みつけた
生きている人間が嫌いだった。
笑い声も、怒鳴り声も。全て消え失せて静かになればいいのに。とそんな馬鹿なことを本気で思っていた。
獣ならいい。彼らは気配を消せる。
植物ならいい。そこに居るのが自然だから。
石も、水も、風も、太陽も、雨も。ただそこに在るものたちは静かだ。
「つまりお前は静寂を愛する訳か。」
目の前で偽りの顔を被った男が楽しそうに顔を歪ませる。
黒い男はそれに微笑み返して「違うさ。」と言った。
「黙っていたってそこに存在しうるのに。それを主張しようする人間が醜いと思っていたんだ。」
自分はここに居る。と、いったいどれだけの人間が叫んでいるのか。
そんなことは分かっている。それだけ騒げばよく分かる。
そんなことも分からない人間は愚かだ。
「そりゃあそんなこと考えるお前が阿呆なのさ。」
「知ってるよ。」
からからと黒い男の過去を笑い飛ばすもう一人に、男は恥ずかしそうに顔を逸らした。
「あの時は俺も若かったんだ。」
「今とたいして変わらんだろうに。」
「それでも俺は成長したさ。」
「へえ?」
綺麗な姿勢で正座をしている黒い男とは対象的に、偽りの顔を付けた男はだらしなく床に寝そべったままで笑みを浮かべ首を傾げた。
黒い男はどこまでも真面目で。
偽りの顔の男はどこまでもふざけている。
性分の違う二人はそのことに妙な心地良さを感じつつじっとお互いの目を見やった。
「自分の理解を超える人間に会ったからな。」
「ふーん。……………それが私だとか恥ずかしいこと言ったらその口塞いでやるからな。」
「口で?」
「ばっ!!お望みなら足蹴にしてやるよ!!!!」
「いいな。三郎の足なら口づけるのに躊躇いはないぞ。」
「黙れ変態。」
真面目に聞こうとした私が馬鹿だったと、ごろりと寝がえりをして背を向ける三郎に兵助は笑みを浮かべた。
嘘ではないし誇張でもないのだが、たしかにそれは自分にとって晴天の霹靂であったのだ。
「誰?お前。」
新しく見つけた場所で本を読んでいると、ふと影が出来て上からそんな声がかかった。
あれは二年の時だったか。見上げた先には嫌そうな顔をした不破の姿があった。
しかし彼はさっきこの本を借りたときに図書室に居たはずで。
「鉢屋か。」
「それは私の名前だ。」
名前を当てられた時にひょいと片眉を上げて不愉快そうな表情を作ったものの、やはり憮然と三郎は繰り返した。
「お前、誰。」
「久々知兵助。」
質問には答えたので本へ視線を戻す俺に、なぜか三郎は近付き俺の正面へ座りこんだ。
「そこは私の気に入りの場所なんだが。」
「だから?」
「……………………おい。久々知兵助。」
苛立った声で呼ばれ、しぶしぶ顔を上げたその先。
俺の顔があった。
三郎の変装だということは分かっていた。こうして脅かしてからかうのはやつの専売特許だということも知っていた。
だが、やはり俺の意識を驚愕が支配した。
驚き目を見開く俺に、俺が満足そうに笑う。
俺が決してすることはない笑みで笑う。
「同じ顔の人間に会うと寿命が縮むらしいな?」
「……………鉢屋は、」
「ん?」
「そうやって笑うんだな………。」
「………………仕方がない。お前は笑わないからな。真似の仕様がない。」
確かにその通りだ。俺は笑わない。そんなことは出来ないし、したことも無い。
だから、それは鉢屋の笑顔だ。
不破の時は不破の笑顔で。
竹谷の時は竹谷の笑顔で。
偽りの顔で笑う。だが俺は。
「なんだ?自分の笑顔見て驚いてるのか?」
そしてまた笑う鉢屋の姿から目が離せない。
そこにあるのは俺の顔だ。鉢屋自身の姿はどこにもないのに。笑顔だけがそれだ。
そして。俺はそれをとても綺麗だと思ったんだ。
「普段自分を隠すお前がそうして見せたのが、すごく印象的だったんだよな……。」
しみじみと呟く俺に、三郎は怪訝そうな顔で振りむいた。
「お前はあの時の方が可愛かった…………。」
「そうか?」
「そうさ。口を開けてさ、すごく驚いてた。…可愛かったのに。そんなこと考えてたのか。」
「だってお前がそんな自分を見せるのなんて、雷蔵の前ぐらいでしかなかっただろう。」
「まぁな。」
「初対面の俺に、見せてよかったのか?」
首を傾げる俺に、三郎は憮然とした顔のままで「いいんだよ。」と呟いた。
「私だって、あの無表情の兵助の笑顔を見た最初の人間なんだからな。」
三郎の。
俺の。
それぞれの表情(かお)。
「なるほどお互い様か。」
「そういうことだ。」
「お互いの初めてだったと。」
「…ほんと残念な奴だよなお前って………。」
そして笑う俺に、三郎も笑った。
あとがき
あんにゅいな雰囲気の久々鉢を書きたかったんです……。
敗因はあんにゅいを辞書で調べなかったことorz
忍たまTOP