馴らす



委員会が終わり部屋に戻ると、猫が部屋の主という顔をして部屋を占領していた。
「………おふぁえり。」
「……ただいま。」
煎餅を咥えながら猫が俺を見上げる。が、すぐに視線を手元の本へ戻し続きを読み始めた。
なんでお前がここに居るとか、何様だお前とかは言わない。もう何度も言ったからだ。
ここ数日三郎はずっとこの調子で俺の部屋にいる。
寝る時間には部屋に戻っているようだが、その他の時間は大抵はこの部屋に居るようだ。
別に部屋に鍵が掛けてあるわけでもなし、別に入るのには困らないだろう。普通、良心が痛んで勝手には入らないと思うが、そこは鉢屋三郎。常人とは考えていることが違うのだろう。
俺が三郎の方へ足を向けると、怒られるとでも思ったのだろうか。すぐに部屋の端へと逃げていく。
それに少なからず傷つきながら「何もしねぇよ。」と笑っても、三郎はこっちをじっと見つめたまま動こうとしない。仕方なく、俺も好きにすることにした。
武器の手入れでもするかと砥石やら布やら出すために棚に向かう。目的の道具を見つけて床に座り、懐から出す暗器を片端から手入れしていった。
三郎はしばらくその様子を見ていたが、ふいと再び寝転がり、視線を本へ戻す。
しばしの間、部屋は無言になる。部屋に響くのは、俺の出す金属的な音と、三郎の本をめくる音のみだ。
「……………。」
ごそりと気配が動いた。
見ると三郎が俺のすぐ後ろに場所を移動している。
寝そべりながら本を読む姿勢は変わらないが、近くなった距離に笑みが浮かぶ。
三郎は一度ちらりとこちらを見たが、なんでもないように本を読み続けた。
俺としてもまた手を出して離れられるのは嫌なので、そのまま放っておく。
再び、部屋は砥石の音と、紙を捲る音だけにる。それが、なぜか心地良かった。
どれくらいそうしていただろうか。ふと、冷えた風が部屋に吹き込む。少し開けられた窓から寒風が入り込んでいるようだ。
体が芯から冷える前に風呂でも入りに行くか、と立ち上がる。と、それにぴくりと三郎が反応し、本から視線を上げて俺を見上げてきた。
どこに行くんだと言わんばかりの眼差しに苦笑する。
「風呂入りに行くんだよ。寒くなってきただろ?」
桶やら夜着やら風呂に入るための準備を進めていく。準備が終わり戸を開け部屋を出ると、なぜか三郎も付いてきた。
「…お前も行くの?」
風呂に行くという自分に合わせて来たのだからそうなのだろうと思って首を傾げれば、なぜか三郎はむっとした顔になって「違う」と答えた。
ふうん。と返し、まぁいいやと廊下を歩くと、トコトコと後ろを付いてくる気配。
「…三郎。なんなんだ?」
「…別に。」
なにがしたいんだお前は。
その言葉を飲みこんで俺は脚を進める。
振り向かない俺の後をトコトコと足音をさせて付いてくる三郎は大層かわいらしい。
が、しかし、なぜこんな行動をとるのかが全く分からない。
ここ数日はなぜか俺の部屋に居たり傍に居ることが多いが、こちらから手を伸ばそうとすると威嚇するように離れてしまう。
本当に、何がしたいんだ三郎よ。
聞こえないようにため息を吐く。
(…こっちの理性にも、限界ってもんがあるんだが。)


そして、とうとう風呂場まで付いてきた三郎に内心呆れる。
ここで手を差し出そうものならまた引っ掻かれるに違い無い。ならば――。
俺はなんの予兆も無く振り向いてその細い身体を思い切り抱きしめた。
「!!!なにすんだ馬鹿っぱち!!!」
「何すんだって…構って欲しいんだろ?」
「な!ち、違う!!放せーーー!!」
じたじたと腕の中で暴れる三郎に苦笑する。
でなければ何故ああも大人しく付いてきたのだと言うのだろうか?
「ちょこちょこ後ろ付いてきたりずっと部屋に居たり、構って欲しいから居るんじゃないのか?」
「違うって言ってるだろ!」
「じゃあなんで?」
その言葉に、ぴたりと三郎の動きが止まる。
ん?と俺よりも低い位置にあるその顔を覗きこめば真っ赤になった顔で俺を睨んでいた。
「お、お前が、」
「うん?俺が?」
「私は、ただ、」
「うん。」
優しく、おびえさせないように、俺は三郎に微笑む。
「………お前の、近く、に居たかった…から。」
何このかわいい生き物。
茫然と見つめる俺に、三郎の顔がますます赤くなる。
「も、いいだろ!!放せ!!!」
「やだ。」
「!?こっンの!!放せって、言ってるだろうがぁぁぁぁ!!!」
「ぐふぅっ!」
完全に油断していた腹を思い切り拳で殴られる。
思わず腹を抱えてうずくまる俺を見下ろしながら、三郎は荒い息を吐いていた。
「この…馬鹿ハチ!」
「すみません…。」
「もういい!戻る!!」
どすどすとおよそ忍らしく無い音をさせながら三郎は去ってしまった。
俺は痛む腹を抱えながらも、笑みを止めることは出来ない。
きっと、また三郎は俺の部屋に戻っているのだ。部屋の主のような顔をして。
風呂から帰れば何事もなかったのようにそこにいるのだろう。
「ほんと、かわいい猫だよな。お前は。」
あんな愛おしい生き物を見て、笑いを止めることなど出来るわけがない。
風呂から出て、部屋に戻ったらうんと甘やかしてやろう。
もっともっと、俺から離れられなくなればいい。
今度は爪を出す暇がないほど、うんと可愛がってやる。
そんな決意をしていることも知らず部屋で寛いでいるだろう三郎を想像し、俺はまた一つ笑いを零した。

あとがき
いい加減しつこい三郎猫ネタ。この三郎。まんまうちの姉の愛猫の行動なんです。
まず近寄ると逃げる。そのまま無視して座るとちょこちょこ近くに来てくつろぐ。
部屋に戻ろうとするとちょこちょこ後ろを付いてくる。振り向くと逃げる。
…何がしたいんだお前は?でもかわいい。
ツンデレなところは三郎に似たね!!姉に「三郎って呼んでいい?」って聞いたらぶん殴られました。

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