うつくしいもの


授業の終わった放課後
三郎は変装の小道具の手入れをしていた。
鬘や着物に始まり女物の簪や武士の持つ小柄など、その種類は多岐にわたる。それらを一つひとつ不備が無いかを見、必要なものは修復する。
委員会もなく、同室の相方も今はお使いに出て部屋にはいない。その暇つぶしとして始めた作業だったが、いかんせん種類が多くてなかなか終わらない。
そうしているうちに日が落ち、そろそろ蝋燭に火をともそうかと考えていたころ、い組の久々知兵助が静かに戸を引いてやってきたのだ。
「ん?三郎。道具の手入れか。」
「そう。なんか用か?」
「いや。雷蔵に用があったんだが…。居ないみたいだな。」
見渡すまでもない小さな部屋だ。その中に雷蔵の姿はない。そのまま久々知は考えるようにその場で少し固まってしまった。
「…雷蔵に何の用だ?」
必要なら自分が聞こうと三郎が水を向けると、兵助はぱっと顔を上げて笑顔になる。
「雷蔵に本を借りに来たんだ。課題で必要なんだが、雷蔵が詳しいものを持っていると聞いて。」
「どんな課題?」
「籠城戦の際に勝つ方法。こういうのは昔の人の知恵を借りるのが一番だろ。」
「ふぅん…。」
三郎はその内容の本を、確かに読んだ記憶はあった。雷蔵から借りて読んだのも覚えている。しかし、おおざっぱな彼は掃除が下手で、その本もどこかに埋まってしまっている可能性が高い。
「悪いが…私じゃあ、どこにいったかわからないな。雷蔵もあと1日は帰ってこないと言っていたし。」
「まじか。…そうかぁ。」
がっくりと肩を落とす久々知を横目で見ながら、三郎は手を動かし続ける。
「内容なら少しは覚えてるけど。」
「ほんとか!?」
なんでも無いようにぽつりと言ったとたん、久々知は笑顔で三郎に詰め寄った。ものすごく近くまで顔が近付いているのが気配で分かるが、三郎は視線を手元から放さな
い。

「一つ。内部の事情を敵に知られぬこと。」
「え!?あ!ちょ、ちょっと待て!」
普通の会話を始めるように暗唱を始めた三郎に、久々知は慌てて懐から紙を取り出す。墨は雷蔵の机の上にあったものを少しもらい、三郎の言葉に耳を傾けた。
「何者にも内部の事情を知られぬようにすること。情報の漏洩。それはすなわち敵への風穴である。穴は広げられるもの。それがあれば勝利はかなわぬ。これを至上の目的とするべし。」
「一つ。敵の気力を失わせること。」
「効果的な方法をいくつか挙げる。風の術を用いること。長期戦であることを示すこと。城内に抜け道がある場合、敵の目的のものを脱出させることも有効である。」
「風の術を用いるには忍を使うのが効果的である。彼らは敵にまぎれることに対し、非常に有効な手段をもっているためである。ただし、その際は腕の立つものを起用するべし。若輩者は功を焦り、城に風穴を開けることがあることを考慮するべし。」
「長期戦であることを示すために、事実長い間城内に居る必要はない。なぜなら、籠城戦の場合、敵方の目的は内より城内を弱らせることにあるからだ。弱った上を開城させればそれに越したことは無い。逆に、時が過ぎても開城が無理だと知れば敵は引くであろう。」
ここで三郎は今まで淡々と出していた口調をふといつもの調子へ戻した。
「そういえば、これも雷蔵から聞いたのだけれど、どこかの国でこれを行った者がいたそうだよ。」
「へえ?しかし難しいよなこれ。もし物資が中にあふれているように見せるって言ったって、限度があるだろ?」
「だから、それをやってのけたんだよ。たしか…、そう、甕の中に、城内の食糧をあるだけ詰めて、敵に投げつけたんだ。」
「いっ!?」
「城内はもうそれで食糧がすっかりなくなったそうだが、敵はそんなことを知らないからな。まだまだ城内に食糧があるものだと思い込んで、勝ち目はないと去っていったそうだ。」
「そんなこと…。ものすごい賭けじゃないかそれ。相手が騙されてくれなかったら餓死するしかなくなるぞ。」
「生きるか死ぬかの賭けだったら、まだこの方法の方が生きる可能性がみえるけどな。」
そう言って穏やかに笑う三郎の手は、いまだに動き続けている。
長い指が器用に道具を操り、修復し、片づける。普通、記憶を辿りながら会話をすれば手が止まるものだが、三郎のその手に淀みはない。
久々知は、その手をじっと見つめた。
白い、長い指。爪は桜色で、女性のような美しい形をしている。ちょこちょこ動き回る様はこのまま絡まってしまわないのかと思うほどで、しかしもちろんそんなことはなく、三郎の手は動き続けている。
その手が、不意に止まった。
その手を見つめ続けていた久々知が首を傾げる。持ち主の顔の方に目線を上げると、先ほどまで真剣な顔をしていた三郎が随分と苦々しい顔をしていた。
「三郎。どうした?」
「…………………お前、見過ぎ。」
その言葉に久々知が目を見開く。たしかに三郎の手を久々知は見つめ続けていたが、真剣な彼は気が付いていないものだと思っていた。
そういえば、彼は気配に敏感なのだと彼の相棒から聞いた覚えがある。
それは視線でも有効ということか。
久々知は自分の中で出た答えに一人頷くが、三郎は訳が分からず戸惑った表情を浮かべるだけだ。
「なに?私の手がどうかしたか?」
「いや。綺麗な手だなぁと思って。」
「忍にとっちゃ褒め言葉じゃないだろそれ。」
「そうか?でも俺はお前の手、好きだな。」
そう言ってさっと三郎の手を取る。
「!おい!!」
「…うん。やっぱり綺麗だ。」
目の前に持ってきた三郎の手を、じっくりと見つめる。
長い指、その先の綺麗な爪、形の綺麗な掌。全てが整っている。
真剣な顔で三郎の手を握り、見つめる久々知に、三郎の顔がだんだん熱くなってくる。無理やり戻そうと力を込めても、しっかり掴んで離さない。
三郎は、はぁ、と諦めのため息を吐いて結局は久々知の好きにさせることにした。
それをいいことに兵助はだんだん三郎の手を弄り始めた。
指を一本一本摘んでみたり、掌の皺の後をなぞってみたり、手の甲に浮かんでいる骨の感触を楽しむように手で包んだり、かなり恥ずかしいものの我慢していた三郎は、指先をぺロリと嘗められるに当たってようやく抵抗を始めた。
「ちょ、兵助!!いい加減にしろよ!」
「…無理。もっと三郎の手を感じてみたい。」
「何言って…んひゃう!」
尚も文句を言う三郎にかまわず、久々知は三郎の人さし指をパクリと口内に入れた。
ぞろりと舌全体で嘗められる感覚。第一関節、第二関節へと舌先が移動しなぞる。指の付け根を甘噛みされ、幼子が乳を吸うようにちうと音を立てて吸われる。
ヒクリ、と三郎の身体が震えた。
掴んでいる掌越しにそれがわかり、久々知はどこか熱の浮かんだ目で三郎を見つめた。
三郎も、顔を真っ赤にしながらうるんだ瞳で兵助を見つめる。
くちゅりと音をさせて、ようやく三郎の指が久々知の口内から解放される。
そして、そのまま交差するように互いに手を伸ばし、後頭部に手を添え。ゆっくりと互いの唇を重ねた。
そっと、触れるだけのそれ。
すぐに離れた二人の顔は真剣そのもので、至近距離でお互いの瞳を見つめあう。
(なぜ?)
(なぜ?)
先に、口を開いたのは久々知だった。
「…お前が、好きだから。」
「………。」
「触れたくなったんだ。」
まっすぐな瞳。三郎は、その目から逃れようと心の中で必死になっていたが、その瞳がそれを許さない。
(なぜ?)
久々知は答えた。今度は、三郎の番だ。
「……。」
ぱくぱくと三郎の口が開いては閉じる。
(お前が必死だから。)
(なんとなく、その場の雰囲気で。)
(ちょっと、試してみたかったから。)
次々に思い浮かぶ言葉。全てが嘘。だから、口に出そうとするたび、久々知の瞳がそれを押しとどめる。
真実しか許さないと。追い込まれる。
(なぁ、なぜ?)
(ああもう!!)
そのまっすぐな綺麗な目が、憎らしい。
顔を耳まで赤くしながら、しかし久々知から目をそらさず、三郎はようやく口を開いた。
「………………わたしだって、お前と同じだ。」
はっきりとは言えない。今はこれで精いっぱい。
しかし久々知は感極まったように目を見開いて、それから思い切り三郎を抱きしめた。
(ああ!いとしい可愛い麗しの君!)
(恥ずかしいからやめろ!)

あとがき
三郎の手は綺麗だよねって話。指が長いとなお良し。
どうもうちの久々鉢はラブラブ傾向が高いですね。ちゃんと両想いなのが多い気がします。
もう少し、久々知をかわいそうな目に合わせてもいいんじゃないかと思う今日この頃。

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