北風と太陽



むかしむかしのお話です。

あるところに、外套を羽織った旅人がおりました。



頭が、痛い。
三郎は人に見られないように顔をしかめる。
風邪でもひいたのだろうか。しかし体が少しだるいくらいで別段生活に支障はない。
大丈夫。
休んだら、あいつらはすぐ心配するし。
自分に対しては妙に心配症になる同級たちを思い浮かべて、三郎の顔に笑みが浮かぶ。
うん。大丈夫。



懸命に旅を続けるその人を、北風と太陽が見つめていました。
北風が言います。
「太陽よ。どちらがあの外套を脱がせるか勝負をしよう。まずは私からだ。」


(あ…。)
学級委員長委員会の委員会室、という名の休憩所。
いつもふざけている三郎は、今日は黙々と委員長としての仕事をしている。常にない姿に彦四朗と庄左エ門は顔を見合わせ首を傾げたが、仕事をしているのを咎める訳にもいかずそのまま三郎の補佐へと回る。
「彦。この書類はいつ来た?」
「3日前です。会計の田村先輩が持ってこられました。」
「演習場の貸し切りねぇ…。ギンギン先輩も良くやる。じゃあこれ、会計委員に渡しに行ってくれ。」
「わかりました。行ってきます。」
「庄。一緒に行ってきてくれるか?帰りにおばちゃんのところからお茶を入れてきて欲しいんだ。あと、いつもの場所からお菓子を取っておいで。」
「会計委員に行った後ですか…つくづく潮江先輩に喧嘩売ってますよね。」
「まあまあ。よろしく。」
「はぁ。分かりました、」
「行ってらっしゃーい。」
ニッコリと、いつもの笑顔で三郎は二人を送り出す。
彦四朗と庄左エ門が部屋から出て扉を閉める直前。
庄左エ門は、軽く、息を吐く三郎を見た。
そして気づいてしまった。
「鉢屋先輩。」
「ん?どうした庄左エ門。」
「…具合が悪いのなら、少しお休みください。」
まっすぐに見つめてくるその瞳に三郎が苦笑する。
突き刺さるようなその瞳に見つめられたら、何もかも暴かれてしまいそうだ。
しかし、その瞳の刃から逃げるように、三郎は笑顔の楯を浮かべる。
「…なんのことかな?」
「鉢屋先輩。」
「久々に集中して仕事したから、少し疲れたが別に具合が悪いわけではないよ。大丈夫。」
(嘘だ。)
とっさにそう思った。
(五年生で、三日続けて任務をこなしてもピンピンしてる人がたった一刻だけの仕事で疲れるはずがない。)
目は口ほどに物を言う。あくまで疑いの目を向ける庄左エ門に、三郎もまた、目で語りかける。
(お前が心配することはないよ。)
その、拒絶の笑顔。
しばらく互いに視線を交わし合う。横で彦四朗がきょとんとしているのはわかっていたが、二人は無言で攻防を続けていた。
そしてそれを断ち切ったのは、三郎の方だ。
「…ほら。遅くなってしまうから、もう行きなさい。」
その言葉に、どうやっても休ませることができないと理解してしまった庄左エ門はため息を吐いて「…分かりました。」と折れた。
(せめてゆっくり行って、この人を一人で休ませなければ。)
静かに閉められた戸を、三郎はじっと見つめて、今度こそ大きく息を吐いた。
(庄左エ門にばれてしまうなど…私もまだまだだな。)



北風は懸命に息を吹きかけて外套を脱がせようとしますが、旅人はその度にきつく外套を握りしめ離そうとしません。
やがて、北風は諦め、息を吹きかけることを止めました。
「では、私の番だね北風さん。」



彦四朗と庄左エ門がお使いに出てしばらくした後、ガラリと乱暴に戸が開けられた。
「さぶろー。いるかー。」
「ハチ。こんなところになんの用だ?」
「ん。今月のうちの生物のリストの書類渡しにきた。」
「ああ…。わかった。預かるよ。」
「うん。………………。」
「なんだよ?」
竹谷はじっと三郎を見つめて、それからドカリと三郎の横に腰を下ろした。訝し気に見つめる三郎の視線を気にせずに三郎が向かっている文机の上を覗き込む。
「おい。」
「お。珍しく真面目に仕事してんのか三郎。」
「…当たり前だろう。」
「そうか。偉いな。」
「…別に。」
そっぽを向いて言う三郎に、竹谷はいつものように明るく笑った。大きな手が三郎の頭をまるで幼子にするように撫でまわした。
「っおい!!」
「偉い偉い。」
「子供か私は!やめろこの馬鹿っぱち!!」
「偉いから、俺が膝枕をしてやろう。」
「へ?」
撫でまわしていた手に突然力がこめられ、警戒していなかった三郎はそのままその力に従い倒れる。受け身も取らずに倒れたが、竹谷の太ももに頭が当たったおかげであまり痛くは無かった。
膝の上で茫然としている三郎を見下ろしながら、竹谷は頭を撫で続ける。
「真面目に仕事したから、少し疲れただろう?休めよ。」
(こいつ…。気付いて…。)
それは、先ほど三郎が庄左エ門にした言い訳だ。
三郎のプライドが傷つかないようにそんな似合わないフォローまでして。
(せっかく…ばれないように…してたのに…。)
「ん?」
無言で睨みつける三郎の頭を笑顔で撫でる手は大きくて暖かくて、しだいに三郎の頭が霞かかってくる。
頭の下の温もりも、一定のリズムで優しく体を叩く手も、頭を撫で続ける手も。全てが暖かい。ゆっくりと体がぬるま湯の中に浮かんでいるような、感覚。
まるで暖かい春の日差しのような、ふわふわしたもので大切にくるまれているような。
うとうとと瞼が閉じられる。
次第に遠のいていく意識の中で、
「頼むから、たまには頼ってくれよな。」
と小さな声で呟く竹谷の声が聞こえた。



太陽は自分の暖かい日差しで旅人を照らしました。
ぽかぽかと暖かくなった旅人は自ら外套を脱ぎました。
「勝負は私の勝ちだね。北風さん。」



庄左エ門は小さく開いた戸の隙間からそっと部屋の中を覗いた。するとそこには、先ほどまではいなかった生物委員長の竹谷八左ヱ門が、愛し気に三郎の頭を撫でてやっていた。
入ろうかどうしようか迷っている庄左エ門に、竹谷が気配で分かったのだろう。戸に向かって微笑んで、口の前に人差し指を立てる。
その意味を理解した庄左エ門はため息を一つ吐き、お茶とお菓子を廊下に置き、複雑な思いのまま立ち去った。
(もし僕が…、)
(もし僕が、鉢屋先輩と同じ年であったなら、)
(鉢屋先輩は、さっき頼ってくれたんだろうか?)
自分はまだ小さいから。
まだ未熟だから。
だから、敬愛する先輩は頼ってくれないのだろうか?
(……違う。)
そんな考えを心で否定する。
(僕だから駄目なんじゃないんだ。)
(鉢屋先輩は、不破先輩や竹谷先輩や、久々知先輩だから…。)
(僕が特別なんじゃない。竹谷先輩たちが特別なんだ。)
自分でそこまで考えついてしまったことに、庄左エ門は少し、涙が浮かびそうになった。
(僕が、あなたの特別になれる日は来るのでしょうか、鉢屋先輩…。)
振りかえり、心の中で呼びかけても、当然、返事は無かった。



勝負に負けた北風は、ため息をついて去ってしまいました。
勝負に勝った太陽は、暖かい日差しで旅人をいつまでも暖かく照らしていました。



おしまい。


あとがき
北風を雷蔵にするかと思ったけど、どう考えても彼は太陽属性だと断念。
なので、庄ちゃんに切ない思いをしてもらいました。
あと長次に絵本読んで欲しい。

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