猫を拾った日
休日だというのに、随分朝早く目が覚めてしまった。
三之助はぽりぽりと後頭部を掻きながら上半身を起こし、外の明るさから時刻を測る。だいたい、いつもより二刻程だろうか。
障子の外はぼんやりと明るいだけであった。
「目、覚めちまったなぁ。」
冬に入り始めた空気が寝ぼけた体を嫌でも目覚めさせていく。
もう一度布団に入って寝ても良かったが、せっかくすっきりと目覚められたことがとてももったいなく感じられた。
だが級友たちが目覚めるのはまだ先だろう。
「…………散歩でも行くか。」
そうと決まればと素早くいつもの装束に着替える。
そして光の漏れる戸を開くと、「三之助。」と背後から声がかかった。
「悪い。起こしたか?」
左門が眠そうな目をこちらに向けて首を振っている。
「鍛練か?」
「んにゃ。散歩。目ぇ覚めちまったから。」
「ふぅん。じゃあ作兵衛に伝えとく。」
「おう。」
それだけ言うと三之助は外に身を躍らせた。
今日は少し霧が出ているようだ。目の前が少し靄がかかっている。
だが視界が取れない程ではない。土砂降りの日よりよほどましだ。
運動場まで歩いて帰ってこようと庭に出る。
鬱蒼とした森を通るのはいつものことだ。この学園の広さにはいつも閉口する。
「ん?」
かすかな香りに、眉を寄せる。
血の匂い。
そんなに大量ではない。人だとしても死んではいないだろう。
その匂いに惹かれるように近づく。
ガサリ、と現れた三之助を青い瞳が見上げる。
「にゃー」
「………ねこ。」
薄汚れているが、白い子猫だ。
そして見下ろすと、その足元で母猫だろう、やはり白い猫が息絶えていた。
三之助はそっと、母親にむかって鳴き続ける子猫を手で掬い上げる。
懐を少し緩めてその中へ落とし、代わりに苦無を取り出す。
地面に突き立て抉り続ければ、塹壕堀りに慣れた手はたやすく猫を埋める大きさの穴を掘ることが出来た。
そこへきっと生前は美しかっただろう白い毛並みの猫を入れる。
今はくすんでしまった白に、土をそっとかけていく。すっかりその姿が見えなくなって懐に目をやると、子猫は温かさにやられたのか眠ってしまっていた。
立ち上がり、簡素な墓に一度目を向けて三之助は来た道を戻って行った。
大した距離は移動していない。学園はすぐに見えたが、三之助の向かう先では無かった。
「あれ?まごへー何してんの?」
「…虫たちの様子を見に来た。」
級友の秀麗な顔を見てきょとんと首を傾げるのに、孫兵は少し眉根を寄せながら立ち上がった。
「珍しいな三之助。こんなに朝早いなんて。」
「目が覚めたから散歩してた。」
「…作兵衛には?」
「左門に言って来た。」
それにまたため息を吐きそうになり、俯いた孫兵の視線が三之助の懐へ向けられる。
「三之助。それは、なんだ?」
そう指差すと同時、目を覚ました子猫が「にゃー」と小さく鳴きながら顔を出した。
「拾った。」
「世話できるのか?」
「いや。飼い主捜すよ。」
優しくその指の先が子猫の顎を擽っている。
「ずっとは飼えないだろ?」
その言葉に孫兵は思わず黙ってしまった。
はっきり言って、そこまで考えて拾っているとは思えなかったのだ。
「…僕も手伝うよ。」
「ほんとか?そりゃ助かる。」
にへ、と笑う三之助に珍しく孫兵も無表情を崩し、その手を引いた。
「で?なんでここに連れてくるのかなぁ?」
「数馬動物も見れるだろう?」
「ああもちろん君が連れてくるからね!こうやって!!」
「今回は僕じゃない。三之助だ。」
数馬は色素の薄い髪をかしかしと掻いて子猫を抱えた三之助を見やる。
普段は愛嬌のある大きな目が今は不穏な色をしていた。
数馬は怪我や病気になると人が変わる。それを三之助はよぉぉく知っていた。
「孫兵。桶に水張って後手ぬぐい何枚か持ってきて。」
「?何故だ?」
「この泥んこの猫二人を拭くためだよ。おっきい方は迷子になるだろう。」
「ああ。そうか。わかった。」
「あ。いや自分で行くよ。」
立ち上がる孫兵を三之助が手で止め、自分も立ちあがろうとする。
それを数馬の手が押しとどめた。
「君はこっち。孫兵。頼んだよ。」
「ああ。」
桶を抱えて出て行った孫兵を見送って、三之助は憮然とした顔で数馬を見た。
「なんで駄目?」
「孫兵が行ったほうが早いからだよ。」
「そんなこと」
「三之助。まだ朝早い。大声出さないほうがいいぞ。」
遮った声に振り向くと孫兵が桶を抱えて戻ってきていた。
「あれ?」
「ほら。言っただろう。」
孫兵は桶を三之助に手渡し、数馬はその懐の子猫を優しく掬い取る。
その手が濡れた手ぬぐいで子猫を拭き始めるのを見て、三之助は感心したように呟いた。
「数馬随分慣れてるな。」
「孫兵がしょっちゅう怪我した動物とか連れてくるもんでね。」
あらかたの汚れが落ち、綺麗な白銀の毛並みが現れる。
「うん。綺麗になったね。目も耳も綺麗だし。病気も無いみたい。」
「そっか。よかった。」
猫と同時に三之助も汚れた部分を拭き終わりすっきりした。
「ありがとな数馬。」
「うわ!人が多いな。」
「よー藤内。」
「邪魔してる。」
同室の藤内が部屋に帰るといつもは数馬しかいない部屋に二人も増えている。
それも、ちょっと見ないメンバーだ。
「三之助。作兵衛はどうした?」
「さぁ?朝はまだ寝てたな。」
「左門には言ってきたそうだ。」
「………………それで、ここにいることは。」
「あ。まだ言ってないかも。」
数馬の呑気な声に大きく脱力して、藤内は「あのなぁ、」とため息を吐く。
「作兵衛が朝から捜しまわることになったら可哀想だろうが。」
「もう起きてるかな?」
「もうすぐ朝食の時間だよ。」
「ああじゃあ三之助連れてみんなで迎えに行こうか。」
「こいつ。どうしよう。」
三之助はすっかり綺麗になった子猫を指先でじゃらして遊んでいる。
藤内は影になって見えていなかったその小さな物体に目を丸くした。
「拾ったのか?」
「うん。」
「ああ。食堂には連れていけないねぇ。」
食堂は基本的に動物の連れ込みは禁止だ。
だがまだ本当に小さな子猫を一匹で残してはいけない。
ここは拾ってきた三之助が残るべきだろうと口を開くが、それを別の声が遮った。
「僕が残るよ。」
「藤内?」
「僕はもう予習してきたついでに朝食済ませてきたんだ。」
気負いなく言われた言葉に、しかし滲む好奇心は隠し切れていない。
どうやら、藤内も子猫と遊びたいらしい。
三人は目を配らせ苦笑して頷いた。
「じゃあ頼んだ藤内。」
「悪いな。」
「あとでお茶貰ってくるね。」
「うん。行って来い。」
子猫を抱えて見送る顔は満面の笑みであった。
「三之助。こっち。」
「んあ?」
あらぬ方向を向いた三之助を孫兵が止める。
三年ろ組の長屋はそう遠くない。少し歩いた先で「左門!!!なんで止めなかった!!!!!」「止める必要なないだろう?」「あるわぼけーーーー!!!!」と叫び声が聞こえる。
「朝から元気だなぁ作兵衛。」
「元凶が言うな。」
「その通りだよ。」
感心したような三之助に両脇を固めた二人がすかさず突っ込む。
それと同時、彼らの部屋がスパァンっ!!と勢いよく開かれた。
「左門!!てめぇはそこを動くなよ!!」
「うむ!!」
「作兵衛おっはよーー。」
三之助と同じく緑の制服に身を包んだ作兵衛が、ぎょろりと声の方向を見る。
「…さんのすけ。」
「ん。」
軽い挨拶の声の主を確認して、作兵衛は足音荒く三之助に掴みかかった。
「てめぇどこ行ってた。」
「散歩。」
「一人でか。」
「作寝てたじゃん。」
その言葉に、作兵衛はかっと目を見開きその自分より高い位置にある頭に容赦なく拳を見舞った。
「一人で行動するな一人でなにかするなら動くなと散々言ったよな!!?」
「〜〜ってぇ…。」
「さ、作兵衛おちついて…。」
「悪いな二人とも。連れてきて貰って。」
「いや。それより朝食がまだだ。このまま食べに行こう。」
「ああ。そうだな。左門!!さもーん!!」
またどかどかと足音荒く部屋に戻り、いつもの縄を付けた左門が出てくる。
「よう!数馬に孫兵!おはよう!!」
「おはよう。」
「おはよう。」
和やかに挨拶をしている間に作兵衛はもう一本の縄も三之助に括りつけていた。
「よし。行くぞ。」
「あ。おかえりーー。また人数多いな!」
どたばたと食事を終え、三之助は作兵衛たちに拾った子猫の様子を見に数馬の部屋に戻ることを伝えると、作兵衛と左門も付いてくると言いだした。
「お前をほっぽっておけるか。」
「猫は好きだ!!」
と、言う訳で現在は組の部屋にはその三倍の人数が押し掛けているのであった。
「なんだ。飼い主捜すのか?」
「忍たま長屋じゃ子猫は飼えねぇよ。犬ならともかく。」
「お前一人で行くなよ。絶対!!!行くなよ!!!!」
「作兵衛。僕が付いて行くよ。」
「なんなら作兵衛も付いて行けばいいじゃない。」
「それなら私もいくぞ!!」
「じゃあ今日、町に出ようか。猫の飼い主を探そう。」
その中心で、子猫は穏やかに眠っている。
「……………。」
「三之助?どうした?」
じっとその寝顔を見つめる三之助に作兵衛が気が付く。
「この猫の親な、殺されてた。」
「………………。」
「大事に、飼ってくれる人に貰われて欲しいな。」
まだ小さな、掌ほどの大きさの命に、三之助が微笑む。
それに、孫兵が、彼にしてはとても珍しく優しい笑顔を浮かべた。
「そうだな。」
「ああ。良い人を見つけてあげよう。」
「藤内。それって嫁に出すみたいだな!!」
「な!!」
「ああ〜そりゃ言えてる。」
「こら!!左門!作兵衛!!変なこと言うなよ!!」
「そうだよ!!藤内はお母さんだもの!」
「かずまぁぁぁ!?」
笑いは響く、霧は晴れて青空が空を染める。
猫を拾った日。猫を手放す日。
だがそれは、案外良いものだった。
あとがき
11/28が、良い次屋の日だと聞いたので!!!
「いい子の次屋」にしてみた!!遅刻とか知ってるうえぇぇえぇん!!
次屋好きだよ次屋///////書きやっすぅい。
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