空を見上げた日




「だからさ、あそこはやっぱり迂回するべきだと思う。」
「ばっか兵助。そんなことしてみろ、あっちに先越されてお終いだぜ。」
「うーん…。でも確実性ならやっぱり兵助の案だよね…。」
「まぁねぇ。竹谷みたいに速度重視の方法も考えないことも無いんだけどさ。」
「私たちの誰か一人が辿りつけば良いわけだから、やっぱり多少安全を犠牲にしても速さを取った方が良いんじゃないか?」
「あぁうん…。それもそうだね…。うーん…。」
「雷蔵悩むな。お前らはそう言うが、もし安全性を落として再起不能になったらどうする?遅れて辿りつくことも出来なくなるぞ。」
「骨は拾ってやる!!」
「ふざけろ。それなら俺は真っ先にお前ら犠牲にするからな。」
「兵助くんこわーい。」
「黙れ三郎。」
「黙んないけどさ。そんなに自分の身の心配ばっかして勝てる相手か?」
「……………。」
先輩たちが、中庭に円座を組んで何やら真剣な顔で話し合っている。わざわざ部屋でなく外で話すのは盗み聞きを警戒してだろうが、こうして今自分に聞かれているのはいいのだろうか、と三郎次は多少呆れた視線を青色の集団に向けた。
「なんだあれ?」
「しらね。なんかの作戦中じゃないか?」
一緒に歩いていた左近に適当に答えて、三郎次は視線を五年生たちから外す。
委員会の先輩がいるからと言って、一年生ではあるまいし作戦中に声をかけるのは躊躇われる。
だがそのままその場を立ち去ろうと足を踏み出したところで、「池田!」と聞きなれた声に呼びとめられてしまった。
振り向くといつの間にか他の五年生は解散してしまったようで姿はない。
兵助だけがこの場で「よう。」と挨拶してきた。三郎次もそれに微妙な顔をしながら「こんにちは」と返したのだが、兵助は三郎次の表情など気にした様子もなくにこにこと三郎次を見下ろしている。
「どうしたこんなとこで?もう授業が始まるだろう?」
「先輩こそ、行かれなくて良いんですか?」
「次は実習なんだ。ここからなら近いから。」
それならばさっきのはその作戦会議か。
それなら下級生の三郎次たちに聞かれたとしても問題無いのだろう。
「…先輩。」
「ん?」
「作戦、頑張ってくださいね。あまり無理はせずに。」
三郎次の言葉に、兵助が大きな目をキョトンとさせる。
不穏な雰囲気の、作戦だった。安全とか犠牲とか。そんな言葉がサラリと出てくる生き方をしている兵助が、無事であれば良いと。ただそう思って出た言葉だったのだが。
兵助のその顔に自分の言葉がいかにらしくないか知って三郎次は顔が熱くなるのを感じて背を向ける。
「そ、それでは失礼しますっ!」
「あ、池田!」
走り出そうとする三郎次の肩を兵助が慌てて掴む。動きを止められ、三郎次は動けないまま「…なんですか?」という言葉だけ絞り出す。
「ありがとな。」
「……………。」
「俺、勝つよ。絶対。負けない。」
「…俺は無理しないでください。って言ったんですが。」
「うんだから。」


「余裕で勝つ。」


きっぱりと、自信と力が溢れた言葉。
三郎次が振り向いたときはもう手は離され、去っていく先輩の背しか見えなかったけれど。



―・−・−・―



ザザザザザ、と木の葉の擦れる音が響く。
竹谷は上空を見上げ、その中でただ立っていた。
じっと、木々の隙間から見える青を見つめる。その目が、ふと下界に下ろされた。
下ろした茂みの先、同色の制服がひょこりと現れ、目を丸めた。
「……え。竹谷先輩?」
「富松か。どした?こんな時間にこんなところで…って。愚問だったな。」
苦笑する竹谷に項垂れる富松は「はぁ…」とため息ともつかない返事を返す。
「…先輩、あいつら見ませんでした?」
「俺は見てねぇなぁ。」
「そうっすか…。」
項垂れつつ竹谷の前を横切ってまた茂みに入ろうとする富松の襟首を、竹谷の手がぐわしと掴んだ。
ぐえっと呻きながらよろめく富松を、竹谷が笑顔で見下ろす。
「あの。」
「まぁ待て。当ては無いんだろ?」
「はぁ、まぁ。」
「なら少し待ってろ。この辺は今五年が実習で散ってるんだ。下手に動くと危ないからな。」
「危ないって…。」
「罠とか。」
「大人しくしてます!!」
びしりと固まった富松に、よし、と頷くと、竹谷はまた上空を見上げた。
富松も一緒に上を見上げるが、そこには森の緑と空の青と雲の白しかない。木の葉の擦れる音が時折する以外は、とても静かな空間だ。
この時間を憩っている訳ではないのだろうが、竹谷は口元に笑みを浮かべて動かない。
「…来た。」
「え?」
不意に聞こえた呟きは短く消え、富松は意味を理解する前に竹谷を見上げた。
笑みを浮かべていた唇は上を見上げながら、銀色の小さな笛を咥えている。じっと見上げるその先を富松が追うと、遥か上空に黒い点が一つ、くるくると回っていた。
フィーーー、と高い澄んだ音が、森に響く。
断続的に出されるその音が音楽のようで、富松はその音源が隣の男らしい先輩からしていることに驚いた。
「うし。行くぞ。」
「へっ!?」
「合図出したからな。これから集合するんだ。途中まで送ってやる。」
「で、でも俺は迷子をっ!!」
「あいつらなら、兵助と三郎が回収したってよ。今は同じように移動してるはずだぜ。」
「へっ!?」
二度目の素っ頓狂な声を上げながら、富松は竹谷の顔をまじまじと見つめる。
「いつ……ですか?」
「お前が来るちょい前。鳥が知らせに来た。」
鳥、生き物。そう言えばこの先輩は孫平の先輩で、生物委員なのだ。
それにしたって、広いこの森で。どれだけのことを把握しているというのか。
「…五十の獣の目。」
「え。」
「三百の鳥の目。千の虫の目。」
「竹谷先輩?」
「これだけ使えば、この森で俺の目に届かないものはあるまいよ。」
そして不敵に笑う竹谷に、富松の背筋が震える。
ざわざわと、騒ぐ森を背後に笑う先輩が、なんだかとても。
竹谷がニッといつものように笑みを変える。
途端に変わった空気に富松は瞬きを繰り返した。だがそんなことをしている間に竹谷の姿が富松の視界から消えた。
「?竹谷せんぱぁああああああ!?」
「おら!急ぐぞ富松!!お前を届けないとあいつらまた迷子になるだろうよ!!」
「だからって抱えなくても自分で走れます!!」
「この方が早い!!喋ると舌噛むぞ!!」
荷物のように抱えられまだ文句はあるけれども、富松は舌を噛むのは御免だと口をしっかり閉じることにする。
その勢いは今感じたことを束の間忘れるには十分な程ではあった。



―・−・−・−



時間は少し戻る。
「で?左門がどうしてここに居るんだ?」
「わからん!!」
「…ま。そうだよな。」
明確な答えを期待してはいない。
三郎は遠くで目の前の後輩を捜索中であろう、別の後輩に想いを馳せて遠い目をした。
「あいつも苦労人だよなぁ…。」
「ん?誰のことでしょう?」
「いや別に。」
いつもならこの大好きな後輩に癒され和むところであるが、今は実習中である。
下手に解放すれば危険であることは確実だが、さてどうしたものかと三郎はじっと左門を見つめた。
「…三年も授業中か?」
「うん。三之助と作兵衛と組んでいたのですが。二人ともいつの間にか消えてしまった。」
「そうか……。」
ガリガリと後ろ頭を掻きながら三郎はため息を吐く。左門はその三郎を訝し気に見ながらも動けずにいた。
「…鉢屋先輩。」
「ん?」
「放していただければ自分で帰りますが。」
「そぉいう訳にはいかないんだよなぁ…。」
苦笑する三郎の腕を左門がじっと見下ろす。しっかりと腕を掴まれ、左門の力では剥がせそうに無い。
「…と、言うと?」
「今五年も実習中でな。この辺りに下級生ほっぽり出したら目覚めが悪い。」
「危険ということですか?」
「そういうこと。」
左門の大きな目がきょろりと三郎を見上げるが、三郎は苦笑するばかりでやはり左門を放す様子は無い。
その時、ふと三郎が上空を見上げた。
「…思ったより早く終わりそうだな。」
「え?」
「行くぞ左門。」
「うお!!」
左門を軽々と抱え上げ、三郎は自身が危険と言った森の中へ走りだして行く。
逆さに流れていく周りの景色に目を回さないようにしながら左門は不自然な体の揺れにふと下を見下ろした。
そして、自分を抱えていく三郎の真意を理解する。
「鉢屋先輩…。いくつ罠を仕掛けたんです?」
「うん?たくさん。」
見る限り、じっと見ないと分からないが、足の踏み場が無いとはこのことだろう。
その小さな隙間を縫って、三郎の足は飛ぶように駆ける。
一寸もずれないその技量に感心していると、ふと体の振動が止まる。
「…悪いな左門。雑兵だ。」
「誰が雑兵だ。この狐。」
唐突に聞こえた知らない声。三郎の正面、左門の背後から聞こえたその声に笑い声か答えた。
「見て分かると思うが、三年の迷子を保護中なんだ。見逃せ。」
「そうは行くか。お前が隊長なのは調べがついてる。…大方、その後輩だってお前が保身に連れ込んだんじゃないのか?」
「なっ!!」
その言葉に左門がいきり立ちそいつに飛びかかろうと身を捩るが、三郎の腕は決して左門を離さない。
「…っ鉢屋先輩!!」
「ん?」
「放してください!!」
「駄目だって。また迷子になったらどうする。富松に怒られるのは御免だぞ。」
はははと笑う三郎の考えが読めない。
それは相手の五年も同じのようで、苛立ちと不快感を隠しもせず武器を構えた。こちらは左門という足手まといを抱えているのに。躊躇いなど無く。
三郎はニヤつく笑みを変えることなく、ただ眉間に皺を寄せた。
「やめとけ。おまえじゃ私に勝てないよ。大人しく仲間呼んでこい。」
「…逃げ足の速いお前相手にそんな愚は犯さん。」
「あっそ。じゃ、来れば?」
そんな安い挑発に、相手は簡単に乗った。
ダンッと罠を考慮してだろう、足場を木々の上に移しそこから手裏剣を投擲してくる。だが三郎は苦無一本で一歩も動かずに全て叩き落とし、最後の一つは遊ぶようにカンカンと苦無で剣玉のように手裏剣を弄んでから相手に同等の勢いで弾き返した。それを間一髪で避けるのを見届けて、三郎は呆れたように肩をすくめた。
「こんな攻撃が効くとでも?来るなら拳の方がまだ勝機はあるぞ。」
「…………。」
だが相手は警戒して降りてこない。
当然だ。この場所にはいくつとも知れない罠がある。左門は動けないまま、成り行きをじっと見つめた。
本来なら左門を抱えたまま戦闘を始めた相手に憤り、罵声を浴びせても良いものなのだろうが、今は逆に少し憐れみを覚える。
実力差が、ありすぎる。
三郎の言葉は決して親切心からではないだろうが、しかし真実を話していない訳でもない。この男じゃ三郎には勝てない。
「…まだ引く気にならないか?」
「っふざけるな!」
「あーそー。ったくめんどくさいなぁ…。左門。」
「は、はい!」
「舌噛むなよ。」
ダンッと音がしたと思った同時、左門の体は高く上がっていた。
「…え?」
気がついたときには、左門の視界には遥か下方になった地面と、木の枝。
「なっ!!?」
人一人抱えたまま一息で飛び上がるなど、普通は出来ない。左門は出来る人を何人か知ってはいるが、それはこんな細い身体の人じゃない。
振り向いた先、驚愕に目を見開き体を震わせる相手の男を見た。
「コツがあるのさ。今度教えてやろうか?」
「…ああ。ぜひ頼みたいね。」
「あいよ。それじゃ。」


おやすみ。



その言葉と共に繰り出された蹴りは、きっと相手には見えなかっただろう。三郎と共に動いているはずの左門でさえ見ることはできなかったが、その衝撃で蹴った瞬間だけは分かった。
相手の体は上手く枝に引っかかって気絶している。
「…鉢屋先輩。」
「ん?」
「結構めちゃくちゃだな。」
左門の呆れたような声音に、三郎が楽しそうにはははと笑う。
「いつものことさ。」



―・−・−・−



この森は広い。
木漏れ日の当たる場所もあれば、鬱蒼としていて光の刺さない場所もある。
逆に、草原と言ってよいほど開けた場所も。
「…見つけた。」
「不破か。」
「君が隊長だよね。印を貰うよ。」
「…そう簡単にさせるつもりもない。」
スッと気負い無く二人は苦無をかまえる。
だが、片方はフリだけであった。
(不破か、鉢屋か…どちらが正解だ?)
じとりと背中に嫌な汗を掻く。本当に不破なら厳しいだろうが隙をつけば勝機はある。だが鉢屋なら、おそらく逃げた方が良い。勝ち目はない。
(どっち…。どっちだ…?)
「僕が不破か三郎か考えてるの?」
「…………。」
真実を突かれても動揺は見せない。隊長に選ばれただけの技量は持ち合わせているつもりだ。
だが、逃げ道は確実に潰されていく。
「僕が三郎だと思うなら逃げてみる?でも、どこに逃げるのかな?森は罠だらけ。気を使って進むんじゃすぐに僕に追いつかれる。まぁ罠は死にはしないものばかりだけどね。実は、一筋だけ安全な道があるんだけど、分かるかな?」
「!!」
その言葉にぐるりと辺りを見渡す。必死な男の様子に堪え切れず笑いを零すと、思い切り睨まれてしまった。
「ごめん。でも、君が印を渡してくれるのなら道を教えてあげるよ。」
にこりと笑う笑みは不破のものだ。だが言っている内容は、鉢屋のように鬼畜である。
まだ迷うことを止めない男を、ただひたすら待つことにして、体勢を楽なものに変えたその時。
水色の制服がガサリと茂みから顔を出す。
「!!」
迷っていた男は素早くその小さな生徒に駆け寄りその体を拘束した。
「おい。お前どこから来た!?」
「あーあ…。なんで一年がこんなところにいるのかなぁ…?」
「多分私が不運だからです…。」
「あ。乱太郎くん。そう落ち込まないで。それよりも怪我してない?何も無かった?」
「怪我は無いですが…なんだか草のわっかにひっかかったり、石つぶてが飛んできたり他にも色々散々でした〜〜。」
その言葉に男は舌打ちして拘束の腕を緩める。
「残念だったね。」
「うるせぇ!!元はと言えばお前らがあんなむちゃくちゃに罠を仕掛けるのがいけないんだろうが!!!誰の発案だ!!鉢屋か!?」
「ああ違う違う。もっと素敵なお友達だよ。」
その言葉に、男は乱太郎を解放し、乱太郎は一転して笑みを浮かべた男を見上げて、首を傾げる。

「………ってことはてめぇは鉢屋じゃねぇな?」
ぴくり、と不破の姿をした男の動きが止まる。
「あー…ばれたか。」
このまま戦闘しないで済むかもと思ったんだけどなぁ。
口調とは反対に、空気が冷えていく。
再び苦無を握りかまえた二人が向き合った。
「不破が鉢屋の真似をするとはな。珍しいこともあるもんだ。」
「そう?そうでもないよ。」
にこりと穏やかな笑みは空気にそぐわない。
しかし、その笑みをみた瞬間男が走りだす。
不破が相手であれば、有効的なのはフェイント。
どちらが来るか迷わせることが出来れば、隙が出来て仕舞いだ。
頭の中の構想通り、拳を振り上げ蹴りを打ち込み、下方からの攻撃に見せかけて上段の攻撃。時折振り通りの動きも取り交ぜて、だんだん相手の動きが鈍くなるのが分かる。
「俺の…勝ちだ!!」
拳を振り上げる。不破の顔が動揺に揺れるのを見て、笑みが浮かんだ。
「…なんちゃって。」
「あ?がっ!!」
急所に痛烈な一撃。
痛みに膝をつき呻きながら、男は目の前の不破の顔を見上げた。
自分の考えは間違っていなかったはず。途中までは確かに作戦も効いていたはず。なにがいけなかった?なにが!!
「お前は『俺』が鉢屋か雷蔵だと思ったでしょう?『この顔』をしているのは、あの二人だけだとでも思った?」
「…あ、な……。」
不破の顔に、その手がかかる。ビリ、ビリという音を絶望と共に聞きながらそれでも目を離せずにそれを見つめ、現れた顔に睨みつく。
「…尾浜!!」
「せいかーい。」
ニッと笑う顔が憎らしい。
「五年になれば、だれでも少しは化物の術が出来るもんだろう?しかもこれは三郎特製だし。…俺も、友人に化けることくらいはできるんだ。」
分からなかっただろう?と笑う顔は得意気だ。話しながら勘右衛門は男の懐を漁りだし、印を見つける。
「あぁあった。よかったー。これで今日は仕舞いだ。早く終わってよかったよ。」
本物であることを確認して、勘右衛門は自身の胸元から笛を取りだす。
フィーーーー、と音を鳴らすと、すぐに四方から同じ音が返って来た。
「ん。これでよし、と。ごめんね乱太郎くーん。おまたせ。」
乱太郎は目の前の急展開についていけず、ただぽかんと目と口を見開いている。
おーい。と再度声をかけると、はくっと口を閉じたあとキラキラした目で勘右衛門を見上げた。
「尾浜先輩って強かったんですね!!」
「いやぁそんなことないよ。あいつらん中じゃ大して強くは無いんじゃないかな。」
「でもかっこよかったです!!」
「そうかい?でもね。」
「え?」
「あいつらの方が、よっぽどかっこいいよ!!」
誇らし気に笑う勘右衛門に、乱太郎は一度瞬きをした後「も、ですよ!」と笑って頷いた。



―・−・−・−



「あ!!不破先輩!こんちは!!」
「やあきり丸。こんにちは。」
実習が思ったより早く終わったので、授業終了の鐘のあと、雷蔵は他のメンバーと分かれて委員会へ訪れていた。
実習で遅くなるかもしれないからと、当番を代わってくれた久作にも「ありがとう。」と声を掛ける。
「当番は参加できそうだから戻るよ。久作はどうする?」
「あ、いえ。でも実習帰りならお疲れでしょう?僕はこのまま当番を続けても…。」
「いやそれがさぁ、勘右衛門があっさり大将倒しちゃったもんだから、僕は全然動いていないんだよね。僕はハチの合図待って待機してただけ。」
「ああ!!その話乱太郎から聞きましたよ!なんだかすごいカッコ良かったって!!」
きり丸の言葉に、雷蔵が少し誇らしげに「そうかい?」と笑う。
「兵助と三郎と竹谷は迷子組保護したって言っていたし。三郎なんてそのまま相手の組の一人を倒してしまうし。ほんと、今回は僕だけなんだよね。何もしてないの。」
その言葉に、きり丸が首を捻って雷蔵を見上げた。
「…どういう実習だったんすか?」
「ああ。えーとね。まずいろはを混ぜて五人ずつで組を作る。その中から大将を一人選んで、印を持たせる。もちろん他の組には大将が誰かという情報は無い。そして二組ずつ、指定された区域で大将の印を取りあうんだ。組の中の誰かが相手の組の印を取れば勝ち。武器は使用可。時間無制限。」
「…で、すぐ終わっちゃったんですか?」
「そうなんだよー。」
少し信じがたい様子で久作が言うのに雷蔵も目尻を下げる。きり丸は意味が分からず久作の方を仰ぎ見ると、「つまりな。」と説明を始めた。
「まず五人の中で大将が誰か分からない。推理するか、もしくは総当たりしなきゃ印は奪えない。それに場所もある。お前の話じゃあの山の近くの森なんだろ?あんだけ広いとこから人探すだけでも骨だ。それこそ本当なら二十人くらいで捜索する広さに五人だぞ。普通なら行きあうのも難しいぜ。」
「うひ〜〜〜。ってそれじゃあ、なんで不破先輩たちは早く終わったんすか?つか終われたんすか?」
「…お聞きしても?」
「うーん…。まぁ君たちがこの実習するころには僕ら居ないし、まぁそう簡単に真似出来ることでもないし…。まぁ、いっか。でも他の上級生には内緒だよ?」

「はい!!」
「やった!」
喜ぶ下級生に雷蔵は微笑み、机の上から紙を一枚取り出した。
その上に大きく円を書き、それを縦と横に線を書き分断する。
「まず僕らの組は僕と兵助、勘右衛門、竹谷、それに大将に三郎。…一番強いからね。機転も利くし。で。僕らはまず索敵しながら罠を仕掛けまくった。」
「あ!それも乱太郎が言ってました!なんか死にはしないけど小さな罠がいっぱいあったって!」
「そう。出来るだけ単純で、でも見破られにくい。そんな罠をそこら中に、それこそ足の踏み場がないくらいね。それで次にここ。」
雷蔵が十字の中心、線の混じり合ったところに小さな丸を書く。
「ここでまずハチが待機。それから北西に僕。北東に三郎。南西に兵助。南東に勘右衛門がそれぞれの担当区域の中心で待機。」
それぞれに名前を書きながら雷蔵の口は淀みなく動く。その筆の先を、小さな頭が二つじっと見つめて雷蔵の言葉をしっかりと聞いていた。
「あとは待つ。」
「待つって…何をです?」
「合図だよ。竹谷は生物委員でこの森は彼の飼育した生き物で溢れている。それこそ千以上の目が竹谷のものだ。索敵に彼以上の適任はいない。だから、竹谷はこの森の中心で彼らの合図を待って、それを僕らに伝えてきた。」
「千…。」
「なんかそこまで行くとずるいっすね。」
雷蔵の淡々とした言葉は、しかし今の久作には考えられないもので思わず言葉を失い、しかしきり丸はあっさりと心情を吐露してしまった。反射的にその頭をすっぱ叩くと雷蔵もははは…と苦笑いを洩らす。
「まぁ使えるものは使わないと。それに、忍びに卑怯もくそもないんだよ。」
「…………。」
「…そういうもんっすか。」
「そういうもんさ。」
雷蔵はきり丸の叩かれた頭を優しく撫でながら、身も蓋もなく頷いた。
「まぁそれで、敵の大将だと思われる人が勘右衛門の担当区域に入って来てね。まずは一番近い勘右衛門が向かって。僕らも助っ人としてすぐに向かったんだけど…。」
「着いたときにはすでに終わっていたと。」
「そう…。」
はは…と零れる苦笑いは、それでも穏やかだ。その中に、なにか違うものを感じてきり丸はつい、と雷蔵の目を見つめる。
大きな、まっすぐな目に見られて雷蔵も瞬きする。
「…なんだいきり丸?」
「…不破先輩。嬉しいんすか?」
「…………どうして?」
「別に。嬉しそうだなーって。」
「なに言ってるんだきり丸?不破先輩の組はそれで勝ったんだから嬉しくて当たり前じゃないか。」
「ああいや。うんそれも嬉しいんだけどね。…やだなぁ、きり丸。君は良い忍になりそうだね。」
「はい?」
「……うん。本当は、こんなこと気にしちゃいけないと思うんだけどね。」
「不破先輩?」
「………怪我人が出なくて、よかったなぁって。思うんだよ。」
そう言って微笑む雷蔵の顔は二人には馴染みのある穏やかな、優しい表情のそれで。言われた内容にも首を傾げる。
仲間に怪我人が出て喜ぶ者はいない。
「うん。そうじゃなくてね。相手の組にも、僕らにも、大怪我をする人がいなくて良かった。三郎も勘右衛門も綺麗な戦い方をするやつらだから、それぞれ急所に一発くれて勝負はついたらしいし。それなら少し休めば治るだろう?」
言いながら照れたように目を伏せる雷蔵に、きり丸はやはり首を傾げた。
しかし雷蔵は苦笑しながらもそれに答えることは無く。
久作はしかし雷蔵の言いたいことが少し分かった。理解し、そして驚きを持ってその人を見つめた。
(…実戦の訓練で。しかも上級生、五年生の授業。怪我をしない方が珍しいんだろうな。それも、いつ死ぬか分からないような。そんな危険と隣合わせで。)
それでも、この尊敬する先輩は、相手のことまでも心配する。
(甘い、のかもしれない。でも心配するのは、優しいのはこの人の心が強いからだ。)
自分はどうだろう。と考える。
五年生まで、自分はそんな感情を持っていけるだろうか。そんな、人らしい感情を。
わからない。未来のことなんて。わからない。でも、だから。
「僕、不破先輩見たいな人になりたいです。」
「え!ええ!?ど、どうしたの久作!?」
「不破先輩。今日はお戻り下さい。先輩と交代させていただいたんですから、最後まで僕がキチンとやり通します。」
妙に強い迫力できっぱりと久作が言いきるのに雷蔵が目を白黒させて「そ、そう?」と頷く。
「久作がそう言うのなら…。」
「はい。」
「…うん。正直言うと、助かったかな?」
「?何か用事でもあるんすか?」
ひょい、と二人の間できり丸が雷蔵の方を向いて首を傾げる。今日はこの動作ばかりだ。
幼いその動きが可愛くて思わず頭を撫でながら、雷蔵は頷いた。
「…大事な戦いがあるんだよ。」



―・−・−・−



「戦い?」
「そう不破先輩は言ってたぜ。」
久作は同室の三郎次と並んで食堂に向かいながら今日の出来事を話していた。
「実習は勝ってて、しかも余裕の圧勝だったんだろ?まだなにかあるってのか?」
「いや詳しくは知らない。『負けたら格好悪いから言わない』って行っちゃったからさ。」
「なんだそりゃ。」
「お前は久々知先輩からなんか聞いてねぇの?」
「実習のことなら少しは…。ん?」
「どした?」
「……食堂が、なんか騒がしくないか?」
三郎次に言われて久作も意識をそちらに向けると、確かにいつもより騒がしい気がする。いやいつも騒がしいが、いつも以上に、だ。
この忍術学園で騒ぎのある処に首を突っ込むと碌なことにならないが。二人は目配らせをした後好奇心に勝てずそっと食堂を顔だけ出して覗きこんだ。
「はぁーーっはっはっはっはっ!!!六年打ち破ったりぃ!!!!」
「く、くぅ!!早い者勝ちというルールから六年以外は手にしたことが無いという特A定食がぁ!!!!」
「これが特A!!見ろ勘!この肉の大きさ!おかずの豪華さ!!」
「ほんとだ!!やっぱり食券リレー作戦は有効だったね雷蔵!!」
「そうだね!あそこの角でハチが七松先輩に突き飛ばされた時はどうなるかと思ったけど…。」
「三郎がその先に張った罠がどんぴしゃだったな!!」
「しかもハチは囮さ!!」
「「「なにぃ!!!」」」
「てめぇ三郎いつの間に!!」
「ははははは!!ここは忍術学園!化かそうが騙そうが罠張ろうが引っ掛かる方が悪いんですーー!」
品数輝く定食を手に高笑いする三郎と、屈辱に打ち震える六年がそこに居た。
「あ。池田。」
「久作!!当番ありがとうね!おかげで見てよ!五年で食べるのは僕たちが初めてなんだよ!!」
「そして五年に先を越された六年も初めてですね(笑)」
「うるっせーぞ鉢屋ァァ!!」
六年を挑発して遊んでいる三郎を尻目に、兵助と雷蔵がにこにこと手招きしている。
二人は顔を引きつらせながらも、こわごわと先輩の処へ近づいた。
「…何事ですか?」
「うん?月に一回出るこの特A定食の争奪戦。学年かかわらず早い者勝ちなんだけど、そういうのは六年が有利だろう、いままで誰も勝てなかったけど。」
「今回は作戦を立てて挑んだ結果、見事勝利したというわけだ。」
「……じゃあ、昼のあれは。」
「これの作戦会議。」
「大事な戦いって…。」
「このことだよ?」
三郎次と久作は思い切り脱力したいのを口元を歪めるだけで堪える。
しかし、本日尊敬の念を新たにした先輩たちは幸せそうに目の前の定食に箸を伸ばし舌づつみを打っているのだった。



あとがき
一万打フリリク「下級生から見たかっこいい五年」でした!!
それぞれのカッコよさをちょっと強調してみたんですけど、どうでしょう?
しかし長っ!!フリーの長さじゃないよこれ!!でも匿名の方からのリクでしたのでフリーです!よろしければお持ち帰りください!!

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