それが真実
本当にもう。
「雷蔵、どこに行くんだ?」
本にしおりを挟んで、立ちあがっただけだ。
それだけで三郎は顔を上げ、寂しそうな顔で僕を見上げる。
ああ。本当に。
「喉が渇いたからね。お茶を貰いに行くんだよ。」
ただ、それだけの話だというのに。
「私も行く。」
「そうかい?」
「うん。行く。」
三郎も立ちあがり、とてとてと軽い足取りで僕の隣に立つ。
体が触れるほど近くはない。でも、離れているともいえないほどに近い。
それが、いつの間にか定まった僕らの距離。
周囲の人間が違和感を覚えることも無くなった。
いつから三郎は、こうして僕の傍を離れなくなっただろう。
会った当初からだった、かもしれない。少なくともそれくらい昔からなのは確実だ。記憶力はいい方である。そんな僕が思い出せないほどとなるとそれこそ何年も前の話になる。
どこに行っても付いてくる三郎に、辟易していたときも実はある。
長屋で同室だとは言えプライベートがほとんどないのだ。年頃の少年が一人の時間が欲しいと思うのは当然のことだろう。
でも………。
ちらり、と僕は隣の三郎を横目に見やる。
今三郎はひどくご機嫌な様子で雷蔵の隣を静かに歩いている。口元に刻まれた笑みが、その機嫌の良さを窺えた。
その表情に、雷蔵は内心でため息を吐いた。
この、笑顔が雷蔵は好きなのだ。そして、三郎の泣いている顔は見たくない。
三郎は泣くとき、それはそれは悲壮な顔をするのだ。
『もう、いい加減についてくるのやめろよ。』
昔、雷蔵が三郎にそう言った時のことを思い出す。
その時三郎は、顔を青ざめさせ、目を見開き、口はわななき、しかしそれでも震える唇は嗚咽を漏らさずにただ、綺麗な目から静かに涙を流した。
ボロボロボロボロと大粒の涙が流れていると言うのに、三郎はまっすぐに雷蔵を見ていた。
『ごめ………。』
謝罪の言葉も最後まで音にならず、殺された嗚咽ごと飲み込まれて。
雷蔵は驚いて何も言えないまま、初めて見る三郎の泣き顔を呆然と見つめていた。
涙も、顔もとても綺麗だった。自分の顔だということも忘れてしまいそうなほど。でも、それでも雷蔵は、ただその表情に胸が軋んだ。
慌てて三郎を抱きしめ、泣きやむまで『ごめんね』と謝り続けたのだった。
あの時の気持ちを思えば、ご機嫌な三郎の様子は大変結構なことだ。
「雷蔵?」
「んー?」
「また何か考え事か?」
気がつけば、三郎が僕の前に回りこんで顔を覗きこんでいる。
上目づかいのその姿勢はわざとではないのかと思うほど可愛らしい。このまま押し倒したい。
そんな本音を隠して「何も?」と僕は笑う。
僕が笑えば、三郎も笑った。
泣いた顔も嫌いじゃない。けれど、笑っていてくれる方がいい。
この気持ちが恋だとは随分前に理解している。
ああもう、本当に。
「かわいいんだから。」
「へっ!?」
「なんでもない。」
何もかも無自覚なこの可愛い生き物に逆おうなんて言う方が無理なんだ。
僕はそう自答してまたため息を吐く。
また少し、僕と三郎の距離を縮めて。僕は一生勝てない存在へ笑った。
途端に紅くなる顔に、少しは脈があるのだろうけれど。
あとがき
突発ss(s?)短いうえに意味分かりませんね。すみません。
雷蔵は三郎がくっついてて、それに違和感がなくてうっとおしくも感じない自分にちょっと呆れ。でもかわいいからまぁいっか!!みたいな。
そんな感じのことを言いたかった。