嘘偽りなく君を手に入れる






「…なに?」
部屋に弦楽器の音が響く。
スピーカーから聞こえるそれは優雅で、しかしどこか心を沸きたてられる激しい音を奏でる。
雷蔵は、この音が嫌いではない。理解は、出来ないけれど。
「だからさ。」
その音に心地よさそうに体を委ねる男が、実に楽しそうに雷蔵へ顔を向ける。
己と瓜二つの、その顔を。
とてもとても楽しそうに、顔を歪めて。
「君にまとわりつくのをもう止めようと思うんだ。」
また、激しい弦楽器の音。
雷蔵の跳ねた心臓は、突然鳴り響いたその音のせいなのか。それとも。
「…なぜ?」
「なぜ?君がそれを聞くのかい?いつだって、まとわりつくなと私を払っていたくせに。」
くすくすと、笑い声まで漏れている。
なにがそんなに楽しいのか、雷蔵には分からなかった。
いつだって、分からなかった。
ああただ、そんな姿さえ、今は。
「好きだからさ。」
「え?」
「君が。私を。」
くすくすと楽しそうな声。
雷蔵とそっくりな顔をして、いつでも雷蔵にまとわりついて、「好きだ。」と時折真剣な顔で告げたその声。
嘘偽りの無い声。
いつだって、この男は自分に正直だ。
束縛なんて、出来るはずもない。
「雷蔵。」
弦楽器が、音を荒げる。
静かな音に変わった途端聞こえる男の声は、まるで歌のようだ。
「君は私を好きだろう?」
好きだ。
そう告げるため口を開いた瞬間、激しく鳴る音に動きが止まる。


そして。
「…何を言っているの?」
僕の平坦な声に、男の片眉が上がる。
「僕は、君の、友人だよ。」
笑えているか分からない。しかし、目だけは男から逸らすまいとじっとまっすぐに動かさずにいた。
「…………。」
男もじっと、雷蔵の目を見つめる。
曲も、佳境に入った。
「つまり。」
口を開いたのは、男の方だった。
「君は私を好きではないと?」
「そうだね。」
ぐっと、握った拳がばれていないといい。
この気持ちを否定するたびに痛む胸を紛らわすには、他に気を移すしかないから。
「ふぅん…そうか……。」
男が宙に視線を投げる。
雷蔵は、自分の気持ちより、この男の傍に居ることを望んだ。
この男は雷蔵の気持ちに気づいて、そして離れようという。
「君は…。あれだけ僕に愛を語っておきながら離れようというんだね。」
思わず恨み言のようなことを口に出してしまう。
しかしこの男はきょとんと眼を瞬かせて雷蔵へ視線を戻した。
「だって、雷蔵は私が好きではなかっただろう?」
そして慈愛の籠もった笑みを浮かべながら、この男はそんなことを言う。
確かに、雷蔵は自由奔放で、自分に迷惑ばかりかけるこの男が好きではなかった。
それなのに、いつでも纏わりついて雷蔵に愛を囁き続けた。
それだけの情を、雷蔵は注がれそして応えようとしたのに。
「僕が、君を好きになれば、君は離れるのかい?」
「そうだよ。」
「なぜ?」
その問いに、男は答えない。
ただくすくすと小さな笑い声を零すだけ。
「三郎。」
「やあ。ようやく名を呼んでくれたね。」
忘れられてしまったかと思ったよ。
そう笑う顔はいつもと同じで。
まるでみんなと話している時と何も変わらない。
「三郎。どうして。」
「さぁて。でも雷蔵。私はね。」


君が私を嫌いなら、私は君を好きなろう。


歌うように三郎が雷蔵へ囁く。
「私に惚れられたら、気を付けるがいいよ。」
そして今度は本当に歌いながら、三郎は僕の横をすり抜けて去って行く。
その時三郎が口ずさんでいた歌詞は知らない外国語で、雷蔵には分からなかった。


ただ僕は

もうあの手から

逃れることはできないようだ



あとがき
イメージは「カ/ルメ/ン」の「ハ/バネ/ラ」。
つか意味分かりませんね。すみません。
三郎は雷蔵が好きで、雷蔵の気持ちをずっと自分へ向けるためにこのようなことを言いました。
そして見事にそれに成功。
たまには黒い三郎もいいじゃないかと思いました。しかし雷鉢…?

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