心配症


「先輩先輩。ほら。」
「…………何が言いたい。」
わざわざ会計室に押し掛けて三郎が見せたものに、文次郎のこめかみが震える。
「先輩そっくりでしょう?」
「だから何が言いてぇんだ手前ぇは!!!」
文次郎の怒声に、三郎の手の中のものはきょとんと動きを止めた。
それからじたじたと暴れ出したそれを三郎が抱え直す。
「あーあ。先輩が怒鳴るから驚いたじゃないですか。」
「それは誰でも怒るだろうが…っ。」
文次郎が指差す先、三郎の手の中のものを、会計室に居た団蔵と佐吉が好奇心に負けて覗きこみ、そしてぶっと噴出した。
「竹谷からわざわざ借りて来たんですよ?」
「頼んでねぇ!」
「なぁ一年。もんじ先輩に似てるよな。この狸。」
入口の前に立つ文次郎の脇をするりと避け三郎が一年生の目の前にその小動物を差し出した。
「せっ、せんぱ……ぶくく」
「そ、それはちょっと僕たちには…ぐふっ」
「なぁ?似てるよな。」
「おーまーえーらー!」
「たむらー、さもーん。」
「あ、あの潮江せんぱ…。」
「似てますね。」
「だろう!流石左門!!分かってるなぁ!」
腹を抱えて蹲る一年に怒る文次郎を三木ヱ門が抑えようとするが、左門は真顔で頷いて三郎を喜ばせていた。
ちなみに、その三郎以外の全員が文次郎と同じ状態である。
「寝ていない会計委員を和ませようという私のこの心が分かりませんか先輩。」
「遊びにきただけだろうがお前。いいからさっさとその狸連れて帰れ。」
「えー。」
狸を両手で抱えながら三郎が上目使いに文次郎を見上げる。正面に持たれた狸も瞑らな目を真っ直ぐ文次郎へ向けていた。
ぐっ、とその視線に仰け反りながら受ける文次郎の目の下の隈は、はっきり言って酷い。
会計委員が今引きこもっていると聞いているから様子を見に来たのだが、これはひどかった。
「どうせ後輩たちを休ませながら自分は不眠不休で仕事してたんでしょう。」
「おい。」
文次郎が咎めるように声音を鋭くさせる。
後輩想いのこの男は、下にそういう面を見せることをひどく嫌う。
「隠すこと無いでしょう。バレバレなんですよあんた。一人だけそんな狸みたいな顔して。」
「誰が狸だっ、んぐっ」
「ん。」
怒鳴る文次郎の胸倉をつかみ、三郎が踵を上げてその唇を合わせた。
三木ヱ門と左門が一年生の目を両手で押さえる。
「……ん、ちゃんと飲んでください?」
「て…め、何を………。」
「伊作先輩特製睡眠薬。事情を話したら快く頂きました。」
「こン…のやろ……。」
「はい。お休みなさい。」
トンッ、と三郎が自分より幾分大きい体格の文次郎の体を軽く突く。するとぐらり、とその方向へ文次郎の体が倒れた。
「まったく世話の焼ける…。お前たちも災難だったね。」
「ええ色んな意味で……。」
やっぱりこの人苦手だ、と思いながら三木ヱ門が苦々しい表情で三郎を見上げる。
「実力行使なんて…後で起きたら怒られますよ。」
「いいさ。限界までやって倒れられるよりはよほどな。」
そして微笑む顔に胸を打たれた。
「まぁせめて、風邪を引かないように部屋に運んでおくよ。お前たちもお休み。学園長に言って提出期限を伸ばしてもらえるように伝えてあるから。」
「…では、手伝いますよ。」
決して切なそうな顔に絆されたとかじゃない!と自分に言い訳しながら三木ヱ門が申し出ると、三郎は破顔して頷いた。
「助かる。この先輩重いからさ。田村は砲弾とか持ち歩いてて力持ちだもんな。」
ふんわりと嬉しそうに笑う顔は、この先輩の相棒ととてもよく似ていて、なんだか三木ヱ門はものすごく力が抜ける自分を感じていた。


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