ねんねんころり
ぺらり、と紙の捲られる音がする度、三郎は自分の意識が心地よく遠のくのを感じる。
三郎にとって一番落ち着く空間というのは、言うまでも無く雷蔵が居る場所だ。
そしてそれに本を捲る音を追加させられれば、それはむしろ睡眠導入剤に近い。
今日とて三郎は雷蔵の膝を借り、そこでまどろんでいた。
最初は寝るつもりはないのだ。基本的に人の気配のあるところでは眠れないし(雷蔵はもちろん別)、今は三郎も本を読んでいるのだから。だが。
気温は温かく、傍には雷蔵の体温があり、本を読んでいる雷蔵のその音を静かに聞く。
ああ。至福だ。
時折思い出したかのように雷蔵の温かい手が頭を撫でてくれ、それがさらに眠気をさそう。
この手もだめだ。反則だ。
温かくて、優しくて、とてもとても気持ちがいい。
安心するこの空間に、三郎は蕩けきっていた。
「らぁいぞ?」
「ん?」
「らいぞぉ?」
「なぁに?」
「…ねてもい?」
眠くて、思わず下足らずのような口になってしまうが、雷蔵は笑うことなく「いいよ。」とまた頭を撫でてくれた。
ふふっ、とそれに笑って、意識が黒く落ちる。
そこには当然幸せしかなくて……………。
雷蔵は、睡眠に入った三郎の頭を見つめてふと笑う。
誰もが、三郎が雷蔵の膝の上だと安心しきって眠るということを信じない。
だって誰も見たことがないのだ。
人の気配に敏感な三郎は部屋の戸が開けられた時点ですぐに起きてしまう。寝ぼけることも無いから人にはずっと起きていたように見えるらしい。
しかしそれは三郎がそう見せようとしているだけで、実はけっこう寝ぼけていることも多いのだけれど。
たとえば、本を逆さにもっていたり。いつもは完璧は髪が少し跳ねていたり。分かりづらいかもしれないが、目がトロリと下がっていることだってある。
それを雷蔵は可愛らしく、愛おしく思うのだけれど、友人たちはそれが分からないという。
『だって。三郎だぞ?』
「だから、三郎じゃないか。」
たとえ己と同じ顔だとしてもかわいいものはかわいい。
自分の膝の上が一番落ち着くなんて。なお可愛いではないか。
雷蔵は優しく自分のものを模した三郎の頭を撫でる。
眠っているはずなのに、その途端嬉しそうに三郎の口が緩む。
その口にとても口づけしたいのだが、今は我慢しよう。
寝る子を起こすことはない。しかも、こんなに幸せそうに寝ている子を。
無防備に眠る姿にじりじりと理性が焦げる音がするが、それもこの幸福の前には些細なことだ。
それに、そんなことをしてこの幸せそうな顔が二度と見られなくのも困る。
もう雷蔵の意識からは本のことなど遠くの彼方に飛んでしまっていた。ああ今日中に図書室に返さなければいけないというのに。
しかしどうしようもない。
三郎の睡眠導入剤が雷蔵の膝枕と本の捲る音だというのなら。雷蔵の睡眠導入剤は三郎の温もりと寝息に他ならない。
だんだん意識がとろみを帯びてきたのを感じて、雷蔵は苦笑する。
夕飯だけは食いっぱぐれないようにしないと………。
が、しかし。
案の定夕食を食べそびれ、三郎が「なんで雷蔵まで寝ちゃうんだよ!!」と理不尽に怒るのを苦笑しながら謝る雷蔵がいるのであった。
幸せそうに笑う二人は喧嘩にもならず。そしてまた、部屋で幸せそうに手を繋いで眠るのだ。
おやすみなさい。
あとがき
これを書いてたときちょう眠かったんだ。
雷蔵のお膝で寝てみたいぜ…。頭なでなでされながらとか絶対良く寝れる…。