おこのみで




「…なぁ、勘。楽しい?」
「うん。」
「あっそ………。」
ぺたり、と足の先に冷たい感触を受けながら、三郎はため息を吐いた。
三郎はベッドの上に座っているが、勘右衛門は床に尻を付いたまま嬉しそうに三郎の足を抱えている。
その手には、色鮮やかなマニキュア。
「一度やってみたかったんだよねー。」
「ああそう……。」
うきうきと楽しそうな恋人の新たな一面は、呆れたり嫌ったりすることではないけれど、理解はどうもしがたいことだった。
「足の爪塗ることの何が楽しいんだ?」
「えー俺の手で綺麗にしてるって感じするじゃん!」
「そぉいうもんかね…。」
しかしながら男である三郎は爪を美しく彩ることになんの魅力も感じないのだが。
ぺたりぺたりと爪の上に冷たい液が塗られていくのを感じながら、三郎は手持無沙汰に勘右衛門の後頭部を見つめた。
この目の前の男が自分と存外変わらず器用なことは知っていたが、こういったことに興味を持つとは知らなかった。
「ちょっと倒錯してませんかね尾浜くん。」
だがしかし、こう、足に傅かれている状態はなんだかよろしく無い気がする。
「ん?なに?三郎ちょっと良い気分にならない?」
ちょっとは恥ずかしがるかと思ったのだが、勘右衛門は逆に酷く楽しそうな顔で振り返る。
それに嫌そうに三郎は顔を顰めながら足でその体を蹴飛ばそうとしたが、勘右衛門が抱えているためそれは叶わなかった。
「私は支配欲ってのは薄くてね。」
「ふぅん。俺はねー…。」
意味深に笑って顔を元に戻すと、勘右衛門の手が再び動いて三郎の爪を彩り始める。
今は薄い青で塗られていて、三郎の小さな小指の爪まで全て真っ青だ。
それに満足気に勘右衛門が笑って、もう片方の足を抱え出す。
そして再び始まった作業に三郎は爪の塗り終わった足をぶらぶら動かしながらまたため息を吐いた。
「かーんー。それいつまでやるんだぁ?」
「俺が満足するまで。」
そしてまたペタリと爪に色が乗せられる。
ふわりと漂うシンナーの香りに三郎が眉を顰めるが、背を向けている勘右衛門には見えないだろう。
くらくらする香りに酔いそうになりながら、三郎はすでに塗り終わっている足を引き寄せてじっくりと見つめた。
マネキンのように整った足の形は個性がないと常々思っていたが、その足の先には今きれいな青色が乗せられている。
よく見たらそれは光の反射でキラキラしていた。
「ラメ入り?」
「そう。」
言葉少なに頷いた勘右衛門に三郎は「ふ〜ん。」とまた気の無い返事を返す。
「かんー。」
「んー?」
「何がそんなに楽しいの?」
「そうだねぇ………。」
掴まれた足がくすぐったい。マニキュアを塗るだけの作業に、随分足が触られている気がする。
爪の先はまだ冷たく心地よい感触がそこから伝わった。
「三郎を、俺色に染めてるって感覚かな。」
「………………。」
思わず絶句した三郎に構わず、勘右衛門は三郎の爪を塗り続ける。
後ろからはその表情が見えないが、きっといつも通り飄々とした顔をしているのだろうこの男は。
しかし、いつもはふらふらと本心を見せない勘右衛門の、束の間の本音に、三郎はじわじわと沸き上がる笑みを止めることは出来なかった。
「寒っ!」
「あはは。」
全ての爪を塗り終わって、勘右衛門が小瓶の蓋を閉める。
そしてくるりと振り向いて三郎を見上げる顔は、やはりいつも通りに笑っていた。
「じゃあ三郎。次は手も塗ろうか?」
瞬間、きらりと見えた輝きに三郎もニヤリと笑みを返す。
「お好きなように!」


あとがき
灰色勘ちゃん×艶っぽい三郎。を目指してみた。
ほぼ書き終わってから某りんごさんの曲っぽいのに気付いたと言う…最近聞いてないのになぁ。
やっぱ沁みついてるのかね。
勘ちゃんはこれくらいの黒さが書きやすいな!

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