その心は
その時、私は気分良く廊下を歩いていた。
空は晴れていて空気も暖かくて。もうすぐ春がそこにやってきていると感じさせていた。
それなのに。今私の心は荒んでいる。
嫌なものを、見たせいだ。
「きゃああ!!」
と女子の叫び声が聞こえ、何事かと身を乗り出して地上を見下ろした。
そこには桃色の制服を着たくのたまが、なにやら腕を抑えて蹲っている。
「どうした!?」
「竹谷先輩…っ蛇がっ…!」
「蛇?」
私が見た時はもうその姿は無かった。生物委員の蛇は決して自分から襲おうとはしない。きっとこのくのたまがなにか逆鱗に触れてしまったのだろう。
上からそれを見下ろす私は冷静にそう判断したが、竹谷はさっと顔色を変えて「見せろ!」とその腕を引っ張った。
そして、その腕に。
それ以上見たく無くて私はその場から離れた。
通常、毒蛇に噛まれたらその周辺の肉を吹き飛ばすのが忍の、この学園の常識だ。
なのに、竹谷は迷わずその腕から血を吸い出そうとした。
きっと、女の腕に火傷跡が残るのを避けたのだろう。
あの馬鹿みたいに優しい男はきっとそうする。
治療のためだ。他意はない。
そう思いながら、私はぴたりと足を止め、自分の腕を見下ろした。
女子とは違う、固い腕。
筋肉の付きにくい体のために太くはないが、それ相応の柔らかさも無い。
機敏に動くために鍛えた体は、女のように柔らかくも美しくもない。
この体を、あの馬鹿は好きだという。
出そうになるため息をそっと飲み込み、私は再び足早にその場を離れた。
地上から私を見上げる双眸には全く気付かないまま。
どうにも気分が晴れないまま一日は過ぎ、布団を敷いて寝る支度をする時間になる。
雷蔵はきょうはお使いでいない。簡単な仕事だから、明日には戻ると言っていた。
隣の空白が、いつも以上に寂しく感じるのは気のせいだ。
おやすみを言う相手もいないままに、私は布団の中でそっと目を閉じた。
その時。
がらりと突然戸が開き、私は咄嗟に身を起して武器を構える。
条件反射とも言えるその一連の行動を、侵入者は黙って見下ろしていた。
「よ。」
「………なんの用だ。」
月に輝く銀髪にため息を吐いて武器を下ろす。
私と同じ寝巻姿の竹谷はずかずかと許可も無いまま部屋に入り私の居る布団へと手をかける。
「おい!」
「寝れねぇんだ。ちょっと付き合え。」
「だからって!!」
今日あんなものを見て今日はその気分じゃないのに。
竹谷は強引に布団を私の手からはぎ取り中へと侵入を果たしてしまった。
これから起こる予感にぎゅう、と瞼を閉じ、身を固める。
その私の体に腕が巻きつき。
そして。
その腕はそれ以上動かない。
「…………え?」
「あー…落ち着く。」
太い力強い腕が私の骨ばった細い体を抱きしめている。
それだけで、竹谷は幸せそうに私の頭に顔を埋めていた。
「おい…私は抱き枕か?」
「んー…そんなかんじ。三郎ちょうどいいぜー。」
大分眠いのだろうか、ぼんやりとした返事が返ってきて、じわりとその声に胸が熱くなるのがわかった。
「ちょっと骨ばってて、肉も無いけどな。」
「………そりゃそうだ。男だから、な。」
女の柔らかさなど皆無だ。
喜びも一瞬で、竹谷の続けられた言葉に思わず俯いてしまった。誤魔化そうにも、熱くなる目に顔が上げられない。
やはり、竹谷も……女の方が……。
「でもそういうこっちゃねぇんだよな。」
「え?」
「なんつーの。大事なもんが、腕の中にいる、安心感?」
すげー落ち着く。と幸せそうな、嬉しそうな声が耳に響く。
ぎゅう、とさらに抱きしめる腕と、早い鼓動が伝わる。
「………そーかよ。」
「おう。」
「ちゃんといるから、安心して寝とけ。」
「おう。お前もな。」
辛うじて出した言葉に返った言葉の意味は、今は真っ赤になった顔を竹谷の胸に埋めることしか考えられない私には到底分からなかった。
もちろん。竹谷が結局一睡も出来なかったことにも、腕の中で呑気に寝息を立てていた私には気付かなかったのだ。
「三郎はやっぱ寝顔かわいいな!」の朝一番の竹谷の笑顔に思わずぶん殴ったのは、ここだけの秘密にしておいてやる。
私の単純で、寛大な心に感謝しろよ。竹谷。
あとがき
竹鉢もりあげようぜ!!!
というわけで甘甘いちゃいちゃ。
やればできるじゃないか私(笑)