泣笑
注意※現パロ。成長有ります(庄左ヱ門→18、三郎→22)
草木も眠る午前2時。
なんて昔は言ったけれど、現代になってはこんな時間でも動き続けている人はいるもので。
ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん
軽快な音を出して来訪者を告げる音は、普段ならこんな時間に聞かないものだ。庄左ヱ門は枕元の時計を確認してため息を吐いた。
深夜までバイトしているきり丸か、また遅くまで委員会の仕事をしていた団蔵か、ジムを追い出されるまで筋トレしている虎若か。いずれにしてもこの時間に一人暮らしである自分を頼る輩は多すぎる。そして、その誰もが庄左ヱ門が頼られれば断れないことを知っているのだ。
再び、ため息を吐いて、いまだチャイムを鳴らし続ける玄関へと向かう。
「いい加減近所迷惑だからやめてくれ…って……、」
「よぉ庄!」
そこに居たのは、自分の級友ではなくて、もっとも愛する人。
「は、ちやせんぱい?」
「おう。」
でも、卒業と同時にしだいに会うことはなくなって、とうに忘れられたはずだった人。
その人が、記憶より少し成長した姿で自分の目の前にいる。
記憶より随分と小さくなってしまった。いや、自分が大きくなったのか。
でも、笑顔は変わらない。綺麗な姿も。かつて庄左ヱ門が憧れ、焦がれた姿のまま。
鉢屋三郎が、そこにいた。
庄左ヱ門は驚きに固まったまま、しばらく動けなかった。
ぽかんと開いた口に三郎が笑う。
「お前、驚きすぎ。いつも冷静な庄左ヱ門は何処行った?」
「〜あ、ど、どうぞ。たいして広くはないですが。」
「ん〜ありがと庄。おじゃましまーす。」
すれ違う瞬間、ふわりと酒の匂いが鼻を掠める。
「……先輩。酔ってるんですか?」
「おー。酔ってる酔ってる。さっきまでハチたちと飲んでたんだけどさぁ。気が付いたら終電乗り過ごしちゃった。」
「よく、うちが分かりましたね。」
「お前ご丁寧に引っ越し葉書と年賀状くれただろー?」
確かに出した。だが、いくらこの人が天才的に頭がいいと言っても覚えているものなのだろうか?
庄左ヱ門が首を傾げて見つめると、三郎はなぜか嬉しそうに笑って庄左ヱ門を抱きしめた。
「せ、先輩!?」
「おっきくなったなぁお前!もう私より大きいじゃないか!」
「あ、あの。」
「昔はもっと小さかったのになぁ…。」
そうして愛し気に目を眇める三郎を目の前に見つめ、庄左ヱ門はたまらない気持で、ずっと愛し続けた思い人を両手で引き離した。
「?…庄?」
「や、やめてください!僕はもうちいさな子供じゃありません!こんな風にされるのは心外です!!」
もう、小さな子供ではないのだ。頭を撫でられても、抱きしめられても。感じるのはこの人に対する欲望だけ。
綺麗なこの人は、きっとそんな庄左ヱ門の気持ちなど気付いていない。
卒業するまで、この人の魅力に惑わされ、思いを寄せていた人間たちに気付いていなかったのだ。庄左ヱ門の気持ちに気付いているとは到底思えない。
歪んだ顔を見られたくなくて俯いていると、目の前で綺麗な雫がパタリ、と落ちた。
落ちたものに目を見開いて慌てて庄左ヱ門が顔を上げれば、嗚咽を漏らすことなくただ静かに、三郎が涙をこぼしていた。
「っせんぱっ!」
「あっ…!ごめっ、」
慌てた庄左ヱ門に三郎はようやく自分が涙を流していることに気が付いたようで、慌てて擦って涙を止めようとするが、なおも涙は止まらず次々に溢れ出てくる。
「ごめん庄!な、んでもないから!大丈夫だから!ちょっと私酔ってるから、だから…」
真っ赤になって言い訳をしながら三郎は涙を止めようと奮闘するがそれは叶わず、庄左ヱ門は魅入られたようにその頬を濡らし続ける透明な雫を見つめていた。
そして、身体をかがめて、随分下になってしまった三郎の頬を流れる雫をそっと嘗め取ってみる。
「!!」
自分でも無意識に行ってしまったその行動に驚いたが、三郎はそれ以上に驚いたようで顔を真っ赤にしたまま庄左ヱ門を見上げた。その頬はまだ濡れてはいるものの、目から涙が溢れることは無くなったようだ。
「…すみません。言いすぎました。」
「あ…いや、私も…泣く、つもりはなかったんだが…。」
三郎の瞳に、困ったように笑う自分の姿が見える。あんなことを言うつもりも無かったし、こんな顔をするつもりも無かったのに。
三郎の顔が曇る。
「ほんとごめん…もう、帰るよ。迷惑かけたな。」
「あ!」
落ち込んだ様子で背を向けようとする三郎の腕を慌てて掴んで止める。
「…庄?」
「す、すみません!でもあの、先輩、どうやって帰るつもりですか?」
「…どっかのファミレスででも夜を明かすよ。もうお前に迷惑かけないから…。」
「迷惑なんかじゃありません!あの、よければこのまま、泊ってください。」
「でも…。」
「…先輩のことは今でも大好きです。だから、帰らないでください。」
自分の欲望を大分隠した言葉に、三郎は顔を赤く染めて、小さく頷いた。
しかし三郎は大分酔いが覚めてしまったらしく、ソファに座ったまま黙って動かない。
借りてきた猫のようなその様子に庄左ヱ門はそっと微笑んだ。昔から、素直になれない人なのだ。この人の心を知るのは、何より難しいことだった。
「はい先輩。どうぞ。」
適温で温めたミルクに少し洋酒をたらして渡す。受け取った三郎はその香りにほっとしたように顔を緩ませた。
こくり、と両手で持ったカップからミルクを飲む姿はもう庄左ヱ門より4つも年上だとは思えない。とうに成人しているはずなのに、初めて会ったときから変わっていないように思えるのは自分の目が欲で煙っているからだろうか?
「庄。」
「はい?」
そんなことを考えながら突然呼ばれても、今度は慌てたりしない。庄左ヱ門もいつもの自分が取り戻せたようだ。
「悪かったなさっきは…その、泣いたり、して。驚いただろう?」
「ああ…。まぁ、確かに驚きましたけど。突然怒鳴った僕が悪かったんですから。」
「うん。…自分でも、庄に嫌われることがあそこまで堪えるとは思わなかった。」
「…は?」
この人は、今、なんて言った?
「いや、私が勝手に勘違いしただけなんだが。私は思ったより、お前のことが好きなんだな。」
その言葉に、照れたような幼い笑顔に、庄左ヱ門は冷静な自分が遥か遠くに去って行ったのを感じた。
ガタリ、と音を立てて座っていた椅子から立ち上がる。その音に反応した三郎が庄左ヱ門を不思議そうな顔で見上げた。
幼い表情に胸を締め付けられながら手を伸ばして三郎を抱きしめる。カップはすでにテーブルの上に移動されて、邪魔するものは何もない。
「庄?」
戸惑ったような三郎の声。首筋に顔を埋める庄左ヱ門に三郎の顔は見えないが、きっと声のままの顔をしているのだろうな、とどこかで思った。
「先輩、鉢屋先輩。」
「どうした?」
優しい問いかけ。おそるおそる頭を撫でるのは、先ほどのことを気にしてか。
その優しい手が頭を撫でるのに目を閉じて、庄左ヱ門は長い間胸を占め続けた言葉を紡いだ。
「…先輩が、好きです。」
「!?しょ、」
「愛してます。誰よりも。会ったときからずっと。」
「……………。」
「貴方が僕のことをただの後輩しか見ていないことは知っています。でも、僕は、貴方をただの先輩としては見れない。」
「……………。」
「すみません。困らせる気は、なかったんです。」
黙ってしまった三郎の顔を見れず、庄左ヱ門は顔を逸らしたまま立ち上がる。
胸のしこりは取れたが、今は後悔しか残らない。困った顔の三郎を見たくなくて顔を合わせないまま背を向けた。
「庄!?」
「……しばらく外で頭を冷やしてきます。あっちが寝室なので、使ってくださ…」
そのまま玄関に向かう庄左ヱ門の腕を、なにかがぐいと引いた。思いもよらない方向からの引力にバランスを崩してたたらを踏んでしまった。
そして何事かと振りかえる庄左ヱ門の顔を暖かい手が包んで、唇に、柔らかい感触。
「〜〜〜この、馬鹿!」
「せ、先輩?」
「せっかく!!せっかく私が諦めようとしたのに!!!」
「あ、あの。」
真っ赤になって庄左ヱ門を睨み見上げる三郎は目眩を起こしそうになるほど可愛かったが、それでどころではない様子に思わずたじろいだ。
バシンと胸を叩く手が痛い。
「なんのために今まで会わないでいたと思うんだ!!男で、4つも年下なんだぞ!初めて会った時なんて十歳なんだぞ!!諦めるしかないじゃないか!!それをお前は!!」
またバシリと胸を叩く手。しかし庄左ヱ門はされるがままに、茫然と三郎を見つめ続けていた。
「お前ってやつはずっとずっと人の中に居続けやがって!一度会えば諦めが付くかと思えばなんかすごくかっこよくなってるし!!」
ボロリ、と大粒の涙が零れ落ちる。
「もう、私はお前の中から居なくなっていると思っていたのに!!だから会えば、私が振られてお終いだと思ったのに!!」
ボロボロと両目から涙が零れ続ける。
「私が好きって…!私だってお前が好きだ!!謝るな馬鹿!」
「っ先輩!」
嗚咽混じりの言葉にたまらず庄左ヱ門は目の前の愛しい人を抱きしめる。
「先輩。好き。好きです。大好きです。愛してます。」
好き。大好き。と存分に8年分の思いを口にして腕の中の三郎の、額に、髪に、頬に、口づけを送り続ける。
ひっく、ひっくと嗚咽を漏らす三郎もやがてそれが治まると、赤い顔のままにそれを甘受する。
文句が出ないのをいいことに口づけを送り続ける庄左ヱ門を、やがて三郎がそっと離した。
「せん、」
そして、再び触れられる唇。
「…好きだ。」
涙に濡れた瞳でとろけるような笑顔を浮かべるその人に、庄左ヱ門もようやく心から笑みを浮かべた。
あとがき
年下でも精神的に大人な庄左ヱ門と、年上だけど精神的に幼い三郎に萌えます。
空気読まない感じに「鉢泣き祭」に参加させていただいました!!
みんなが求めてる泣き鉢はこんなんじゃないはず…。