暗闇の手
ぴちゃん、と響く音に三郎は意識を浮上させた。
だが、目の前は暗い。
身動きしようと体をよじるが、体は思うように動かなかった。
その代わり、全身に激痛が走る。
「……………っ!!」
うめき声を殺して顔を顰めるが、それに反応したのか、ふと目の前の気配が動いた。
「目が覚めたか。」
暗闇は三郎の視界を塞いでいる。
だが、声からそれが男だと、大人の男だということは分かった。
ぐっと顎を掴まれ顔を持ちあげられる。
ただその程度の動きにさえ、三郎は激痛を覚えた。
再び顔を顰める三郎に、目の前の気配が笑う。
「…子供が。随分頑張るじゃないか。」
「………………。」
三郎は喋らない。
何も、喋らない。
それが今出来る唯一のことだと知っていたからだ。
それにまた男が笑う。
「さて。次は何をする?大体基本的なやつは試してみたが、何か気に入ったのはあったかな?」
ある訳がない。
全身の痛みはまだ続いていた。それが、ますます三郎の意識を覚醒させる。
目に灯りはまだ入らなかった。目から痛みは感じないから傷ついてはいないはずだが。
痛みで感じることは無いが、空腹から目が弱っているのかも知れない。
焦点の合わない三郎に、男はまだ話し続ける。
「針も木も、我慢してたら可愛くないじゃないか。」
ぐっと三郎は再び唇を噛み締める。
三郎を捕え、そして拷問にかけている男は最悪であった。
最後に見た顔は、まだ少年の三郎を木で殴りつけ光悦とした顔をする姿だった。弱い者を痛めつけることに、強い快楽を覚える性質らしい。
だから、生かさず殺さず、ただ三郎を痛めつけている。
いずれ殺すのかもしれない。だがそれは今ではない。
痛む体に叱咤を掛け、三郎は意識を離すまいと歯を食いしばった。
「…いいね。まだ頑張るか。」
ずるり、と足が引っ張られる。そのままに、三郎は地面へ体を倒した。
冷たい地面が、いっそ痛みで火照る体に心地よい。
「実は俺の仲間が忍術学園に向かっていてな。」
ドクリ、と心臓が脈打った。
だがかろうじて残った意思でそれを顔には出さず、ただ無表情を貫き通す。
だが男はそれもどうでもいいように、歌うように話し続ける。
「お前の纏う色を渡しておいたから、だれか適当に見繕って連れてくるかもな…?」
再び、三郎の心臓が脈打つ。
三郎の忍び装束は全てはぎ取られ、今は何も纏うものが無い。
脳裏に友人たちが浮かび、目の前が真っ赤になるが、それでも三郎はかろうじてそれを表には出さない。
男には三郎の顔が見えているのだろう。あからさまにため息を吐いた。
「…つまらん。子供のくせに可愛げがないぞ。」
だが男はその自分の科白にふと視線の行き場を変える。
感じる視線が三郎の体を降りて行くのを感じ、三郎も内心首を傾げていると、不意に体がひっくり返された。
支えようとした腕は縛られ、三郎は不格好に地面に胸を突く形になる。
「…………っはぁ!」
突然肺が圧迫され息を吐き出すが、男がそれに気を向けた様子はない。
「…………まだ、試してないことがあったな。」
笑みを含んだ声に、三郎の背筋がゾワリと粟立つ。
それでもやはり表情には出さない三郎に、男はいっそ優しく声を掛けた。
「痛くしないとは言わない。ただ……舌を噛むなよ。」
「ぃっあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
今まで三郎から決して出なかった悲鳴が、喉が裂けんばかりに上げられる。
男は満足気に笑いながらそれにうっとりと耳を澄ませていた。
ヒクっヒクっと三郎の全身が痙攣している。
痛みと衝撃に、すでに今まで保っていた意識は朦朧としていた。
だがそれも、男がひとたび腰を揺すれば、再び体が裂かれるような激痛に目を見開いた。
その目から、ボロボロと涙が零れて落ちる。
それも男は幸せそうなため息を吐いて見つめていた。
「あ…あぅ、あ……あ……………。」
どろり、と三郎は自分の裂けたそこから血が太腿へ流れるのを感じていた。
異物を無理やり咥えさせられたそこの様子など、見なくても分かる。
ただ痛みを与えるためだけに入れられたのは初めてで。
いつも暴君と呼ばれたあの人が、どんなに優しくしてくれていたかを知った。
「……つ、せ……ぃ。」
「うん?」
初めて三郎が呟いた言葉に男が反応する。
だが、すでに三郎は意識を落としていて。
ただ、最後に大きな手が体を支えていることだけを感じ取っていた。
目が覚めた時、三郎の目に飛び込んだのは光だった。
「三郎!?」
三郎のすぐ横から、聞きなれた声がする。
「………ぃぞ…?」
「三郎!!」
もっとも聞きなれた相棒の声が、三郎の鼓膜を再び揺すった。
それに応えようと口を開いても、掠れたままの声は上手く形にならない。
ただ、摸倣を許してくれた、大切な友人の顔を見ることは出来た。
泣きそうな顔で見下ろしている雷蔵へ、三郎は精いっぱい微笑む。
雷蔵は虚をつかれたように涙をためた目を見開くと、直ぐに常のように目を尖らせて「この馬鹿!!」と怒った声を出した。
だがその後すぐに鼻を啜る音を出したのではそれも台無しだ。
自分でもそれが分かっているのか、照れたような顔をして「誰か呼んでくる。」と立ちあがった。
部屋を出る直前、雷蔵は赤い目をして振り返り、「おかえり。」と微笑んだ。
三郎がそれに目を瞬かせている間に、雷蔵は足音をさせて走って行ってしまう。
それを呆然と見送ってから、三郎は柔らかい布団にぽすり、と頭を戻した。
包帯が全身に巻かれているのが分かる。動こうとすると鈍い痛みが三郎を襲った。
(生きてる………。)
その痛みが、じわじわと三郎の目に膜を張る。
それが、一筋流れた後。三郎は深く息を吸い込んだ。
(生きてる………。)
瞬きして天井を見上げれば、見慣れた自分の部屋ではないことは分かった。匂いからして医務室だろう。
周囲を見渡そうと首を動かしたところで、足音が二つ、三郎の居る部屋の前で止まった。
「鉢屋。気がついたって?」
「ぃ…さ…。」
「ああ無理して喋らなくていい。まだ声は出ないだろう。」
伊作は湯気の昇る湯のみを三郎の脇に置き、まずは三郎にかけられた布団を剥いで怪我の様子を診だした。
包帯を解かれ、現れた痕に雷蔵は表情には出さず手をぐっと膝の上で握りしめる。
赤黒い打撲の痕だけならまだマシだった。
引きつった火傷の痕に、無数の切り傷、指先の包帯の下は、真っ赤になった爪。
焼き鏝に刀に針。思いつく限りの拷問方法を受けた痕だ。
そのひとつひとつに伊作が男にしては細い指で丁寧に薬を塗っていく。
顔色一つ変えない様子に、雷蔵は嘆息する。
(僕もまだまだってことか…。)
三郎は時折雷蔵に支えてもらいながら治療を受けている。
最後に、伊作が脇に置いておいた湯のみを差し出すとすこぶる嫌そうな顔をした。
「そんな顔しない。薬湯だから、これ飲んだらすぐに歩けるようになるよ。」
声も出るようになるし。
その伊作の言葉に、三郎は嫌々ながら湯のみを受け取り一気に飲み干した。
よほど苦かったのか、その目は涙で潤んでいる。
伊作がそれに笑って子供にするように三郎の頭を撫でてやった。
「偉い偉い。ほら。これあげるから。」
そして渡された小さな飴にますます三郎の眉間に皺が寄る。
伊作は雷蔵と目を合わせ苦笑し、静かな動作で立ちあがった。
「じゃあまた後で来るから。それまで大人しくしておくこと。どこか変な感じがしたら不破に言いなさい。不破、よろしくね。」
「はい。ありがとうございました。」
頭を下げる雷蔵に倣って三郎も声の出ないまま頭を下げようとする。しかし途端に走った痛みにピクリと体が跳ねた。
雷蔵は目ざとくそれを見つけ、慌てて三郎の体を元の通りに寝かせた。
「鉢屋。無理しちゃいけないよ。」
それに苦笑しながら伊作が退室し、雷蔵も三郎を見下ろす形に座りなおした。
コロコロと口の中で先ほど貰った飴を転がす三郎の姿に目を細める。
「三郎。」
声の出ない三郎は、その呼びかけに目だけを向けた。
「君が掴まって、七日が経ってる。」
「………。」
「君は四日間敵の忍に掴まって拷問を受けていた。……思い出すのも嫌だろうけれど。君は最後に失血と痛みで気を失ったんだ。そして三日前にみんなで三郎を見つけた。それから、ずっと熱に魘されて眠っていたんだよ。」
「…………。」
三郎は頷いて、話の続きを促した。
「君の居場所は、君を拷問したやつの仲間が吐いた。君を酷い目にあわせたやつも、もういない。」
そう言って微笑む雷蔵の顔は、まるで菩薩のような笑みで。
「しばらくは僕が傍に居るよ。だから、安心して、眠っていてね。」
優しく頬を撫でられる感触に、三郎はまたすぅと意識を落とした。
次の日から次々と見舞いの人間が三郎の元を訪れた。
伊作から貰った薬湯と飴(喉飴だったらしい)が効いて三郎も声を出せるようになっていた。
五年の友人たちが来た。仲良くしている低学年の子たちも。六年も。
全身に包帯を巻いた三郎に遠慮して、みんな少しだけ話してすぐに去って行った。
しかしかわるがわる見舞いに現れる人たちに三郎は嬉しそうに笑いながら、時折、扉の向こうへ視線を転じていて。
雷蔵や見舞いに訪れた人たちは皆それに苦笑しながらも「お大事に。」と声を掛けていく。
見舞客がひと段落つき、三郎が再び布団に潜ろうと手を掛けた、そのとき。
外から響く聞きなれた足音に三郎が顔を向け、雷蔵がふと笑い立ち上がった。
「三郎!!」
スパンッと勢いよく開けられた戸のその向こう。
「ななまつ、せんぱい……。」
装束は泥だらけで。ところどころほつれていて。髪もボサボサで。どれだけの速さで走ってきたのか、息を荒くして。
七松小平太がそこに立っていた。
本当は、自ら起きてでも会いたくてたまらなかったその人の登場に声も出ない三郎に変わり、雷蔵が苦笑する。
「随分遅かったですね。」
「ああ…ちょっとな………。」
小平太もそれ以上言わず、ただ包帯に巻かれ上半身を起こした三郎だけを見つめていた。
「三郎。」
「え?あ。」
「僕は食堂にお茶を入れに行ってくるよ。」
「あ、らいぞ、」
「七松先輩。ごゆっくり。」
雷蔵としては恋人同士である二人に気を使ったのだろうが、三郎は奇妙な緊張に苛まれていた。
そんなことを知る由もなく、小平太は雷蔵と入れ違いに部屋に入り、三郎の横に座る。
「もう…起きられるのか?」
「大人しくしていれば…大丈夫だと。」
「そうか……。」
三郎のその言葉にようやく、小平太の体から力が抜ける。
「伊作もみんなも意地悪だ。さっきようやく長次から面会の許可が出たって聞いたんだぞ。」
「あはは。なるほど。」
顔では笑いながら、三郎は己の背中に嫌な汗が流れるのが分かった。
だが、その正体がつかめないまま心の内でだけ焦りが募る。
なぜ。愛おしい人といるのになぜ。と
小平太そんな三郎に気づかず、柔らかい笑みを浮かべていた。
「よかった……本当に。」
そして伸ばされた手。
男らしい、ごつごつした手が、三郎の頬を撫でる。
途端、三郎の耳に、水音が、
「あ、あああああああああ!!!!!!」
「三郎!?」
「あ、ぅあ…ご、ごめんなさ……、」
口で謝りながらも、三郎は振り払った手が所在なさげに目の前にあるのを青ざめながら見つめる。
それが触れた瞬間、抗えない恐怖が沸き起こった。
雷蔵も、伊作の手も大丈夫だったのに。
小平太のそれが、三郎の暗闇の記憶を揺さぶったのだった。
「三郎!?どうしたの!?」
「ぃぞ、らいぞ!」
慌てて戸を開けて現れた雷蔵に、三郎が助けを求めるように必死に手を伸ばす。
それを当然のように受け止め抱きしめる雷蔵を、小平太は半ば呆然と見つめていた。
三郎は怯える子供のように雷蔵の胸へ顔を埋め、カタカタと体を震わせていて。
その様子に、小平太痛む胸を抑えながらそっと部屋を去った。
「小平太。」
「よう、いさっくん。」
長屋の屋根の上でぼんやりと遠くを見つめる小平太に、伊作が音もなく近寄る。
隠されていない気配に驚くことなく応える小平太に笑いながら、その隣へ腰を下ろした。
「鉢屋に会ったんだって?」
「………うん。」
「こっぴどく嫌がられたんだって?」
どこか面白がるような伊作の口調に小平太がジロリと伊作を睨む。
下級生なら怯えて息を飲むその表情にも、伊作は飄々と微笑んだままだ。
威嚇を無駄だと捕えて、小平太は視線を元に戻した。
「…………あの野郎。もっといたぶれば良かった。」
ぼそりと呟かれた言葉に伊作は苦笑するしかない。
同行した文次郎と仙蔵から聞く限りは、三郎を拷問した男は痛みと恐怖に狂って糞尿を撒き散らしながらの散々な死に様だったらしいのだが。
しかも最後には肉片しか残らなかったという事実からこの男の怒りようも分かるのに、それでもまだ足りないという。
「地獄に落ちるよ。」
「知ってるさ。」
軽く返される返事に肩を竦めて伊作は本題を切り出した。
「鉢屋だけどね。医務室に運ばれて来たときは、目が見えていなかったよ。」
「…………?」
「空腹と拷問からだろうけど。暗闇の中で小平太がお肉にした男と周りの音しか感じなかったんだろう。」
視覚は重要だ。言うまでもなく。
自己と他者。それに敵味方の区別にも。視覚は重要な役割を果たす。
それを奪われた三郎は、他の感覚から敵を判断するしかなかった。
そしてその記憶はとても曖昧で。
「……錯覚、か。」
「そういうこと。時間が経てば解決するかもしれない。でも、しないかもしれない。」
「どうすればいい?」
「そんなのは自分で考えなよ。」
「藪医者め。」
「僕は医者じゃないさ。それに。」
僕は鉢屋に拒まれなかった。
愉快そうなその声が聞こえた瞬間小平太の手から苦無が解き放たれるが伊作の姿はすでに無い。
穴に落ちて上から水でもぶっかけられろ。と心の中で悪態をつきながら、小平太は立ちあがった。
時間で解決を待つほど、長閑な性格ではないのだ。あいにくと。
日の落ちた部屋の中で、三郎は意気消沈していた。
思い切り、小平太の腕を拒んでしまった。恐怖し、拒絶して顔を背けた。
三郎の目に涙が浮かぶ。
「嫌われたらどうしよう………。」
そんな女々しい呟きも嫌になるのに、「それはない。」と返された声が聞こえたから尚更。
「さっきは驚かせて悪かった。」
「いいえっ…私が…………。」
怖がる三郎を考慮してだろう。小平太は声はすれども姿を現さない。気配も消している。
「三郎は何も悪くない。」
ただ、優しい声だけが三郎の耳に届く。
気を使わせている、とまた自分を情けなく感じる三郎を封じるように小平太が「三郎が無事でよかった。」と言った。
言ってくれた。
「せんぱい…………。」
「だがな。三郎。」
「は、」
「心配で堪らなかった恋人が戻ってきて触れられないというのは、正直、キツイんだ。」
その言葉に三郎が俯く。
「三郎、私が恐ろしいか?」
「いいえ!」
「そうか。」
俯きながらも首を振る三郎に、小平太の声が安堵を帯びる。
そして、三郎の視界が塞がれた。
「っ!!!!」
「おっと、落ち着け、三郎。」
瞬間もがこうとする体を力強い腕が拘束する。
それに三郎は動くのを止めはしたが、カタカタと震える体は抑えようがない。
「せ………んぱ、」
「ああ。ここに居る。」
いつもの小平太の声に縋るように声のする方へ顔を向けるが、当然その姿は見えない。
はっ、と無意識に荒くなる息を吐いた唇に、そっと柔らかな感触が落とされる。
「…ここにいるのは私だよ。三郎。」
お前を壊す闇じゃない。
そう、優しい声が囁くのに。三郎の体は震えて治まる様子が見えない。
今三郎にあるのは、視界の効かない闇と、己を縛る強い力。
それに、小平太の声だけだ。
ただの人間ならばよかったのかもしれないと、ジワリと布に涙が染みる。
それならば、小平太のことだけを感じられたかもしれない。だが。
三郎は知っていた。
声を変えることも、触感を欺くことはたやすいということも。
「…んぱい、せんぱいせんぱいっ!」
「ここに居る。」
濡れた布に温かな感触が落ちる。
ひくっと体を震わせた体を、三郎を拘束する腕が優しく撫でて宥める。
「お前を抱いているの私だ。七松小平太だ。」
「ななま…つ、せんぱ………。」
まだ、体の震えは止まらない。
だが、三郎は抱きしめる腕に確かめるように体を寄せた。
それに力強く抱きしめることで応えると、また三郎の体がビクリと震える。
しかし今回は一瞬で、三郎は今度は頭を小平太の肩口に頭をすり寄せふぅ、と息を吐いた。
その息が首に届き、くすぐったさから小平太は体を身じろぎさせた。
だが三郎を抱きしめる腕も、優しく撫でる手も変わらない。
大きな、男らしい手は、確かに三郎の知っているものだった。
「ななまつ、先輩。」
体の震えは止まらない。根深く差し込まれた恐怖はそんなに簡単には拭えない。
だが、小平太の腕はそれをほとんど退けてしまった。
「ここにいるのは、私だよ。三郎。」
「七松先輩……。」
だが、これは小平太だ。
今三郎を抱きしめている腕は、優しく撫でる手は、三郎の細い体を覆う大きな体は、太陽と土の匂いは、確かに小平太だ。
いまだ布は三郎の視界を塞いでいる。だが、今三郎を抱きしめているのは小平太だと、三郎は体の力を抜いた。
それを確認して、小平太はようやく三郎の目を覆う布をとり去る。
直ぐ目の前に現れた小平太は、三郎の知る、自信満々の太陽のような笑顔、ではなく。
母親とはぐれたような、情けない顔で。
三郎は思わず噴き出してしまった。
「……三郎。なに笑ってるんだ。」
「す、すみません…。」
布を外した途端また拒絶されはしないかと、柄にもなく緊張していた小平太はがっくりとため息と共に体の力を抜いた。
三郎は声は立てないものの顔は笑みを浮かべたままである。
その笑顔に、小平太は今まで自分の内に秘めていたものが溶けだすのを感じた。
そして衝動のままに行動する。
「っん!んぅ、は、せんぱ、んっ!」
「三郎…三郎三郎。」
何度も、何度も頬を、頭を撫でられる。
言葉にされずともその懇願は三郎に届いている。
暗闇でも分かる赤い顔が、こくりと頷いた。
「……っは、あ、ああっ!!!や、せん、あっ!!ひゃんっ!!」
寝巻は苦もなく全てはぎ取られ今は生まれたままの姿の三郎が布団の上に横たえられている。
その体を、小平太優しく、優しくと己に言い聞かせながら撫ぜていた。
「………なんか、初めての時みたいだ。」
「っは…なに、あ!!やぁっあぁん!!」
「はは…っ、すげー緊張してる……。」
小平太が覆い被さりながら、切ない吐息を漏らす三郎を見下ろす。
自分のすぐ上にいる小平太に三郎は泣きそうな笑みを浮かべた。
「…っおたがいさまです。」
「そっか。」
「っ!!あっ!!そ、あっだめ、や、あっせんぱ!!」
小平太の指が、そっと三郎の双尻の狭間を撫でる。
また、脳裏をよぎる恐怖に三郎の体が大きく震えだす。
快楽からではないそれに、小平太は三郎を覆っていた体を下ろして、その目を覗きこんだ。
「三郎。三郎。こっち見ろ。」
「ひっ、ふ、ぅ…うぅ……。」
カタカタと震えながら、それでも拒絶の言葉は出さずに三郎は小平太を見上げた。
「手を貸してみろ。」
今度こそ不敵に笑う顔に、三郎は無意識に手を小平太へ伸ばしていた。
それを取って、掌に小さく口づけを落とされる。
それから小平太の腕や、肩、背中へ三郎の手を伸ばさせる。
そのどれもが、三郎の記憶にあるものと寸分違わない。
「……………ななまつ、せんぱぃ」
「そう。」
怖いなら、しがみついてろ。
と三郎の両腕を背中へ回させて、小平太は見えないままに三郎の下肢へ手を伸ばす。
後孔を指でなぞると、三郎の体がビクリと震えた。
しがみ付く腕も震え、指先は拒むように小平太の背中へ突きたてられている。
つぷ、と侵入した指を、三郎のそこは喰らいつくようにキツク締め付ける。
まだ緊張しているせいもあるのだろうと、小平太はゆっくりとそこを慣らした。
ときどき額や頬や唇へ小さくキスを落とし、「三郎、」と熱の籠もった声で名前を呼んでやりながら慣らせば、しばらく経った後そこは指を数本飲み込む程になる。
三郎の目も、恐怖に慄くものではなく快感に蕩けたものへと変わっている。
それを確認して、小平太は三郎の秘所から指を引き抜き、もう限界まで張り詰めた自身を当てる。
また、恐怖に少し揺らめいた三郎の目にそっと微笑んで汗で額に張り付いた髪を避けてやった。
「三郎。」
何度も、快楽に溺れそうになりながら何度も呼ばれる声に三郎は涙を零した。
「せんぱ……。」
小さく返して、その逞しい体へしがみ付く。
今いるのは小平太なのだと。自分に分からせるために。
「はっ、あ、ぁっあああ!!ひぁああああ!!」
「ふっ、…っはぁ、さぶろうっ……大丈夫か?」
ゆっくりと自身を三郎の中へ埋めたあと、荒く息を吐きながら小平太が三郎に問うが、三郎はただ首を縦に振るばかりだ。
とても大丈夫なようには見えないので、弾けそうになる欲を堪えて小平太はじっと三郎を見下ろし待つことにした。
やがて慣れてきたのか、三郎が恥ずかしそうに俯いて視線を彷徨わせたあと、そっと上目使いに小平太を見上げる。
「せ、んぱ…もう、平気ですから………。」
「そうか。」
そして微笑む小平太が、三郎の数少ない見たことの無い程優しいもので。
思わず赤面して背けた頬に小さく口づけを落とされた。
それに驚いてまた顔を上げると、突然奥を穿たれ「アッ!!」と甲高い声が部屋に響いた。
「ぁっ!ああああ!!!んぁ、あっ、せ、ぱ…あああ!!!」
「三郎、三郎っ」
ぽたり、と雫が三郎の顔にかかる。
それに揺さぶられながら目を上げると、それは汗ではなく。
小平太の、瞳から零れていた。
それに手を伸ばそうとしても、激しく揺らされる体にしがみつく手を離すことが出来ず。
意識を白く染めた瞬間、
「三郎が、生きてて良かった…。」
と、この人らしく無い小さな弱々しい声が耳に届き。
そして三郎の体を抱きしめる腕に、黒く意識が落ちる瞬間既視感を感じた。
目が覚めても、小平太が隣にいた。
「おはよう。」
「おはようございます………。」
三郎を両腕の中で守るように抱きしめ、小平太が目の前で微笑んでいる。
その腕をじっと見て、三郎が首を傾げる。
「……先輩。」
「うん?」
「私を、助けてくださったとき…、」
「ああ。驚いたぞ。血だらけでぐったりしてるから、急いでお前を抱えていさっくんのところに行ったんだ。」
でもすぐに追い出されてあの男を追いかけたがな。
そう笑う小平太に、三郎は赤くなる顔を隠すようにその固い胸へ顔を埋めた。
では、あの最後に感じた腕は。
(…最初から怖がる必要なんて無かったんだ。)
「三郎?」
「先輩。」
「ん?」
「………………たすけていただき、ありがとうございました。」
三郎はそれを二重三重の意味で伝えたが、小平太はただ笑って
「気にするな!」
と豪快に言うのであった。
あとがき
一万打フリリク「七鉢。忍務で失敗し拷問を受ける三郎を助けてその時の不安や恐怖をなくすために色々頑張る小平太 」でした!
たいっへん長らくお待たせしました!!!!!申し訳ありません本当に!!!!!
しかもこんなに長くなってしまって…。
がんば…うん頑張ってます当社比……。個人的には黒伊作が大変好みだと思いました。
匿名の方からのリクエストなのでフリーにします!!ご自由にお持ち帰りください!!!