。私、本当にこの人が好きだ。)
毎日数分顔を会わせる程度、時折世間話をしてもカフェラテを受け取ってしまえば彼はすぐに出ていってしまう。
それなのに、こんなに愛しいと思うのはどうしてだろう?
「鉢屋さん?」
「あ・・・。すみません。もう出来ます。」
自分は男で彼も男。
報われないかもしれない。
でも。
それでも。
きゅ、と唇を噛んで、三郎はカップの上に素早く手を走らせた。
「・・・お待たせしました。」
「ありがとう。じゃあまた。」
「・・・はい。」
泣きそうになるのを必死にこらえながら、背を向ける雷蔵に「ありがとうございました。」と言った。
ひょっとしたら、もう二度と会えないことを覚悟しながら・・・。
次の日の朝。
カラン、と今日も軽い鈴の音が鳴る。
「いらっしゃ・・・。」
そして条件反射のように顔をあげた三郎の声が固まる。
「やあ。鉢屋さん。おはようございます。」
まったくいつも通りの姿と笑顔で雷蔵がそこに立っていた。
その姿をしばし呆然と見つめ、三郎は俯いた。
(…気がつかなかったのか。)
ほっとしながらも、胸のどこかで残念な気持ちもある。そんな自分に苦笑しながら「いつもので?」と雷蔵に尋ねた。
頷く雷蔵の笑顔に、いつもはとても胸が暖かくなるというのに。今日はただ締め付けられる思いがする。
それでも不味いものは出せないと三郎はただ無心で手を動かした。
「・・・お待たせしました。」
「ありがとう。」
受け取る雷蔵の手に、笑顔に胸が痛む。
知らず泣きそうな顔になってしまうのを悟られてはいないだろうか。
「じゃあまた。」
そう背を向ける雷蔵の背をじっと見つめる。だが店を出ていくのを見送るまでの胸の痛みに耐えられず、三郎はその光景からそっと目を逸らした。
「あ。そうだ。」
戸に手をかけたところで、雷蔵がUターンする。
驚いて思わず視線を戻すと、思ったより近くに来ていた雷蔵の顔にドキリとする。
顔が赤くなるのをそのままに見つめてくる三郎に雷蔵はニコリと微笑んだ。
「僕も、あなたのことが好きですよ。鉢屋さん。」
そしてちゅ、と三郎の唇に小さな音をさせ、今度こそ鈴の音とともに去って行き。
残された三郎は呆然とそれを見送ったあと、じわじわとやってきた羞恥と喜びに一日顔を赤くしていたのだった。
真っ白な泡の上に書かれた言葉は。
『あなたが 好きです。』
あとがき
いつも行くコーヒー屋さんはカフェラテ頼むとハート書いてくれるんです。たまに葉っぱ。
でも持ち帰りで蓋してしまうので、雷蔵は気が付かないだろうなぁとか。思って。
気が付いていたわけですが。にゃんこの絵とか描かれてるのを見てニヤニヤしてるといい。
いつか雷蔵視点を書きたいなぁ。
リクを受けましたので続き書きました!→「アフターカフェ」