Happy Valentine!!!!
久々鉢ver



「久々知くん!これ、受け取ってください!!」
「ん…ありがと。」
兵助はきゃあきゃあ言いながら去って行く顔も知らない女子を無表情で見送る。
渡された小さな箱は、無造作に左手にもたれた紙袋に放られた。
朝からこれで何度目か。数えるのも面倒な程兵助は女子に呼びとめられていた。
これで学校に遅刻したらどうしてくれようとやはり無表情で考える姿は、一応美形と言われる造作をしているのだ。
おかげでいうかそのせいでというか、この日は騒がしくて仕方がない。
世の男子からすれば羨ましいと血の涙を流すような状況を、彼はその程度にしか考えていたかった。
なぜなら、彼には本命というべき好意を寄せる人物がいるからである。


「お。今回も大量だな兵助。」
「三郎。」
昇降口で兵助に後からきた三郎が軽く声をかけてきた。
彼と話す時、無表情が少し崩れ柔らかいものになる。
三郎はいつものようにニヤリと笑いながら、紙袋の中を覗きこんだ。
「女の子ってのはすごいな。顔と学校しかしらない男によく告白する気になるもんだ。」
「…いや。名前も知ってるみたいだった。」
「ふぅん…あっそ。」
興味無さげに呟く三郎に、兵助は苦笑する。
決して興味が無い訳ではない。それを見せるのが嫌いなだけだ。
それぐらいが分かるくらいには、兵助は三郎と付き合いが長い。
「三郎はチョコくれないの?」
「ん?ああ。ほら。」
「え。」
予想に反してあっさりと渡された小さな袋と三郎を、兵助は見開いた目で交互に見つめる。
「なんだよ『え。』って。」
「いや…貰えるとは思わなかった。」
しかもこんなにあっさり。
渡されるとしても盛大に照れながら渡されると思ったのに。
茫然と呟く兵助にむっと眉を寄せ、三郎は「だって毎年やってるだろ。今更。」と返した。
「毎年って「あ!!雷蔵おっはよーー!!」
疑問を思い切り顔に浮かべる兵助を無視して三郎は大好きな相方を見つけて飛んで行ってしまった。
しかし次の瞬間。兵助は納得の表情を浮かべる。
「雷蔵ハッピーバレンタイン!!」
「あ!今年も作ってくれたの三郎!ありがとう。」
その手に渡されたまったく同じ小さな袋。
三郎の作るお菓子おいしいんだよね。と笑う雷蔵がどこか遠い。
(…うん。わかってた。予想通りの結果だろう兵助。)
「朝から哀愁漂ってんぞー。兵助。」
「はっちゃん…。良いんだ。おはよう。」
「はよ。」
ぽん、と兵助の肩を叩く竹谷の手には、兵助と同じようにチョコレートの大量に入った大き目の紙袋が握られていた。
「三郎が雷蔵大好きなのは今に始まったことじゃないだろうが。」
「いやそこじゃなくて…。」
「ようハチ。おはよ。」
「はよ。三郎。雷蔵。」
「おはよー。」
「ほら。ハチにもやるよ。」
「おう。毎年悪いな。」
「お前らにはチョコは嫌がらせかもしれんがな。」
「ははは…。でも毎年、三郎のが一番美味い。」
「……そうかよ。」
竹谷の言葉に照れる三郎に、もやりとしたものが浮かぶ。しかしそれを無視して兵助も「ありがとうな三郎」と笑った。
手の中にあるのは本命のチョコレートではないけれど。でも恋人からチョコレートを貰えるのは素直に嬉しい。
礼を言う兵助に微笑む三郎に、兵助は黒い感情がどこかに消えていくのを感じた。


「あ!それ鉢屋のチョコ!?」
「勘。おはよ。」
「俺にも頂戴!!」
三人と別れ教室についた兵助に勘右衛門が間髪いれず詰め寄ってきた。
「…三郎は多分お前のも用意してる。」
「もらってくる!!」
「あ!おい!」
「はーちーやー!!!」
どたどたと足音を響かせ去って行く勘右衛門を茫然と見送ったあと、兵助は鞄とコートを自分の席に掛けその後をゆっくり追った。
隣のクラスへひょいと顔を覗かせると、勘右衛門が三郎に抱きついて感謝の意を表しているところだった。
「鉢屋大好き!!ありがとうーー!!」
「はいはい。わかったわかった。どういたしましてー。」
じゃれつく勘右衛門を三郎は笑いながらあしらっている。それを横で竹谷と雷蔵が微笑みながら見ていた。
「勘。」
「あ!兵助!見て!チョコもらったよ!!」
「そうか。よかったな。…でも授業が始まるぞ。」
ちょいちょいと手招きする兵助はいつもの無表情だ。
勘右衛門も「そっか!じゃあねー。」と笑顔で兵助に駆け寄る。それに「じゃあなー。」と片手を上げる竹谷たちに手を振りながら二人は自分の教室へ戻った。
「………………。」
三郎が、もの言いたげな目で見ているのに気付かないまま。


昼休み。教室。
黒板に『チョコレートは昼休み以外で受け付けますby竹谷・久々知・鉢屋・不破・尾浜』と普通の男子ならギャグにしかならないようなことを書きながら平然とその下で五人は弁当を食べている。実際効果はあるようで、今五人に近寄る女子はいなかった。
「あ!鉢屋のチョコ食べたよ!おいしかった!!」
「もう食ったのか!」
「小休みの度に摘まんでたぞこいつ。」
「おいしいよねー。三郎のお菓子。」

「ああ。俺昼飯の後にとっといた。」
和やかに会話は進む。いつも通りの会話。
この時間だけは、バレンタインなど関係無いようだ。
兵助は弁当に入った高野豆腐を箸で挟んで、そっと口に入れながらこの時間を噛み締めていた。
それでも意識は鞄の中身に向く。
「うーん…。」
「なんだよ兵助。豆腐食ってんのにその微妙な顔は。それ美味くねぇの?」
どれ、と竹谷が弁当箱に残った高野豆腐へ箸を伸ばす。が。
ガチッ。と二つの端がぶつかる。
「……ハチ。死にたいのか?」
「いやいや。兵助が珍しくまずそうに豆腐食ってたらそりゃ気になるだ、ろっ。」
ガチッと再び箸がぶつかる音。
「誰が豆腐が不味いと言った。」
「お前の顔だよッ。」
ギギギギと二人の間で箸が鍔迫り合いをしている。
「もう二人とも、合わせ箸はお行儀が悪いよ!」
「え。雷蔵。そういう問題?」
ずれた突っ込みにさらに勘右衛門が突っ込む。その横で「どれ。」と三郎はひょいっと兵助の隣から箸を伸ばした。
「「ああああ!!」」
「ん。普通に高野豆腐の味だ。」
もぐもぐと口を動かす三郎に兵助は脱力し竹谷は悔しそうに拳を握りしめた。
「さぶろぉぉぉお前男の戦いをなんだと思ってんだ!!」
「三郎…取るなら取るでせめて美味いと言ってくれ…。」
「だって私別に高野豆腐そんなに好きじゃないし。」
「「ならなぜ取った!!」」
「…人が取りあってるのって美味そうに見えるよなー。」
あんまりな三郎の言い分に二人はため息を吐いて、自分の弁当に再び向き直った。
豆腐の消えた弁当箱を切ない目で見る兵助に、そっと黄色いものが差し出される。
「そんな切ない顔すんなよ。これやるから。」
苦笑しながら、三郎が卵焼きを兵助の弁当に置いていった。
それをポカンと見つめ、顔を赤くする兵助を一同笑いながら昼休み終了の鐘が鳴る。
(あ…。)
兵助は卵焼きに舌づつみを打ちながら、再び鞄に意識を向けた。
(…まぁいいか。)


朝来た時には半分ほどの余裕があった紙袋も、放課後にはパンパンに膨らんでいた。
「…………重い。」
「だろうな。」
「三郎。ちょっと待っててくれるか?これ部室に置いてくるから。」
「置いてくのかよ。」
「そうすりゃ誰か食うだろ。俺は三郎のだけあればいい。」
「おっまえ…、」
三郎の呆れた視線が部室へ歩く兵助の背中に刺さる。
だが兵助は三郎からもらったチョコレートだけ鞄に移して残りは全て部室へ残した。
軽くなった腕をポケットに突っ込んで三郎の待つ昇降口に戻る。
しかし最後の階段の踊り場で、見知らぬ女子が「あ!」と兵助の顔を見て声を上げた。それにうんざりしながら、すわ無視するかと考えるが、その前に「久々知くん、あの…。」と中身の分かりきった小箱を差し出してくる。
「ん。どうも。」
それだけ受け取って、さっさと三郎のいるところへ戻ろうと足を進める。だが、今度はカクン、と腕を引かれそれを止められてしまった。
「…なに?」
「あ、あの!!」
不機嫌な声だと、自分でも思う。だって三郎が待っているのだ。もう帰るだけなのに、この時間の一分一秒が惜しい。
しかし緊張に震える目の前の女子はそんな兵助には気付かない。
「く、くくちくんは、誰か好きな人いるんですか!!?」
「いるよ。」
決死の覚悟だっただろうに、兵助はあっさりと答えるとすぐに取られた腕を振り払って走り出した。


「三郎!お待たせ!………………あれ。」
いない。
兵助はうろうろと三郎が居るはずの昇降口を回って見るが、三郎の姿は影も形もない。
首を傾げて下駄箱を覗いてみると、靴も無かった。
「え。先に帰った…?」
恋人を置いて。バレンタインになんの仕打ちだ。
そりゃ遅くなったのは悪かったけど。
しばし呆然と呟いた兵助も、はっと我に返り慌てて靴を履いて走って三郎との通学路を追いかけた。


「あ!いた!!」
「…………………。」
ゆっくりと歩く三郎にさらにスピードを上げて追いつき、その腕を掴む。
「お、まえ…さきにいくなよ…。」
待っててって言ったじゃん。と肩で息をしながら文句をいうが、三郎は振り向かない。
「…三郎?」
ハァ、と息を整えてから、兵助は三郎の正面に回る。
「………………………悪い。」
「いや…。別に…そんな怒っちゃいないけど…。」
俯いた三郎の顔は、怒ってはいない。いないが、泣きそうに顔を歪ませていた。
「…どうした?」
「…………………………。」
優しく問う兵助に、三郎はますます泣きそうになって、目の前の兵助の体に抱きついた。
ぎゅう、と弱々しく抱きついてくる腕は、いつもは照れて外では回さないものだ。
兵助は「さ、さぶろう?」と動揺の声を上げながらも、兵助は抱きついてくる体を抱きしめる。
その腕に、三郎はますます抱きしめる腕を強め、肩に顔を埋めた。
「…………へいすけ。」
「なんだ?どうした?」
「へいすけは…私のこと好きなんだよな…?」
「当たり前だ。」
即答する。
そんな兵助に、三郎はほっと息を吐きにこりと微笑みながら離れた。
「うん。それならいい。」
「…そうか?」
「うん。」
しかしまだどことなく元気の無い三郎に、兵助は「あ!!」と声を上げて鞄を漁りだす。
「三郎。これ。」
「……………これ。」
差し出されたのは小箱。今日、兵助がよく貰っていたものと相似しているものを、兵助は笑顔で差し出していた。
「なぁ、これで元気出してくれ。」
「……………いらない。」
「へ?」
固い声で首を振る三郎に、兵助が間抜けな声を上げる。
断られるなど予想もしていなかったような声に、三郎がキッと顔を上げた。その顔は先ほどとは違い、怒りの色に染まっていた。
「お前…なに考えてる!?そんなの…私によこすな!!」
「は?え?三郎、なんでそんなに怒るんだ?」
本気で三郎の怒る理由が分からない兵助は、必死になだめようと手を伸ばす。
それをバシンッと鋭い音をさせて叩き落とし、涙を零した。
「!?さ」
「人からもらったもんで、私を慰めようとするな!!」
ボロボロと三郎は大粒の涙を零す。
それを茫然と見つめながら、兵助は三郎の言葉を噛み締め、考え、そして。
「は?」
と声を上げた。
「は?ってお前…だからっ」
「あ!!あーあーあーあー!!わかった!わかったわかった!!なんだ驚いた!お前誤解してるのか。」
「……なにを。」
ぐすっと鼻を啜りながらも兵助を睨むことを止めない。兵助は照れつつ呆れた笑みを浮かべながら、もう一度小箱を差し出した。
「これ。俺が作ったの。」
「…………………は?」
「お前から貰えると思わなかったからさ。でもせっかくバレンタインだし。俺はお前好きだし。お前甘いの好きだし。喜ぶかなって。」
まぁ三郎より全然下手なんだけどな。と笑う兵助を茫然と見上げる。
しかしすぐにかあああああと顔を赤くしてひったくるようにそれを兵助の手から奪い取った。
「で?三郎くんはなんで泣いてたのかな?」
「〜〜意地が悪いぞお前!!」
大方、先ほどの踊り場のことを見ていたのだろう。こんなにも三郎のことばかり考えていると言うのに、まったく。
「かわいいなぁ。三郎。」
「うるさい!!!兵助の馬鹿!!!」
「それで?」
「〜〜〜〜〜好きだ畜生!!ありがとう!!!」
「ははは。どういたしまして。」
それから二人で手を繋いで。
家に着いたら三郎のチョコと兵助のチョコを二人で分けて、笑いながら。
甘い甘い時間を過ごしましょう!

あとがき
書いた時のテンションが半端なかったその2。
久々鉢は久々知がチョコ作り!
ホワイトデーまでフリーです。お好きにお持ち帰りください。 
フリー期間は終了しました。

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