世は全てことも無し

騒がしいのは昼時の学食ではいつものことだ。
わずらわしい授業から解放された学生たちが笑いさざめきながら昼食を取っている傍ら、竹谷は厳しい顔で机に頬杖をついて目の前の男を見つめていた。
目は泣き腫れ、首には擦過傷が残っている。それでも蕩ける視線の先にあるのは、彼が愛してやまない恋人からのメールだろう。だが、と竹谷は考える。その傷を与えたのも紛れもなく彼の恋人なのだ。
「…三郎よ。」
「あん?」
雷蔵を考える至福の時間を遮られ、不機嫌そうに三郎が返事をする。
それにますます眉根を寄せて竹谷が口を開いた。
「お前さぁ…。『いい加減にしろ』とか言わないわけ?」
「…なんの話だ?」
唐突な竹谷の話に、三郎は首を傾げる。竹谷はすっと三郎の首を指差して、「それ。」と短く告げた。
「いっつもどっか傷作りやがって…。痛いだろ?それ。」
「まぁ痛いが…。いいんだ。これは雷蔵が私にくれたものだから。」
そう言う三郎はとても幸せそうに、嬉しそうに笑う。
だが、それが歪なものに見えてしょうがない竹谷は身を乗り出して三郎に言い募った。
「だから、そんな傷作るなって、雷蔵に言わないのか?」
「なぜ?」
きょとん、と三郎は目を瞬かせる。本当に、理由が分からないとでも言うように、首を傾げた。
「なんでって…痛いだろ。」
「そんなの別に。だって雷蔵が与えてくれるんだぞ!そんなの大した問題じゃないじゃないか!!」
「大した問題だ馬鹿!!そのままエスカレートして死んじまったらどうするんだよお前!!」
ただでさえ今の三郎の体は傷だらけだ。その中に、雷蔵に付けられたものがどれだけあるか。
それでも、三郎はうっとりと笑う。
「いいよ。」
「…は?」
「いいんだ。雷蔵が与えるものが、たとえばそれが『死』であったとしても、私は受け取るよ。雷蔵の与えてくれるものなら、なんでも。」
取り零すなんてもったいない。むしろ害悪だとばかりに三郎は断言する。
竹谷は、思わず絶句して三郎を見つめた。
背中に、嫌な汗が流れる。
「三郎。」
「!!」
「雷蔵!!」
「ごめんね待たせて。」
竹谷の背後に、いつの間にか雷蔵が立っていた。
その手には食事の乗った盆が持たれ、ごく自然な仕草で竹谷の隣に座る。
「あれ?雷蔵。お茶が無いぞ?」
「ああ。本当だ。忘れてた。」
「私が取りに行くよ!」
「ごめんね。ありがとう。」
「いいんだ。私はもう食べ終わってるから。」
そう無邪気に笑って三郎が去るのを、雷蔵が笑顔で見送る。
いつもは穏やかな空気さえ感じるその笑顔に、今竹谷は冷や汗が止まらなかった。
「…わかりやすい追い出し方しやがって。」
「そう?あけすけなハチよりマシでしょ?」
さらりと言葉を返す雷蔵に、やっぱり聞かれてたかと竹谷が首を落とす。
「で?ご感想は?」
「…もうお前らにはかかわりたくねぇ。」
それは竹谷の心からの本音だったのだが、雷蔵はふふふと一笑した。
「そう言いながら、僕たちの友達でいてくれるハチが大好きだよ。」
そのセリフも何回目かな。なんて、こちらが聞きたい。
ため息を吐く竹谷の周りは、結局平和に回っているのだ。

あとがき
本編書き終わったあとに妄想した竹谷の反応。
色々と設定があったはずなのに生かしきれないという罠。なんということだ。
まぁまた書く機会があれば…

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