傍に在る理由

「浦風くんは富松くんと似てるよねぇ。」
「………は?」
目の前の上級生はにこにこと藤内を見上げている。
よく図書室を利用する藤内にとっては顔なじみの先輩である不破雷蔵は、勉強を教わりに自室へ来た藤内に何の脈絡もなくそう言った。
たしかに藤内の外見は富松のそれと似ているとよく言われる。それでも唐突過ぎる言葉に藤内はとっさに返事を返せず固まってしまった。
しかし、固まった思考が流れ出したとたん、藤内の脳裏に常に彼の傍にいる変装名人が浮かぶ。
「………不破先輩と鉢屋先輩ほどではないと思いますが。」
なにせ双忍と呼ばれる二人なのだ。この学園で相似している二人組といえばだれでもこの五年生二人を思い浮かべる。
雷蔵は藤内の言葉に小さく笑い首を振った。
「似ていないよ。僕と三郎はね。ちっとも似ていない。」
「でも…お二人は双忍と呼ばれて…。」
「うん。そうだね。」
穏やかに笑う雷蔵は、しかしどこか寂しそうだ。いつも朗らかな笑顔を浮かべている雷蔵らしくない。
藤内は雷蔵の目の前に座り、「なにかあったのですか?」と窺ってみた。
個性の強い先輩たちの中で、この穏やかな先輩はいつも後輩の手助けをしてくれているのだ。下級生一同、この先輩を嫌う人などいない。なにか悩みごとがあるなら助けたいと、藤内は自然に思っていた。
心配そうな藤内の表情に、雷蔵は苦笑し首を振る。
「違うんだ…。ごめんね。少し、君たちが羨ましくなってしまった。」
「羨ましい?」
「うん。浦風くんと富松くんは、別に似せようとして似ている訳ではないじゃないか。」
「はぁ。」
たしかに、富松も藤内も生まれ持った顔のままだ。仕草を真似したいと考えたことも無いし、似せようなどとは考えたことも無い。
「三郎はね。常に僕に似せようと努力してきた。意識して僕の仕草を真似して、僕の思考を辿って、僕になりきる振る舞いをしてきた。」
それは、二人が似ていないという何よりの証。
雷蔵の呟く声は小さく、聴き取りづらい。
しかし、藤内はその言葉に静かに問いを返した。
「不破先輩は、鉢屋先輩と似ていたいのですか?」
「………うん。」
「なぜ?」
「…………似ていれば、それだけで傍にいる理由にならないかい?」
そう笑う雷蔵の顔が泣きそうに見えて、藤内は胸の締め付けられるのを感じる。
「僕と三郎は、本来なら双忍と呼ばれることの無いほどに違う人間だよ。彼が、そう望んでくれなければ、僕は彼の傍に居ることもできない。」
「じゃあ、三郎が望んでくれなくなったら?僕の顔を捨てて、存在すら彼の中から無くなって、僕の世界から消えてしまったら?」
「きっと、僕はどうしようも出来なくて泣くのだろうね。」
「それならばいっそ、本当に同じ顔であればいいと思ったんだ。」
「そして真に双忍として生きるのならば、彼はきっと僕から離れないだろうに。」
そう小さく呟いた雷蔵は、遠くを見つめるように、愛し気に目を細めて空を見つめる。
藤内は、いつもと様子が違う雷蔵に戸惑いを隠せずにいた。
言葉を出せずにいる藤内に向かって雷蔵は顔を上げて苦笑した。
「ごめんね。後輩に愚痴ってしまって、僕は何をしてるんだろうね。気にしないで。もう、行っていいよ?」
そう笑顔で促す雷蔵はいつもの顔だ。
藤内は胸にうずきを感じながら立ち上がる。
雷蔵の言葉を聞きながら、藤内は「違う!」と叫びたくて仕方が無かった。
なにかが違うのだ。雷蔵の言うことは、確かに真実の一端ではあるかもしれないが、きっと何かが違う。
たしかに、藤内と富松は似ているかもしれない。でも、だからと言っていつも傍にいる訳ではない。むしろ同じ組の数馬の方が傍にいることは多いし、隣の組の富松より同じ委員会の先輩たちや後輩たちの方がきっと近い。
それは、似ているからとか、そういうことでは無くて。
そう。それは。
「…不破先輩。」
「なにかな?」
「…好きっていうだけじゃ駄目ですか?」
「…………え?」
戸に手を掛けながら、藤内は振り向いた。
「好きってだけじゃ、傍にいる理由になりませんか?似ていなくたって、鉢屋先輩が不破先輩を、…忘れることがあったとしても。好きっていう理由じゃ、傍にいることは出来ないんですか?」
雷蔵はきょとんとした顔で藤内を見上げている。
一気に捲し立ててしまった藤内は雷蔵のその顔を見てかああと顔を赤くし、「失礼しました!」と戸を開く。
その背を「浦風くん!」と鋭い声が呼びとめた。
怒られるだろうかと恐る恐る振り返れば、そこにはいつものように微笑んだ雷蔵が藤内を見上げていて。
「…ありがとう。」
先ほどよりよほど明るい声での礼に、藤内も顔を緩ませて会釈し、今度こそ退室した。


三郎が部屋に帰ってきたとき、雷蔵は灯りの元で本を読んでいた。いつもと変わらない光景に微笑みながら、「雷蔵。ただいま。」と声をかける。
雷蔵も顔を上げ、「お帰り。」と笑った。
その顔がいつもより嬉しそうなのを三郎はすぐに見てとり、雷蔵が嬉しいと自分の心が軽くなる、と思いながら三郎も同じ笑みを返す。
「雷蔵。嬉しそうだな?なにか良いことでもあったのか?」
「うん。あのね…。」
雷蔵はなにかあると、いつも「あのね」と話し始める。
また一つ雷蔵の癖を見つけて三郎がますます笑みを深めた。
「うん。どうした?」
「僕、三郎が好きだよ。」
ゴッ
「わぁ三郎!!大丈夫!?」
「ららららら雷蔵!今なんて!?」
「え。ええと、好き?」
「〜〜〜〜〜っ!」
首を傾げながら再び紡がれた二つの音に、三郎が歓喜に震えた。
雷蔵はそんな三郎の手を取り、じっとその目を見つめた。
「三郎は?僕のこと、好き?」
「当たり前だろう!?」
「じゃあ三郎。君の傍に居させてね。」
「もちろんだ!!」
即答した三郎に、雷蔵はますます嬉しそうに微笑む。
「ずっと、傍に居るからね。」
その言葉に喜び感動している三郎は気付かない。
(ずっと、ずっと、君が嫌だと言っても。君が僕を忘れても。たとえ生まれ変わったって。僕は君の傍に居続ける。)

(だって、僕は君が好きなんだから。)


それは祈りのように純粋な呪い。
暗い笑みを浮かべる雷蔵に、三郎は気が付かない。
(浦風。君はそんなつもりで言ったのではないだろうに。)
でも、君のおかげで気が付いたよ。
僕が三郎の傍に居る理由は確かに、三郎が好きだというだけで十分だ。
同じ顔をした二人が抱き合う。
その顔はやはり同じく、幸福に満ちていた。


あとがき
ヤンデレ?雷蔵。
こういうことは雷蔵の方が色々と考えてそうな気がする。
しかしなぜに藤内。(←好きだから)



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