行動理由






ぽすんっ、と軽い衝撃が背中に当たる。
勘右衛門はそれに踏鞴を踏むことも無く、後ろを振り返った。
「鉢屋。どうしたの?」
「………。」
黙ったまま勘右衛門の背中から顔を上げない三郎に、勘右衛門は顔を正面に戻して「んー?」と首を傾げた。
「雷蔵はさっき兵助と食堂にいたよねぇ。」
「………。」
「ハチはさっきキミ子が見つかったって騒いでたから今頃部屋にいるだろうし。」
「………。」
勘右衛門の言葉にも何か反応する様子はない。
ただ勘右衛門の腹に腕を回して、装束をぎゅっと幼子のように掴んでいるのだ。
勘右衛門もされるがままに動かずに三郎の好きなようにさせている。
廊下で二人がそんなことをしているのだから通行の邪魔になってしょうがないが、すれ違う同級生たちは奇行の主が三郎だと当たりをつけるとなにも言わずにそこを避けた。
そのことに勘右衛門は苦笑して、「はーとや。」と腹に回された手をポンポンと叩く。
「どうしたんだよ。言ってごらん?」
「……………。」
三郎は黙ったまま動かない。
そして勘右衛門も三郎の好きにさせたまま動かない。
両者がそんな調子のものだから、外はすぐに日が落ちた。
周囲に灯りが灯され、薄暗い廊下はますます視界の効きづらい状況になる。
しかしそこまで至ってようやく、三郎がもぞり、と顔を上げた。
その気配に勘右衛門が「ん?」と微笑みながら振り返る。
常と変わらない笑顔の勘右衛門に、三郎は何故か顔をしかめ再び勘右衛門の背中に顔を埋めた。
「はーちや。どうしたのー?」
何度目かもわからない問いだが、勘右衛門は背中の感触がもぞりと動き口を動かされているのを感じた。
「ん?」
「なんで…笑ってるんだ。」
「なんで?って?」
「今日ずっとこうして私は勘右衛門の時間を文字通り拘束したんだぞ。何故、怒らない?」
そしてまたチラリと顔を上げ、驚いた顔の勘右衛門を仰ぎ見る。
勘右衛門は数回瞬きをして、そして今度はぷっと吹き出した。
その反応にふざけられていると感じたのか「勘右衛門!!」と怒った声で三郎が勘右衛門を睨む。
その刺すような視線にさえ勘右衛門は微笑み、体を震わせて笑う。
「鉢屋さぁ。」
「何だよ……。」
「馬鹿でしょう?」
「なっ!!!」
「なーんでずっと黙ってるのかと思えば。なんだもうかわいいなぁ。」
そしてまたくすくす笑い出す勘右衛門に、三郎は体を離し背を向けた。
「おっと。」
「放せ!!私は帰る!!」
「いやいや。鉢屋まだ答え聞いてないだろ?」

腕を捕まれ振り払おうとするのを、その言葉でぴたりと止める。
「………。」
「寂しかったんでしょ?」
「ちがっ!!」
「そう?俺は嬉しかった。」
からかうような声音に反射的に否定を返そうとしたが、勘右衛門の言葉に目を見開く。
信じられないと語る目に、勘右衛門が優しく笑って「嬉しかった。」ともう一度囁く。
「好きな子にさぁ。ぎゅーってされて嬉しくない男がいるかよ。」
「…なに、それ。」
「舞い上がる前に鉢屋の様子おかしいから心配したけどさ。もうなんだよそんなことか。」
「勘!!」
「ん?」
「…なに?なんだって?」
「心配した?」
「その前。」

「好きな子?」
「誰が…?え?誰?」
「俺が。鉢屋を。」
驚きのあまり片言になる三郎にまた笑いを堪える表情をして勘右衛門が根気よく繰り返す。
「俺が、鉢屋を、好きなの。だから、ぎゅーってされて嬉しかったの。」
「…………。」
三郎はもはや言葉も無くポカンと勘右衛門を見つめている。
だが数回瞬きをし、ゆっくりと自覚し始めたのか徐々に三郎の顔が赤く染まり出す。
「鉢屋。なんで俺にぎゅーってしたの?」
「…………っ!!!!」
顔が完全に赤くなったのを見て、勘右衛門は嬉しそうな顔を隠すことなく疑問を飛ばした。
それを投げられた三郎は、捕まれている勘右衛門の腕を振り払いその場から一瞬で姿を消し去った。
残された勘右衛門は浮かぶ笑みをそのままに呟く。
「逃げたって、絶対捕まえるよ。三郎。」
今度は俺からね。
落とされた呟きは三郎が知ることもなく他の誰かが拾うこともなく、ただ静かに夜の闇に消えていった。

あとがき
なんか書きたくなった勘鉢。
なんかもう勘ちゃんの背中に飛びつきたいし三郎に後ろからぎゅーってされたいしいったい私はどっちを羨ましがればっ!!!
勘ちゃんの背中は三郎を受け止めるためにあります。

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