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泣き虫
?×鉢屋
鉢屋三郎は、優しい男だ。
人一倍人を見ているから感情の機微な動きにも敏い。
だから、こうして。
辛いことがあった時はただ横に座って背中を貸してくれる。
そのとき、どんなに自分が涙を堪えていても、その温かさに、どうしようもなく涙が溢れて。
三郎はよく泣き虫だな、なんて苦笑するけど。しょうがないんだ。
だって、三郎が温かい空気で包んでくれるから。
涙もろくなってしまうのはしょうがない。
三郎が優しいからしょうがない。
そう言ったって信じてはくれないけど。
「私のせいにするなよ。」なんて。
そうやって笑う顔を見られればそれだけで。
いつでも慰められるんだから。
晴天の下で、薄闇の中で、またはどこかの部屋での出来事
(伊鉢)
「鳥に、なりたいと。そう思ったことはないかい?」
ねぇ鉢屋。
そう、彼は泣きそうな顔で笑った。
「ありませんね。」
その顔を見ながら、私はきっぱりと即答した。
彼は変わらず目尻を下げたまま、「それは何故?」と聞いてきた。
「だって。あいつらは弱いですよ。」
地上では勝てず空に逃げ、それでも捕食者に勝てずにおちつきなく空を逃げ惑っている。
「弱い…生き物です。」
たがら鳥に憧れたことはない。「なら…鉢屋は何かになりたいと願ったことは?」
ああ、それなら。
「ありますよ。」
「へぇ…それは何?」
人間。
私は人間になりたかった。
私を見下ろす目と目が合う。
穏やかなその目は変わらずに問いかけいるようで、私はそれに笑みを返す。
「…内緒です。」
「残念。」
彼はちっとも残念ではない様子でふふふと笑い、私も同じようにふふふと笑った。
もぐらの求愛行動
(綾→鉢)
「立花先輩!!」
「おや。珍しい。」
肩を怒らせて六年の教室になんの物怖じもなく入ってくるのは、間違いなく鉢屋三郎だろう。
いつもは近付くのも嫌がるというのに珍しい。と仙蔵は微笑を零してそれを迎えた。
だが相手は仙蔵の様子などに構う様子もなく勢いよく近付き、バンッと机を叩いた。
「あいつをなんとかしてください!!」
「あいつ?」
はて?と首を傾げる仙蔵に三郎は噛みつかんばかりに詰め寄る。
「あの穴掘り小僧のことです!!」
「ああ喜八郎か。どうかしたか?」
「どうしたもこうしたも!毎日毎日『好きだ』なんて囁いてくるは私狙いの落とし穴掘り始めるは何処行くにも付き纏ってくるは!」
「おや。それは随分好かれたな。喜八郎に好かれるとは稀少な体験だぞ。」
「嬉しくありません!」
再び三郎がバンっと机を叩く。
「委員長なら後輩の躾をちゃんとしてください!!」
「そういうお前は躾けてるのか?上級生らしくしているところを見たことはないが。」
「うちの子たちはいい子だからいいんです!!」
おまえそれは棚上げっていうんだぞ。という突っ込みは、仙蔵の心の中で留めておいた。
「…鉢屋。そうは言うがな。」
「…なんです?」
「あれが、私の言うことを素直に聞くとでも?」
「……………………。」
ものすごい説得力を感じたのだろう。三郎の顔が難しいながらも納得したような表情になる。
「まぁ。そういうことだ。諦めろ。」
「…役立たず。」
ぼそりと呟いた三郎の言葉に、仙蔵の柳眉がピクリと反応する。
「おーい!!喜八郎!!鉢屋がお前の事大好きだと言っているぞ!!」
「うわあああああ!!!先輩すみませんごめんなさいあやまりますからあいつを呼ばないでぇええええ!!」
「はっはっはっ。ほら。早く逃げないと喜八郎はすぐに来るぞ。」
「…どっちくしょーーー!!」
ダンッと音を響かせて三郎は天井裏に逃げた。
それと同時、綾部が顔を土で汚したまま六年い組の教室へ顔を出す。
「惜しいな喜八郎。鉢屋なら今さっき逃げた。」
「そうですか。」
優雅に座る仙蔵が指を上に向けるのを目で追い、綾部は躊躇いなく円匙を置いて天井裏へ飛び乗った。
仙蔵は置き去りにされた土まみれの円匙を楽しそうな表情で見ている。
「…委員会でも手放さないこれを置いていくとは、喜八郎も可愛くなったものだな。」
あとで文次郎に届けさせよう。と薄く笑い、仙蔵は机の上の本へ視線を戻した。
やがて聞こえてきた悲鳴は、後輩の思いが叶った証なのだろう。