Happy Valentine!!!!
尾鉢ver



教室がピンク色だ。

勘右衛門は教室に入ったときから、いや、学校に足を踏み入れた時からそれを感じていた。
ちらちらと男子を見る女子に、そわそわする男子。
「若いっていいねぇ〜〜。」
「何じじむさいこと言ってんだよ勘。」
「あ。兵助おはよー。」
「はよ。」
「相変わらず大量だねー。よっ色男。」
うっせ。と返す兵助の手には、すでに大き目の紙袋に半分程のチョコレートが入れられている。1年のときなどは貰った大量のチョコレートの処分に泣きそうになっていたが、今となっては慣れたものだ。
「それどうすんの?」
「あとで部活のみんなで食う。」
「ふぅん。」
運のいい女子(まぁ男子もいるかもしれないが)は、兵助に食べてもらえるかもしれないというわけだ。勘右衛門はそれを不誠実だと思わない。腐らせて捨てるよりはよっぽどいいだろう。
勘右衛門が机に教科書を入れようとすると、何かが奥で引っかかった。
「お!!」
覗いてみれば、青の綺麗な包装紙に包まれた小箱と、袋に入れられたチョコレート。
「えへへ〜〜。」
「よかったな。」
「あ!勘ちゃん!そっち、袋の方、女子の有志からクラスの男子へのプレゼントだから!」
「あ、そうなの?さんきゅ〜。」
「どういたしまして。」
女子のグループに手を振る勘右衛門の手には、あと小箱が一つ。
「ってことはそっちは本命か?」
「そうかなぁ。」
ニヤニヤしながら勘右衛門は早くも包装紙を開けている。
なるべく綺麗に開き、現れた無地の白い紙の箱開ければ、そこには明らかに手作りと分かる、だが綺麗に仕上げられたチョコレートが四つ並んでいた。
「あ。アーモンドチョコだ!俺これ好きなんだよねー。」
「ますます本命だな。名前かなにかないのか?」
「ん〜〜。ん。無いみたい。」
さっそく一つ頬張りながらほら。と箱を兵助に見せる。
たしかに、どこにも名前もサインも見当たらない。定番の「好きです。」の言葉も無い。
「…ちょっと怖くないか?匿名って。大丈夫か勘?」
眉をひそめた兵助が勘右衛門を心配そうに見るものの、勘右衛門はにこにこともう一つを摘んで口に入れている。
「ん。平気だよ。それに…。」
「うん?」
「おれ、これ送り主誰だかわかっちゃった。」
「え。マジで。」
「うん。」
誰だよと兵助が聞こうと身を乗り出したとき、始業のチャイムがなってしまった。
兵助は口惜しそうにしながら席へ戻る。
それから小休みの度に勘右衛門の口を割ろうとするものの、決して成功することはなかった。


そして昼休み。
『第二理科準備室』
それだけ書かれたメールが勘右衛門と兵助に届く。二人は目を合わせて頷き、バラバラに席を立った。
兵助はチャイムが鳴ると同時、勘右衛門はのんびりと。
勘右衛門が教室を出たときにはクラスの男子が「久々知くんは!?」と鬼気迫る女子たちに捉まっていた。
今頃兵助は誰にも見つからないようにダッシュで向かっていることだろう。
勘右衛門はそれを想像して笑いながら、のんびり弁当片手に廊下を歩いた。
「ちゃーおー。」
「お。来たか勘。」
「勘!!早く閉めろ!!」
「はいはい。」
先に来ていた竹谷と兵助に笑いながら勘右衛門は言うとおりに素早く戸を閉めた。この二人は毎年追いかけられる組だ。男前の竹谷と、美形の兵助はよくもてる。その上二人とも優しくて、女子に一度掴まってしまうとちゃんと相手をしてあげるものだから、昼休みなどは大変なのだ。
そのため、バレンタインの日は毎年、こうして隠れて昼休みを過ごすことになっている。
「もてる男はつらいねぇ。」
にこにこと言う勘右衛門の言葉に二人はがっくりとうなだれた。
「あ。鉢屋と雷蔵は?」
「ジュース買ってくるって。」
「ふぅん。掴まってないといいけどね。」
「大丈夫だろ。三郎がいる。」
名物のあの二人組もけっこうもてるのだが、三郎が雷蔵に近づく女子をさりげなく威嚇しているためなかなかお近づきになれないのが現状らしい。
その様子はまるで母猫が自分の子供に近付く人間を威嚇しているようだと竹谷は笑った。
勘右衛門と兵助もそれに苦笑すると、がらりと噂の二人が戸を開けた。
「お。揃ってたか。」
「遅くなってごめんねー。」
「掴まんなかったか?」
「うん。三郎が全員追っ払っちゃった。」
「私の雷蔵に近づくなら私を乗り越えてからだ。」
「そりゃ随分高い壁だな。」
笑いながら、五人でようやく弁当を開いた。
場所はちょっと不気味だが、話だせばあとはいつもの昼食と変わらない。男子高校生の食欲はあっという間に各々の昼飯を平らげた。
「あ。兵助。」
「ん?」
「やる。」
弁当箱を片付ける傍らで、三郎が鞄からなにか取りだして兵助に投げてよこした。
「…ちょこ?」
「なんで平仮名だ?…まぁお前は今日はもう見るのも嫌かもしれんが、一応な。義理チョコ。」
「ああそれ。僕とハチも同じの貰ったよ。」
「美味かった。」
小さく袋に入れられたチョコレートをまじまじと見つめ、兵助は照れ笑いを浮かべながら「サンキュ。」と礼を言った。
三郎もまたそれに照れた笑みを返し、鞄を閉じる。
「あれ?勘のは?」
その様子に、竹谷がきょとんと三郎に顔を向ける。ピクリ、と三郎の体が反応した。
先ほどまでは笑みを浮かべていた顔が、一転して苦虫をつぶしたものになる。
「三郎?」
「…………無い。」
「はぁ!?」
顔を逸らしながら小さく聞こえた言葉に、竹谷が目を吊り上げた。
「なんでだよ!!」
「うるさい!!無いったら無いんだ!!」
「ハチ、そんな怒らないで。何か事情があるのかも知れないだろ?」
「勘。俺の一緒に食べるか?」
雷蔵が竹谷を宥めて、兵助は勘右衛門に今貰ったチョコレートを差し出す。勘右衛門はそれに二コリと笑って首を振った。
「いいんだ。俺、本命もらっちゃったから。」
「……………。」
束の間、沈黙が室内を支配した。
が、数秒置いて、まったく同じタイミングで「えええええええ!!!」と叫び声が重なる。
「か、勘!お前いつの間に!!」
「っていうか好きな子いたのか勘!!」
「ええ!?なに!?その子と付き合うの!?」
詰め寄る兵助たちにやはり笑いながら、勘右衛門は答えない。
ついには昼休み終了の鐘が鳴り、慌てて帰り仕度を整え始める。しかし、いつの間にか三郎の姿はなく、雷蔵はぐるりと室内を見渡した。
「あれ?三郎は?」
「あ!逃げたなあいつー!!」
教室で説教だ!!なんて乱暴に戸を開けて走って行く竹谷の姿を雷蔵が苦笑しながらも追いかける。その際「じゃあね。兵助。勘。」と言っていくのは忘れない。
それに手を振り返してから二人も鞄を手に取った。
「さて。俺等も帰るか。」
「…あ〜。兵助。先帰ってて。俺ちょっと用事済ませてくからさ。」
「うん?……わかった。ただし。」
「ん?」
「帰ったら全部話してもらうからな!!」
少し悔しそうな顔でビシリと指差す兵助にぷっと吹き出しながら勘右衛門は頷いた。
それを見て満足そうに頷き、兵助も部屋を去る。
それを見送って、勘右衛門は「さて…。」と上を見上げた。
「本命迎えに行かないとね〜。」


ガコンッと錆ついたドアを開けた途端、寒風が勘右衛門を襲う。
それに首を竦めながら広い視界をぐるりと見渡す。…入口から見えるところには居ないようだ。
その勘右衛門の目に、さらに上に上がるための梯子が目に入る。なんとはなしにそれに上ると、こちらに背を向けるようにして丸まる姿。
「見っけ。」
「…何の用だよ。」
勘右衛門が来たことは分かっていたのだろう。こちらを振り向きもせず、不機嫌そうな声が勘右衛門に向けられる。
「うん。鉢屋に用事。」
「…授業始まるぞ。」
「いい。こっちのが大事。」
その言葉に、ようやく三郎が振り向いた。その顔は不機嫌そのものであったが、勘右衛門はじっとその顔を見つめ、微笑む。
「泣いてなかったんだ。よかった。」
「…なんで泣くんだよ。」
「俺が本命受け取ったから?」
「……………なんでだよ。」
数瞬の沈黙。その後また顔を隠す三郎に勘右衛門は苦笑した。
そっと近寄ってその頭を撫でると、三郎の体がピクリと震える。
「青の包装紙。」
「………………。」
「甘いの好きだけどたくさんは食べられない。」
「………………。」
「チョコはミルクチョコで。」
「………………。」
「アーモンドはちゃんとローストしたやつ。」
「………………。」
黙ったまま背を向ける三郎に、くすくすと笑う声が届く。それにようやく訝しげに三郎が再び顔を上げた。
「…あそこまで俺の好み知ってるの、鉢屋しかいないっての。」
「なっ………!」
かあああと顔を赤くして、三郎は勢いよく体を起こす。
勘右衛門は、それもう嬉しそうに笑っていて、それを見てますます三郎は顔を赤くした。
なんとなく見られたくなくて顔を逸らす三郎へ、追い打ちのようにまた勘右衛門が手を伸ばす。
「ねぇ鉢屋。あれ、本命だよな?」
「…なんのことだよ。」
「俺だけ違うチョコ。期待していいよな?」
「そんなのっ!俺がお前の好みを女子に聞かれたから答えただけだ!!」
「ふぅん…?俺の勘違い?」
「そ、そうだよ…。」
いまだに三郎は目を合わせない。
勘右衛門は優しく頬を撫でていた手を離し、「じゃあ、聞いてきた子を教えてよ。お礼言いに行かなきゃ。」と立ちあがった。
それに三郎はバッと顔を上げ、勘右衛門を見上げる。
その顔は泣きそうになっているというのに、三郎はまだ口を震わせて答えようとしない。
「鉢屋?」
「…言ったら、その子と……付き合うのか?」
「ううん。」
三郎の目が大きく見開かれる。
その顔が幼い子供ようで、勘右衛門はまた笑みを零す。
「好きな人がいるから、って断りに行く。」
「好きな…?」
「うん。本命から貰えたと思って、嬉しかったんだけどなぁ。」
ゆらり、と三郎の瞳が揺れるのを勘右衛門はじっと見つめた。
まだ、迷っている。
だがあと一押しだ。
「なぁ鉢屋。あれ、やっぱり俺の勘違い?」
そっと両手で頬を包む。寒風に晒され続けても、そこは今は熱を持ったままで、勘右衛門の手を温めた。逸らせないように目と目をじっと合わせる。
「…三郎。」
名前を呼ぶ。ビクリと震えた三郎はとうとう目の淵に溜めていた涙を零れさせた。
「ねぇ三郎。あれ、三郎が俺に作ってくれたんだろう?」
こくり、と小さく三郎が頷く。
それに笑みを深め、額に小さく口づけを落とす。
「あれ、本命だよね?」
再び、小さく頷く。
流れた涙は頬を挟む勘右衛門の手も濡らすが、それを気にする様子もないままぐいと顔を上げさせる。
「…俺のこと、好き?」
「…す、きっ。」
「…俺も、三郎が好き。」
唇に、触れるだけの口づけを落とす。
三郎は、涙をこぼし顔を赤くして、嗚咽を零しながらもようやく嬉しそうに微笑んだ。

あとがき
書いた時のテンションが半端なかったその4。
尾鉢の三郎は遠まわし!!かわいい。勘ちゃんは初書きでした。
ホワイトデーまでフリーです。お好きにお持ち帰りください。 
フリー期間は終了しました。

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