Happy Valentine!!!!
雷鉢ver
「雷蔵!!ハッピーバレンタイン!!」
「ありがとう三郎。」
ハートを飛ばしながら、今年も三郎は雷蔵へチョコ菓子を手渡す。
それを笑顔でサラリと受け取る雷蔵は、きっと三郎の思いには気がついていない。
それにズキリと胸が痛むけど。三郎はそれを完璧なポーカーフェイスで押さえつける。
(ねぇ雷蔵…それ、本命なんだよ?)
そう言えたらどれだけいいだろう。
「言やぁいいのに。」
三郎の座る机の前で、反対向きに座った竹谷が軽く言った。
それを、三郎は机に体を倒しながらジロリと睨む。
「簡単に言うな。それで拒絶されたら私死ぬ。ほんとに死ぬ。自殺する。でも雷蔵が悲しむから死ねない。だから、心だけ死ぬんだ。」
「こら。シリアスになるな。大丈夫だって。雷蔵がお前を拒絶するわけねぇよ。」
「なにを根拠に。」
「雷蔵だってお前大好きじゃん。」
「…………………。」
そんなの分かってる。
「でも…雷蔵の好きは違うんだ……。」
幼いころから一緒だった。
何をするにも一緒で片時も離れたくなくて。ついにここまで来てしまった。
三郎は、雷蔵へのこの思いが恋愛感情であることは確信している。
だが、雷蔵はどうだろう…。
雷蔵はいつも一緒に居てくれる。
いつも笑ってくれる。泣いてくれる。三郎に取って半身のような人。
でも雷蔵は?
三郎のように、深く思ってくれているのだろうか?
大切にされているのは知ってる。
愛されてるのも知ってる。
でも、それは友情として?
…それとも恋愛感情として?
「聞けないよなぁ…。」
ぽつりと呟いて机にうつ伏せになった三郎の頭を、竹谷の大きな手が優しく撫でた。
昼休みなって、勘右衛門だけが三郎のクラスに来た。聞けば、兵助も竹谷と同じく学校内を逃げ回っているらしい。
三郎たちは苦笑しながら自分たちの机の上に弁当を広げた。
しかし、勘右衛門は雷蔵の机に掛けられた袋に目を丸くする。
「雷蔵すごいな!チョコの数!」
「そんなことないよ。義理がほとんどだもん。」
「そうかぁ?」
昼休みになって雷蔵のチョコレート数は一気に増えた。
確かに、雷蔵の言うとおり義理も多い。だけど、本命だって結構入っているのだ。
それに、腹を立てる権利はまだ三郎にはない。
がつがつと弁当をかき込む三郎を、ひょいと勘右衛門が覗きこんだ。
「三郎は?チョコもらった?」
「全部断った。」
「えー!!なんでもったいない!!」
無邪気に驚く勘右衛門に、ニヤリと笑う。
「だって私には雷蔵がいるからな。」
「ああ…。」
納得してポンと手を叩く勘右衛門に「こら。」と声がかかる。
「勘。ああじゃないよ。三郎も。断るダシに僕を使うなよなぁ。」
苦笑する雷蔵に三郎は目を細めて、「そうだな。」と微笑んだ。
嘘じゃない。そう言える勇気があればいいのに。
再び口に運んだ白米は、砂を噛んでいるような味だった。
昼休みはあっという間に終わり、勘右衛門も次の授業の準備があるからと帰った。
ぼんやりと残りの時間を消化していると、「鉢屋くん。」と声がかかった。
「ん?」
「あの…これ…。」
赤い顔で差し出される箱。中身なんて分かりきってる。
「いや…。」
私には雷蔵がいるから。と常套句を口にしようとしたところで、さっきの雷蔵の言葉を思い出す。
『あんまり僕をダシにするなよ。』
ああ。もうこの言い訳は使えないんだった。
途端に面倒臭くなって、三郎はそれを受け取った。
「…どーも。」
「え!?いいの!?」
「受け取るだけなら。」
「あ、ありがとう!!」
なぜか礼を言われてしまった。驚いて顔を上げるが、その顔も知らない女の子はすでに走って教室を出てしまっていた。
「……珍しいじゃない。受け取ったの?」
「ああ。まぁ、たまには。」
「ふぅん。」
それだけ言うと、雷蔵もまた教室を出ていった。
それに首を傾げながら、三郎は手の中の箱を所在なさ気に見つめ、机の中へ適当に放り込むことする。
ああ。本当に、こんな風に好きだと言う気持ちが伝わればいいのにな。
噂とは本当に一瞬で広まるものらしい。
一つ受け取ればあとはなし崩しで、三郎の机にはあっという間にチョコレートの山が出来あがっていた。
「えっと…。」
放課後になり、誰もいない教室で困っている三郎を見かねた兵助が、そっと予備の紙袋を差し出す。
「…珍しいな。お前が受け取るなんて。」
「あー。うん。…なんか、面倒臭くなって。」
ざーっと無造作に紙袋に山を移す。その様子を兵助は呆れた眼差しで見つめた。
「いつもの言い訳はどうした。」
「言い訳じゃねーもん。本心だもん。」
「…で?どうした?」
「……もう、雷蔵をダシにするなって言われちゃった。」
「誰に?」
「本人。」
しゅん、と俯く三郎に、兵助がはぁぁぁと深いため息を吐く。
「なんだってそんなことに…。」
「だって、雷蔵が駄目だっていうなら、駄目なんだ。」
「いやそうじゃなくて…。」
兵助は少し考えるように口を閉じると、三郎の腕を掴んで立たせた。
「うわ!?なんだよ兵助!!」
「お前らもう面倒臭い。いいから来い。」
そのまま鞄も袋も置いて、兵助は三郎の腕を引く。
ぐいぐいと抵抗も許さず勢いよく進んだ先は、見慣れた図書室だった。
「兵助?」
「いいから。雷蔵に言ってこい。」
「え?でも…。」
「大丈夫だから。」
「でも……。」
まだ不安そうに兵助を見上げる三郎を、兵助はため息を一つ吐き、そして優しくその頭を撫でてやる。
「…もし、振られたら俺が貰ってやるよ。」
「…ほんと?」
「ああ。二言はない。」
目を見開き驚いたあと、三郎はぱぁぁと明るく笑顔になった。
そっけなく断られると思っていた兵助はそれに逆に驚いた。しかし三郎はそんな兵助に構うことなく図書室の戸へ手をかける。
「兵助。」
「うん?」
「約束だからな。」
「はいはい。」
三郎は、二度、深呼吸をしたあと、意を決したように目を尖らせて図書室へ入った。
それを見つめながら、兵助は苦笑する。
「まぁ、俺の出番なんて無いに決まってんだけどな。」
「ら、らいぞう!!」
「三郎?」
「えっと、あの!」
「ああ三郎もうちょっと待って。もうすぐ仕事終わるから。」
ね?と微笑まれて、三郎の体から気が抜ける。
「う、うん…。」
「いい子。ほんとに、あとちょっとだから。」
そうしてまた委員会の作業に戻る雷蔵の背中を、三郎はじっと見つめていた。
数分後、雷蔵が戻ったときにはもう三郎の勢いは大分萎んでしまって、雷蔵に「どうしたの?」と聞かれてもただ困惑するばかりだ。
「三郎?」
「…………ごめん。なんでもない。」
俯きながら、三郎が首を横に振る。
(せっかく勇気をもらったのに。ごめん。兵助…。)
「本当に、なんでも無い?」
穏やかな雷蔵の声も、今は辛い。三郎は黙って首を縦に振った。
何拍か置いて、三郎は心を落ち着かせると、雷蔵へいつもの笑顔を向ける。
「ごめん。仕事の邪魔をした。今日は、先に帰るよ。」
笑えているか少し不安だ。きっと大丈夫。私は鉢屋三郎だもの。
しかしそれもいつまでもつか分からなかった。だから、素早く背を向けて図書室を出ようと戸に手をかける。
しかし、戸はびくともしない。
「…あれ?」
「ねぇ。三郎、じゃあ僕の話を聞いて?」
「!!らいぞ」
いつの間にか雷蔵がすぐ後ろにいる。
三郎の背後から腕を伸ばし、戸と雷蔵の体で閉じ込めた。そして、囁くように三郎の耳へ口を寄せる。
「ねぇ三郎。どうしていきなりチョコを受け取るようになったの?」
「え?」
「女の子のチョコもらって嬉しい?」
「雷蔵?」
「答えて。」
「…別に、嬉しくない。」
「…本当かな?」
ふっと雷蔵の笑う気配に、三郎は体を反転させる。
間近で見る顔は毎日見ている、そして三郎と同じもののはずなのに、その表情を鏡無しに三郎は見たことが無かった。
「…雷蔵?」
「ねぇ…、僕のこと、嫌いになったの?」
辛そうな、泣きそうな、切なそうな顔。
雷蔵を思う三郎と同じ顔。
三郎は驚いて、言葉も無く雷蔵を見つめた。
しかしその反応にますます雷蔵の顔が切な気に歪む。
「自惚れてた…。君が僕から離れるはず無いって。僕を嫌うはずないって。僕以外に興味なんかもつはずないって思いこんでた。」
「雷蔵…?」
「ねぇ、もう遅いかい?君は私から離れるかい?ねぇ、三郎…。」
君が好きだ。
それは。
三郎がまさに待ち望んでいた言葉。
でも…。
「そんな顔するなよぉっ。」
「三郎?」
悲しそうな、辛そうな、切なそうな顔。
そんな顔をしながら言って欲しい言葉じゃなかった。
でも、こんな顔させているのは間違いなく三郎なのだ。
三郎の目から、ツゥと涙が零れる。雷蔵が慌てて手を伸ばすが、三郎はそれを掴んで思い切り引き寄せた。
バランスを崩して、雷蔵の体が三郎へ倒れ込む。
「さ、三郎!?」
「好きだよ…!好きだ!昔から、今だって、ずっとずっと好きだ!!」
癇癪を起こした子供のように三郎は好き、好きだと雷蔵の耳元で喚く。
「三郎…。」
「好き…好きだ、雷蔵が、好き…。」
「うん。わかったから、だから、三郎、泣かないで…。」
三郎の胸に掻き抱かれていた雷蔵はいつの間にか体を起こし、逆に三郎を優しく抱きしめた。
「三郎。好き。愛してる。」
「ふっ…うぅ…らいぞぉ…。」
「ああ…こんなに泣いて。僕のせいだね。ごめんね。」
そっと涙をぬぐう指に、三郎は嗚咽を漏らしながらも涙を止める。そのことにふわりと雷蔵が微笑んで、その見たことが無いほど優しい笑顔に三郎は束の間見惚れた。
そして次の瞬間、三郎もそれは嬉しそうに笑った。
「………………。」
「えへへ。雷蔵、大好き。」
「………………。」
「雷蔵?」
唐突に途端固まって動かなくなった雷蔵に、三郎がこてん、と首を傾げる。
雷蔵はくはぁっと思い出したように息を吐き出し、思い切り三郎を抱きしめた。
「三郎。三郎三郎三郎三郎…。」
「な、なんだ?」
「キスしたい。キスしていい?頑張ってキスだけで止めるから。」
「え…う、うん。」
ガッと肩を掴んで真顔で言う雷蔵に、三郎は勢いに押されるようにこくり、と頷いた。
「でも雷蔵…。」
「ん?」
「私はキスだけじゃなくてもいいんだけどな。」
「!!」
顔を赤くしながら笑う三郎に理性が切れた雷蔵。
二人のその後は、静かに沈黙する図書の蔵書だけが知ることだ。
あとがき
書いた時のテンションが半端なかったその1。
雷鉢は三郎がチョコ作るのが王道!
ホワイトデーまでフリーです。お好きにお持ち帰りください。
フリー期間は終了しました。