捜索指導



「鉢屋先輩!!」
授業が終わり、雷蔵を図書室まで送っていき(そのまま居座ろうとしたところを中在家先輩に追い出され)、ぶらぶらと5年長屋まで帰ろうとした廊下で。鉢屋三郎は唐突に背後から呼ばれ振り向く。
見れば、萌黄の制服を着た三年生が一人、必死そうな顔で三郎を見上げていた。その赤い髪と少し釣り上がり気味の目には見覚えがある。
「三年の、富松、だったよな。良く私が鉢屋だと分かったな。」
「図書室に不破先輩がいらしたので、先ほど長屋へ帰られたとお聞きしました。」
「ああ、そうか。で、私に何か用か?」
「はい!!鉢屋先輩にお願いがあります!どうか、俺に迷子捜索を伝授してください!!」
「…………は?」
必死な富松の言葉に三郎が目を丸くする。
「私が教えなくても、富松は迷子捜索のプロだと聞いているぞ。」
それは忍術学園の生徒が知る公然の事実だったはずだ。
そのプロが、先輩とはいえ迷子探索に慣れているわけでもない一生徒に教わることなど何もないはずだ。
その言葉に富松は目尻を下げる。
「いえ…俺はあいつらの行動と習性を知っているから追えているに過ぎません。」
「犬か。」
「似たようなもんです。いっそ生物委員に捜索させたいくらいです。」
ひどい言われようだ。しかし、それでも自分が探そうと努力するあたり、人格の良さが分かるというものだ。
「鉢屋先輩は今までの誰よりも早く見つけるのだと三之助が言っていました。ぜひとも俺にその技を教えてください。」
「ああ…なるほど。あいつか情報源は。」
体育委員の活動に時折参加するようになってから、三郎は三之助の捜索に駆り出される機会が増えてきた。もとより人の気配を探るのが得意であったために、三郎が参加すれば捜索もあっさりと終わることが多い。
「しかしなぁ…。」
三郎のその技は、技というほどもなく生まれてから必要であったために自然に身に着いたものだ。もちろんこの学園でも気配を探る術を教えているが、それでも三郎の比ではない。
ちらりと富松を見下ろすと彼は必死な眼差しで三郎を見上げている。土下座もいとわなそうなその眼差しに、三郎はため息を吐くとかつて三之助にしたように頭をポンと撫でてやった。
「…わかった。今日は暇だから付き合ってやろう。」
「…!ありがとうございます!!」
「私は必要なものを準備しておくから、富松はおばちゃんのところに入って夜食を用意してもらってこい。」
「はい!」
嬉しそうに笑って走っていく富松を三郎は苦笑しつつ見送り、今日の夕飯はいらないと伝えに雷蔵の元へ戻った。


正門の前で待ち合わせた二人を事務員が笑顔で迎える。

「やあ不破くん、富松くん。お出かけ?」
「鉢屋ですよ小松田さん。裏山で鍛練しに。はい外出届です。」
「そっかぁ。頑張ってね!」
富松は出門表にサインしながらいつの間に外出表をもらったんだろうと考えていた。
そう言えばどんな鍛練をするのか聞いていない。学園一の天才と名高い三郎のことだから内容は決めてあるのだろうが、慣れない先輩とのこの状況に、いまさらながら緊張してきた。
(ど、どうしよう浅はかだったかも…。この人は天才だけど悪戯好きとも言われてるしひょっとして俺からかわれてるのかもでも俺からお願いしたくせにそんなこと疑うなんて失礼だでもこのひとは俺をたすけてもメリットも無いのになんで引きうけてくれたんだろうはっひょっとしてあとでなにか要求される!!?でも俺じゃそんな価値のあるもんなんて持ってないし…)
「とまつー。いつまで妄想してんだ。行くぞー。」
「うわあああ!はい!すんません!!」
「そう怯えるな。べつに取って食ったりしないよ。」
ははと笑う三郎は顔の持ち主の同級生と同じように爽やかだ。
その顔がふと変わる。
「なんなら、食満先輩の顔になってやろうか?」
「いい!?け、結構です!不破先輩の顔のままでお願いします!」
「そうか?」
楽しそうに笑う三郎に、富松は軽く後悔し始めていた。


「よし。この辺でいいか。」

「はあ。」
そして連れてこられたのは、森の中。
周囲には木と草以外何も無いような場所だ。確かにこのあたりは迷子組を捜索する時も通る場所だが、こんなところで何をするというのだろう?
「まずは手本を見せるのが良いだろうな。富松。」
「はい!」
「まずは私がこの布で目隠しをする。」
「はい!…はい?」
「そしたらこの糸で私を木に繋げ。」
「は、はい。」
顔いっぱいに疑問を浮かべながらも富松は言われた通りに行動する。
「さて。これで私は今見えず、動けば糸が切れることで分かる。そうだな?」
「はい。」
「よし。じゃあ富松。ちょっとこのあたりをうろうろしておいで。そうだな…東に小川があったな。そのあたりまでなら移動していい。好きに散歩してきな。」
「へ!?で、でも先輩を置いていったら…。」
「まあまあ。それで30分ほど経ったら戻ってきてくれ。ああ。気配を消して動くのを忘れるなよ。」
「は、はい!」


そう言って移動したのは良いものの、富松は途方に暮れていた。

とりあえず言われた通り小川までやってきたのはいいものの、うろうろしてろと言われた通り、川の傍をいったりきたりするだけで何をしたら良いのか分からない。
(やっぱりあの先輩の考えてることはわかんねえお手本てなんだよ俺が迷子役だってかうろうろしてろっていったって修行中だってのにうろうろできるわけねぇでもこれも修行の内なのか?でもそんないくとこねぇしだいたい侵入者がきたらどうするつもりなんだあの人ああだから縄じゃなくて糸でつなげっつったのかそれにしたって事情の説明ぐらいしてくれたったっていいのにやっぱり俺騙されてるんじゃないだろうないやいやでもあの先輩も快く引き受けたくらいだからそんなわざわざ俺をからかうためにやることなんていやしかしあの天下の鉢屋三郎先輩が…)
そしてようやく20分が過ぎた。
三郎の居る場所までは10分ほど必要だからそろそろ移動した方が良いだろう。
来た時と同じようにまっすぐ戻ると、三郎は富松が最後に見たときのまま少しも動いていないようだった。
「やあ。お帰り。」
「…はい。ただいま、戻りました。」
富松は、三郎に言われた通り気配を消して移動していた。いま、この目の前に居るときも、気配は消したままだ。
(やっぱ五年ってすげえ…)
三郎は簡単に糸を切って立ち上がると、目隠しを外した。
「きっちり30分。富松らしいな。」
「はあ。」
「でも、いくら私が川までなら行ってもいいって言ったって、素直にそこでだけうろうろするってのはどうなんだ?」
「はい。…え?」
その言葉に目を見開き富松は三郎を見上げる。
三郎はいつものようにニヤニヤ笑って富松を見下ろす。
今聞いた言葉と、その表情に富松の背筋に悪寒が走った。
(だ…って、この人はここから動いていないはずで。此処から川までは結構離れていて。そこから音を聞いたり、気配を探るのは、無理、だろ?)
普通なら。
「私の迷子探索の強みはそこにあるんだよ富松。」
「!」
思考を読んだ訳でもあるまいに、三郎は富松に笑いかける。
「私はあのあたりまでなら、ここからでも気配を探れる。それに。」
「ひゃっ」
唐突に三郎の両手が目を覆った。
「さあ富松。なにが聞こえる?」
「え…?」
ざわりざわりと
「木の、葉の音」
かさかさと
「草の、音」
ごおごおと
「風の、音」
「そうだな。」
そう言って手を外すと三郎は今度は自分の目を閉じた。
「私にも、動物たちの足音、虫が土を掘る音、それに、富松の心の音も聞こえるよ。じゃあ…。」
ガサリ。と三郎は一歩足を踏み出した。
「この音は?」
「鉢屋先輩が、草を踏んだ音です。」
「じゃあこの音は?」
そう言って唐突に棒手裏剣を取り出し、近くの木へ投げつけた。
ヒュッと鋭い音がして木に刺さる。
「…物を投げた音です。」
「そう。…わかったか?」
たしかに、三郎がそんなに鋭い理由は分かった気がする。しかし
「鉢屋先輩は、本当にこれらの音を聞き分けているんですか…?」
「そうだよ。と、いうよりね。私は森の中で育ってね。森でする以外の音に敏感なんだ。」
「それにしたって…。」
人間の聴力を超えている。
「まあ、理由はいいじゃないか。こうして出来るんだから。さて富松。」
「はい。」
「俺たちは足音を消す訓練をしているが、人が出す音がそれだけでは消せない。衣擦れの音、呼吸の音、体の軋む音。あげたらキリがないが、私はそれらを聞き分けることができる。」
だから、たとえ気配を消そうが居場所を辿れる。
理屈は分かる。分かるがしかし…。
「俺、自信ないんすけど…。」
がっくりと肩を落として富松が項垂れる。
この学園に入られる間修行したとしても、到底このレベルまで到達できる気がしない。
三郎の手が慰めるように肩を叩く。
のろのろと顔を上げると苦笑しながら三郎が富松の顔を覗き込んでいた。
「まあ私が言いたいのはだ、視覚の情報だけにとらわれるなということだ。五感を磨け。そうすれば今までよりもっと迷子捜索も楽になるだろ。」
「鉢屋せんぱい…。」
感激した。
(どうしよう。この人超良い人だ。すみません鉢屋先輩。俺貴方のこと誤解してました。)
優しい言葉と仕草に心から感動していると。姿勢を正した三郎が二コリと笑った。
「さて。というわけで始めようか。」
「え。」
「富松。鬼ごっこだ。私が鬼になるから。お前はひたすら逃げろ。」
「は。あの…。」
「十数えたら出るからな。ほらいーち。にー。」
「う、うわああああ!!」


そして富松作兵衛は、鉢屋三郎との訓練(という名の鬼ごっこ)でどこまでも追いかけられ死にそうな目に会う。
しかしそれからというもの迷子組の捜索も少しはかどるようになったとかならなかったとか…。


あとがき
作/兵/衛/で/恋/は/戦/争/を聞きながら(笑)
なんか自分で三ろブーム。いや前から好きですけど。こいつら三郎と絡ませると楽しいなー。


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