そうさ僕らは
ある城主が触れを出した。
「子供を捕らえよ。十以下であれば尚良し。」
目的は知らない。理由も知らない。
ただ大切なのは、忍術学園の1年は組全員がその城主に捕まったということだ。
「全員?」
「全員。」
森をかける五つの藍色の影。
よけいな物音はたてず、その影の存在を知るのはそこにいる生き物たちだけであろう。それらが声を立てることはない。
だが本人たちはそのことに気負った様子もなく、同時に音のない声、矢羽音を発していた。
先導する少年から主にそれが放たれる。
「あのチームワークのあるは組だ。一人捕まえればあとは芋蔓式だったろうよ。」
「しかし十一人も…。いったいそこの城主はなにをするつもりなんだ?」
「知らん。だが、なにをされるかわからん以上あの子たちを解放する以外になにがある?」
その言葉に後ろの四人が顔を見合わせる。
どうやら、この少年はだいぶ怒っているようだ。
「しかし三郎よ。」
「なんだ。」
「作戦は?」
その言葉に、ようやく緊張感をはらんだ気配がゆるんだ。
振り返り、その目元が笑みに変わる。
「もう出来てる。」
薄暗い石牢は湿っていて、とても居心地がいいとは言えない。
こういう環境がさらに囚人に効果があるのだろうな。と庄左ヱ門はその囚人の身でありながら冷静に考えていた。
「庄ちゃん。なにしてんだ?」
「うん?ここから出る方法をね。」
庄左ヱ門の言葉に、顔をのぞき込んだ団蔵がきょとんと首を傾げた。
その仕草に目を細め、庄左ヱ門は周囲を見渡す。
いつもは静かなのだろう牢屋は、今は明るい声があふれている。
それもそのはず。一年は組がこの程度の逆境で揺らぐはずがないのだ。
絶対逃げられる。訳の分からない根拠が彼らにはあった。
「だからって宴会みたいな騒ぎすることないと思うんだけど…。」
なにせきり丸は懐の小銭を数えるのに余念がないし、しんべヱと喜三太はいま食べたい食べ物とナメクジの名前でしりとりを始めてるし、兵太夫と三治朗は新しいからくりについて無邪気にえげつない計画をたてているし、金吾と虎若は二人で筋トレを始めてる。それから乱太郎は伊助と裏山の薬草なんかの話で盛り上がっていて、もうなにがなにやらの大騒ぎだ。ただでさえ音が響きやすい地下牢だというのに。
庄左ヱ門は呆れを含んだ笑みでため息を吐く。しかし、これほど心強い仲間もいない。
もちろん、隣できょとんとしている団蔵含めて。
その顔が突然ぱっと明るく変わる。
「庄ちゃん、もう脱出の計画思いついたのか!?」
「ううん。全然。」
きっぱりとさわやかな笑顔での否定に団蔵がずっこけた。
「そ、その割には余裕だね庄ちゃん…。」
「そう?」
庄左ヱ門は笑みでもって団蔵に答えながら、牢の外の番人をちらりと見やる。
「…そうでもないよ。」
「なんだ。庄左ヱ門の言葉らしくない。」
「!!」
突然頭から降ってきた声に団蔵と二人目を剥く。
一瞬前まではなにもなかった空間に、藍色の忍服。
さらに上を見上げれば、柔和な笑顔の先輩、ではなく。それを模した悪戯っぽい笑顔。
「鉢屋先輩!!」
「え!?鉢屋先輩!?」
「あー!鉢屋先輩だぁ!!」
「やぁやぁ一年は組の諸君。元気そうでなによりだ。」
「ほんとに元気だな…。おまえ等それでも囚人か?」
「竹谷先輩!!」
「よう!虎若!三治朗も。無事でなによりだ!」
明るい笑顔の竹谷が降り立ったその向こうでは、先ほどまでまじめに職務をこなしていた番人が伸びている。
これだけこの牢だけ騒がしければずいぶん居所も分かりやすかっただろうな、と喜びに沸く牢内で庄左ヱ門は冷静に考えていた。
きゃあきゃあ騒ぐは組たちを三郎が手で制すると、その言葉を待つようにじっとみんなが口を閉じる。
「さて諸君。今からここを脱出するわけだが、まず私かハチの指示には必ず従うこと。みんなから離れないこと。騒ぐなよ。今雷蔵たちが表で騒ぎを起こしてくれているから。」
「「「はい!!」」」
「よし。」
元気よくいい返事をするは組に頷いて、三郎は扉の前に屈んだ。
カチカチガチリ
「ほら。みんな出ろ。急げよ。」
またいい返事をしながら指示に従うは組の子供たち見つつ、竹谷は三郎の素早い錠開けにため息を吐く。
今回は役だったものの、いつもあの技術に泣かされている身としては複雑な心境だ。
「ハチ。ぼーっとしてんな。行くぞ。」
「はいよ。雷蔵たちはいまどの辺だ?」
「三の郭の横。」
「遠いな。間に合うか?」
「当たり前。」
庄左ヱ門は三郎たちの会話に首を傾げ見上げるものの、今はそれ以上口を挟むことなく指示を待った。
「よし。行くぞ。」
覆面を引き上げながらの三郎の言葉に、みんな静かに頷く。そろりそろりと三郎の後をついていくは組の中で、庄左ヱ門は殿を、団蔵は先導を担当する。
自然と決まるその役割に疑問を持つことなく受け入れているは組に、竹谷は片眉を上げた。
しかし今はなにも言わず、竹谷も己の役割に集中する。
「今だ。」
静かに告げる三郎の言葉。それとともに走り出し後に全員で続く。
外は明るく、誰もいない。雷蔵たちの陽動が上手くいっているようだ。
三郎は物陰で子供たちに待つよう伝えると、竹谷と二人漆喰の壁に駆け寄る。
竹谷は素早く壁に背を向け両手を体の前に組み、三郎がそれを踏んだ拍子に思い切り腕を振り上げる。
同時に飛び上がった三郎は、あっというま身の丈の倍はある塀の上へと降り立った。
「おおーーー…。」
「感心してるばやいか。ほら。まずしんべヱからだ。」
手招きする竹谷に従ってしんべヱがどたどたと走り寄る。
三郎が縄をおろし、竹谷がしんべヱの体にそれを縛りつける。
すると、するするとしんべヱの体が持ち上がり、あっという間に壁の向こうへ消えてしまった。
「おおーーー…。」
「だから!!ああほら早く来い!!」
「一番加藤団蔵いっきまーす!」
それに、竹谷は一瞬目を細めた。だがすぐに手招きすると
しんべヱと違い体に縄をつけず、手に持たせた。
「壁登りは出来るな?」
「はい!!」
周囲を警戒する竹谷に団蔵が頷き、縄を頼りに壁に足をかける。同時に、縄が上から引かれた。
縄を引く三郎の補助を受けながら素早く壁を登り終えた団蔵は、その向こうに縄梯子が用意していあるのに目を剥いた。
「あとが詰まるから早く降りろ。」
「は、はい!!」
もう縄を下ろして次の喜三太を手伝っている三郎にまた驚きながら縄梯子を伝う。
それから次々に壁を越えて、最後に庄左ヱ門が降り立ち一年は組が全員揃った。
三郎はふぅ、とため息を吐いて竹谷が上ってくるの待つ。
「おっせぇぞ。」
「悪い。」
縄を回収して、梯子を使わず一息で飛び降りる。
下で緊張をはらんだ顔で三郎たちを待っていたは組の生徒たちに、三郎がようやくにこりと微笑む。
「よし。よく頑張ったな。あとは学園に帰るだけだ。」
「「「はい!!」」」
元気よく返事をした拍子、ドォーーン!!と派手な爆発音が城の西から響いた。
途端に竹谷の顔に緊張が走る。
しかし三郎は「派手にやってるなぁ」と暢気なものだ。
「…大丈夫か?」
「平気だ。」
断言する三郎に、庄左ヱ門はまた首を傾げた。
しかし今度も口を挟まず、ただ竹谷を見上げる。
竹谷は、なにか疑問を持つことも無く頷いていた。
「そうか。でもどうする?集合場所変えるのか?」
「そうだな…。あの山間の洞窟にしよう。これだけの人数でも隠れられるからな。」
「…そうだな。」
「ならもう行くぞ。前で騒ぎが起きたら後ろを確認しろってのは兵法の初歩だからな。ここもいつまでも安全とは言えん。ハチ。先導たのむ。」
「はいよ。おし!じゃあ付いて来い!!」
今度は竹谷が前に立ち林の中を進む。
再びは組の殿に回った庄左ヱ門は、親しい先輩の三郎にそっと近づき、先ほどから疑問に思っていた事柄を聞いた。
「鉢屋先輩、不破先輩とはそんなに綿密な打ち合わせを?」
「いいや?雷蔵には派手に暴れてくれと伝えただけさ。」
「…しかし、正確に不破先輩の居場所がわかるようでしたが…。」
「そりゃそうだ。」
「…なぜです?」
「私は雷蔵でもあるからさ。」
「………?」
庄左ヱ門の優秀な頭脳は、先輩の言葉を理解しようと回転するが、それは空振りに終わる。
三郎はそれ以上説明することは無いというように己の役割に集中していて、これ以上気を散らせるのは申し訳ない気がした。
そこから一刻ほど、走り続けながら庄左ヱ門は考えるが、結局その言葉を理解することはなかった。
「あ!!来た!」
「遅いぞ。」
「みんな!無事だったんだね!!」
到着した先、雷蔵と兵助と勘右衛門が揃って後輩と仲間たちを出迎えた。は組の面々もそれぞれの先輩の元へ駆け寄り歓声を上げている。
「雷蔵!!」
「おかえり三郎。」
その中でも三郎は真っ先に雷蔵の元へ飛びつき、勢いのあるその体をこともなげに受け止めた雷蔵もまた笑顔でその背を撫でる。
庄左ヱ門はそんな二人を見ながら、消化出来ない疑問にため息を吐いた。
「庄左ヱ門。」
「…竹谷先輩。」
竹谷はくっついて離れない双忍を苦笑して見つめながら庄左ヱ門の隣に立った。
「なんかさっき三郎に質問してただろ。どうした?」
質問の内容などわかっているのだろう。竹谷はにやにやと、それこそ三郎の作りそうな笑顔で庄左ヱ門を見下ろしている。
多少おもしろくない気がするが、この胸のもやもやがとれればと、庄左ヱ門は素直にその誘いに乗った。
「鉢屋先輩は、どうして不破先輩の居場所をあんなに正確にご存じだったんでしょうか?それどころか、集合場所を変えたのも、どうやって連絡をとったのですか?ずっと見ていましたが、なにか連絡をしていた様子はありませんでした。」
「なるほどなるほど。三郎の後輩なだけあるなぁ。」
それは誉められているのだろうか、と少し疑問に思ったことは内緒にしておく。
「あいつ、訳わからんこと言ってただろ。私も雷蔵だからだとかなんとか。」
「…………はい。」
「あれなぁ。そのままなんだよ。」
「…は?」
やはり意味の分からない言葉に、庄左ヱ門が眉を寄せる。
竹谷はその視線に苦笑いを浮かべながらも説明した。
「いやな。俺も昔疑問に思って聞いたら、どうもそういうことらしい。」
「…すみません。意味がよく。」
「つまりだ。三郎は雷蔵の思考をある程度把握できるんだよ。思考どころか身体能力まで知り尽くしてるから、雷蔵がどれくらいの早さで、どういう風に動いて、どう考えるか三郎はわかるらしい。だからだいたいの居場所もわかるし、雷蔵たちが集合場所を変更するのもわかった。」
「でも、じゃあ…。」
「三郎が雷蔵と離れて行動してるのが不思議じゃなかったか?普段あんだけくっついてんのに。」
「それは…。」
言いよどむ庄左ヱ門の頭を大きな手が少し乱暴に撫でる。やはりその目は双忍に向けられ、視線は親のような愛情が混じっていた。
「あいつらが一緒に行動しないのはそういうことだ。組めば最強だが、離れてても一緒に行動してるようなもんなんだろうな。」
息が合う、という域を越えている。
庄左ヱ門が呆れを帯びた視線で敬愛する先輩を見つめると、それに気づいた竹谷が笑い声を上げた。
「庄左ヱ門。俺も質問があるんだがいいか。」
「あ。はい。なんでしょう?」
「おまえ等、庄左ヱ門と団蔵だが、いつも団蔵が先導で庄左ヱ門が殿だったな。なぜだ?」
「それは…。」
静かに驚く、今まで先生以外は気づいていなかったのに。
しかし隠すことでもないので正直に答えた。
「一年は組のリーダーは僕ですが、みんなで行動するときなにかの理由では組が分断されてしまうかもしれません。」
それは、実践経験の多いは組だからこそ思いついた懸念。
「そのとき、もう片方に僕以外では組をまとめる奴が必要だったんです。」
「それが、団蔵か。」
「はい。」
「なぜ、団蔵だ?」
その言葉にきょとんと庄左ヱ門が目を見開く。
「それは…団蔵が一番僕の考えていることがわかるから……………。」
とぎれた言葉に竹谷がにやにや笑う。
見下ろした先の庄左ヱ門の顔が赤い。
「おまえ等素質あるよ。でも。」
すっと今だにくっついている二人を指さす。
「あんな風にはなるなよ。」
周りの腹が膨れちまう。
「気をつけます……。」
つまり気をつけないとああなる可能性があるわけで。
庄左ヱ門が兵助と笑っている団蔵を見つめながら、まぁそれはそれでいいかなとか考えているのは先輩たちにはばれていない。たぶん。
あとがき
一万打フリリク「 掴まった一年は組を救出する五年。息の合った雷鉢と庄団のお話」でした!
遅くなって申し訳ありません!!そしてどうでしょう?リクに叶ってますかね…?
庄団が庄→団っぽいし雷蔵あんまし出てこないし竹谷がちょう出張ってるし(笑)
でも書いてて楽しかったです!リクエストありがとうございました!!
タイトルはあれのあと「つながっているんだ〜」と続きます。おれんじな人らの曲より^^