欲張り悪魔
「らぁいぞぉーーーー!!支度出来たぁ?」
「も、もうちょっと…。」
こんこんっと扉をノックする音はこころなし鋭い。
雷蔵は苛立ちの見えるその音に申し訳無さそうに答えた。
それから自分の体を見下ろして小さくため息を吐く。
緩々と巻かれた布はようやく胴の辺りまで届いたところだ。だがそれからまったく進む様子が見えない。
「…はぁ。」
「なにため息吐いてるんだ。」
「っさ、ぶろ…………。」
いつの間にか部屋に入ったらしい三郎の声に驚いて顔を上げるが、その声は戸惑いにだんだん小さくすぼまって行く。
「ああ雷蔵はミイラ男だったのか。手伝おうか?」
そして床に座り込んだ雷蔵の隣に膝を付く三郎の、その動きに合わせるように雷蔵は視線を動かす。
その目は驚きに見開かれたまま、そして顔はだんだんと朱に染まっていく。
「さ、さぶろう………。」
震える唇からようやく三郎の名を呼ぶ。「ん?」と顔を上げた三郎は真っ赤な顔の雷蔵に首を傾げた。
「雷蔵、顔真っ赤だぞ。どうした?」
「な、なにその格好!!!!!」
事の成り行きを説明するとだ。
いつもの学園長の思いつきで『寮対決!びっくりどきどき驚かせた者勝ちハロウィン仮装大会!!!』を開催することになり。
仮装内容は被るとつまらないからという理由でくじ引きが行われた。
驚かせるため、ということで各々のくじ内容は口外禁止とされている。
そして、雷蔵はミイラ男を引き当てたというわけだ。
布を巻けばいいとは楽なものだと思っていたが、存外これが難しく支度に手間取るもので。
集合の時間になっても現れない雷蔵に三郎が痺れを切らしたのだった。
そして、雷蔵はもちろん、三郎の仮装内容など知らなかった。
思わず絶叫した雷蔵に三郎はきょとんとした後、「これ。」とくじ内容の紙を取り出し雷蔵へ向ける。
「こ、『小悪魔』?」
「とりあえず、竹谷の部屋の漫画を参考にしてみた。」
よし竹谷殺す。
即座に雷蔵は竹谷への制裁を決定すると、まじまじと改めて三郎の姿を見た。
まずは白く眩しいむき出しの肩から、細い腕が綺麗に伸びている。首元まで覆っているぴったりした生地の黒い布は、しかし胸の下あたりで切られており、その下はまた無駄な肉の無い綺麗な白い腹と、小さな臍が見えていた。上半身の生地と同様のぴったりした黒の短パン。そこから曲線美を描いて伸ばされた足もやはり白く。ふくらはぎから下を黒のヒールの付いたブーツが覆っている。
そしてさらに、ただでさえ、それだけで色気を纏っているというのに。
三郎の尾てい骨の辺りから伸ばされた鏃付きの尻尾と、ぴょこんと頭についている角、それに背中から生えた小さな蝙蝠羽が、可愛らしさを演出していた。
その上で、三郎はことりと首を傾げている。
雷蔵はさらに強く掌を握り、その体を抱き寄せたいのを堪えた。
目の前にあるのは男の体だ。だがしかし。雷蔵が愛してたまらない人の体でもあるのだ。
その体が据え膳とばかりに目の前にある。とても美味しそうな姿で。
「あ。雷蔵じっとして。」
「え?」
ふわりと揺れる雷蔵そっくりの髪が、いつの間にか鼻の辺りにある。
そして胴の部分に温かい感触が、あって。
腕を、背中に回されているのだと気付いた。
「さ、三郎!?」
「これ一人じゃ難しいだろ?」
目の前で、本当に、触れそうな位目の前で三郎が笑う。
雷蔵が好きでたまらないという、あの笑顔で。
雷蔵は真っ赤になる自分の顔を自覚しながら、その笑顔に何も言えないでいた。
三郎は気にした様子もなく、むしろ鼻歌でも歌いそうな雰囲気で雷蔵の体に包帯を巻き続ける。
雷蔵はいつもはあまり露出しない三郎の腕や足が体に触れる度、ビクリと小さく体を震わせた。
その上、三郎が背中に腕を回す度にふわりと良い匂いが雷蔵の鼻をくすぐるのだ。
雷蔵はギシリ、とでも音を立てるように固まってしまった。
それも知らず、三郎は器用に雷蔵へ包帯を巻いていく。
拷問かとも思うような長い時間は、肩に感じた包帯の感触で終わりを知った。
離れる体に小さくため息を吐きながらも、激しく動いていた心臓はゆっくりといつもの調子を取り戻し始める。
だが。
「雷蔵。腕出して。」
「え。」
と言う間もなく。雷蔵の無造作に投げ出されていた腕が三郎の手に取られる。
白く細く長いと言っても男の手だ。その指は節が出ていて女の手のような柔らかさはない。
しかし、雷蔵はひらりひらりとその手が器用に包帯を腕に巻いていくのをじっと見惚れていた。
「雷蔵不器用だからな。厄介なくじを引いたもんだ。」
「ああ………。」
ふわりと笑う、三郎の唇から目を離せない。
雷蔵の腕に注がれた視線は伏せられ、長い睫毛が時折震えるように動く。
また、胸の動悸が激しくなるのがわかる。
「出来た。頭は自分で出来る?」
「え。あ、あぁ……。」
二コリと笑った三郎にまた動揺して、言葉が遅くなる。
それを否定ととったのか、三郎は「しょうがないなぁ。」と呆れた雰囲気を作りながら、それでも微笑んで雷蔵の頭部へ手を伸ばした。
「おでこに回すだけじゃつまらないな。目も塞いじゃうか?」
「好きにして………。」
雷蔵は原因不明の疲労感に襲われながらそう答える。
しかし、雷蔵がはぁ、とため息を吐いた瞬間、視界が白い布で覆われてしまった。
「三郎、両方塞がれたら見えないよ。」
あまりにぼんやりしているのが分かって拗ねているのだろうか。
雷蔵はそんなことを考えて、笑みを浮かべて目に掛けられた包帯を取ろうと手を上げた。
だが、両手が持ち上がることは許されず。
温かい手にそれを阻まれ、雷蔵は無意識に顔を上げる。
「さぶろ…?」
ちゅ、
啄ばむような、小さな音は一瞬だった。
目に巻かれた包帯の下で、雷蔵が目を見開く。
動かなくなった雷蔵に、「…好きにしてって言っただろ?」と酷く小さな声が呟く。
その力の無さに反射的に抱きしめようとするが、手はまだ拘束されたまま。
「…今日の私は悪魔だから、包帯を、巻いてやったお礼に貰っていくよ。」
「さ、」
手が解放され目の前にいるはずの体を抱きしめようと伸ばすが、雷蔵の手は空を切る。
その代わり、パタリと部屋の戸の閉る音がし、すぐ隣の部屋から再び戸が開閉する音がした。
雷蔵は目を覆う包帯を毟り取るようにして音の方向を見るが、三郎の姿はすでに見えない。
隣の戸が音がしたからそちらに逃げたのだろう。
隣は三郎の部屋だ。
「まったく………。」
くっと雷蔵が喉を鳴らす。
押し殺した笑いはそのまま雷蔵へ向けたものでもあり、三郎へ向けたものでもある。
「とんだドッキリだ。」
隠していたものが、溢れてくるのが分かる。
雷蔵は片手で自分の顔を覆い、そして三郎の巻いてくれた包帯に目をやる。
「僕だって、脅かしてやらなきゃ気が済まないよね。」
さっきまではあんなに動くことが困難だった体が今はとても軽い。
素早く動いた体は、足音も荒く隣の部屋向かう。
悪戯のお返しに、彼の欲しがるお菓子を与えよう。
Trick or Treat?
Trick and Treat!!!
あとがき
コスプレリク「小悪魔コスの雷鉢」でした!!
もう少しでハロウィンなのでハロウィン風味で。はぁはぁ小悪魔三郎可愛い可愛ぃぃぃ^///^
しかし小悪魔三郎のエロ可愛さを出しきれなくてすみません……自分の脳内でパーンなるので精いっぱいでした………。
素敵なリクエストありがとうございました!!!