触らぬ神に祟りなし
ひっそりと、その影は動く。
気配もなく、足音も立てず、忍ぶ。
それは暗闇の中では何者も捕えることのできない影だ。
暗闇ならば。
「っ!!!」
感じた気配に影が大きく足を踏み込み飛び上がる。
猫のように体を捻り、さっきまで背後で会った方向へ体を向けて着地すれば、今まで自分がいた場所には鋭い刃物が突き刺さっていた。
「三郎。避けるなよ。」
「…君の頼みでもそれは聞けないな。」
覆面を下ろし、にやりと笑いながら三郎は背筋に冷や汗が流れるのを感じる。
にっこりと、借り主の顔が笑う。
「どうして?」
どうしてって。
三郎はギラリと日の光に反射し黒光りする刃物に目を向ける。
「…さすがに、死んじゃうと思うんだ。」
「いっぺん死んでみなよ。」
さらりと言うが、声と目は本気だ。
瑠璃色の制服はまだ血で汚れていないが、このままでは間違いなく真っ赤に染まる。
「上級生をからかうのは、まだいい。」
滔々と、雷蔵が語りだす。
「上級生にもなればお前と僕を見分けるのも鍛練だろう。だが下級生に、それも僕の顔を使ってトラウマを植え付けるような悪戯をするなと何度言えば分かるのかな?」
「そ、そこまで非道なことは、」
「僕の顔を見て逃げられたぞ。」
スパンッ、と鋭い刃で切られるような返しだ。
「三郎。僕はね。図書委員なんだ。本の貸し出しも仕事のうちなんだよ。」
「う、うん。」
「カウンターに座ってるだけで下級生に逃げられるんじゃね、仕事にならないんだ。」
「そ、それはすまない。」
「それに、下級生に逃げられる僕が良い気分になるとでも思うのかい?」
「それも…本当にすまない。」
「……わかった?」
「わかった!!理解した!!!」
こくこくと素早く頷く三郎に雷蔵が笑って刃を収める。
「そう。じゃあおいで三郎。帰ろう。」
二人が居るのは学園の屋根の上である。先ほどまで発せられる殺気に注目していた六年生は霧散した気に背を向けたところであった。
三郎も今回は怒りが少なくてよかったとため息を吐き、伸ばされた手に手を重ねる。
確かに掴まれたそれに、雷蔵が再びにっこりと笑う。
真っ黒な殺気を纏って。
「!!!!うわぁぁあああ!!!」
次の瞬間逃げようとする三郎より早く、その体がふわりと宙に舞う。
引かれた腕が痛い、そう思った瞬間のことであった。
「三郎。」
「ら、雷蔵!!洒落にならないって!!!死ぬ!!これは死ぬから!!!!」
雷蔵の腕に支えられながら三郎の体は、校舎の外で宙釣りにされていた。
足を必死に伸ばそうとしても、足場は遠い。雷蔵の支える腕が無ければ地面へ真っ逆さまだ。
ある程度の高さは無に出来るとは言え、今この高さでは無理だ。ひき肉になってしまう。
「三郎。僕はね。怒ってるんだ。」
それはもう十分分かってる。
「もう、愛想を尽かそうかと何度も思ったけど、もう堪忍袋の緒が切れそうでね。」
「ら、らいぞ………ごめんなさ。」
「遅い。」
ふわ、と浮遊感。
「う、わあああああああああ!!!!!」
「反省した?」
「し、しました!!!」
落下し必死に伸ばされた手を取って雷蔵が笑う。
三郎は顔から完全に血の気を引いてその手に必死に縋りついた。
「悪戯は、相手を選んでやること。いいね。」
「はい!!!」
「よし。じゃあ。」
いくよ。と今度は声が掛けられた。
それに疑問符を投げかけることも出来ず、雷蔵の腕にぶら下がっている三郎の体が大きく揺れる。
「え!?ちょ、雷ぞぉぉぉぉ!?」
ぶぅんっ、と自分の体が再び浮き上がる。
反射的に足を縮め、衝撃を殺すように着地の体勢を取った。
ふわり、とその体が先ほどと同じように屋根の上に移る。
その動作は美しく、危なげないように見えたが、三郎ははーっはーっ、と荒い息を吐いて顔を真っ青にさせて震えていた。
「おお。三郎さすが。」
「らいぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ん?」
涙目で勢いよく雷蔵に掴みかかるものの、にっこりと笑って首を傾げる雷蔵にそれ以上の言葉が出てこない。
あう、あう、と口を何度か開閉させて、最後に大きくため息を吐くと、再び雷蔵が三郎の手を取る。
「三郎。帰ろうか。」
手を取られた瞬間ギクリと体をこわばらせた三郎だが、雷蔵はそれも包み込むような笑顔で三郎の手を引く。
それにほっと体の力を抜いて三郎も「うん。」と頷いた。
「三郎。」
「なに?」
「好きだよ。」
突然の言葉に、三郎が目を瞬かせる。
「私も雷蔵が大好きだ!」
そのまっすぐな笑顔に、雷蔵は笑う。
それは幸せそうに、嬉しそうに。
そして全ては元通り。
後には成り行きに疑問符を浮かべる六年生だけが残った。
あとがき
11/28日いい不破の日と聞いて!!!
「いい(性格したいい笑顔の)雷蔵」でwwww
遅刻www28日には出来てたんだけどうpできてませんでした…。
不破さんおめでとーー///////