大人と子供


この人は忙しい人だ。
授業やら委員会やらだけでも随分時間をとられているというのに、鍛練まで自分の満足するまで行っている。
いや、満足はしていないのかもしれない。
たとえば時間が来てしまったから終わりにする。とかそういう理由で毎日の鍛練に区切りをつけていても、あの人ならおかしくは無い。
力も、それに見合った知性も持っている。
要領は良くないが、愚かではない。
愚かではないが、馬鹿だとは思う。
こんなことを考えていると知られたら…。
いや、意外と大人なあの人のことだから笑ってお終いだろう。
もしくはもう分かっているのかも知れない。


だから、私が潮江先輩の部屋に顔を出しても彼は驚いた顔もしなかった。


「よう。」
「どうも。」
片付いている、と言うよりは物の少ない部屋はなんだか妙に納得出来てしまう。
真っ直ぐに布団の上で上半身を起こした部屋の主の所へ行けば、嫌でもそれが目に入る。
木で造られた、杖。
足を固定している白い頑丈な包帯。
なんのことはない。いつもの鍛練だか実習だかで足を怪我したのだ。
数週間は絶対安静だという、新野先生の診断結果だそうだ。
学園内でも噂になっているそれにちらりと目をやり、それから思い切り馬鹿にした表情を作ってやった。
「潮江先輩ともあろうお方が怪我なんて。鬼の霍乱というやつですか。」
「その科白を言ったのはお前が五人目だぞ鉢屋。」
もう少しボキャブラリーと持て。
と別に悔しそうな顔をするでもなく言い返され本気でむっとする。
「私が本気でボキャブラリーを発揮したら先輩泣いちゃいますよ?」
「そうかよ。じゃあとっとけ。」
にべもない。
「お見舞いに来て差し上げたというのに随分じゃないですか?」
「そうだったのか。入ってくるなり嫌味言われたからな。てっきり寝込みでも襲いに来たのかと思ったぜ。」
それはもちろん危ないほうの意味で。
その言葉にヒクリと顔を引きつらせ、三郎はため息と共に立ち上がる。
「お元気な様子でなにより。それではどうもお邪魔しました。」
「おう。鉢屋。」
「はい?」
「心配かけて悪かったな。」
戸に手を掛けたところで呼び止められ、振り向いた先に見たものに思わず目を見開く。
文次郎はまっすぐに三郎を見つめ、薄く笑っていた。
だから、この先輩は嫌なのだ。
嫌なところで大人なのだ。まるで自分が拗ねた子供のようだ。
だがそれに三郎は何も答えずただ顔を赤くして逃げるように戸を閉めた。
早足でその場を離れた背後で「文次郎!!!起きるなって言っただろう!!!」と保健委員長の怒声が響くのを聞いて。
「…やっぱり馬鹿なんだよあの人。」
と力無い声で呟くのがせいぜいだった。




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