君に似合うのは紅い石
教室の窓が開け放たれ、爽やかな風が教室へ吹きこんだ。
耳元で、髪がこすれてくすぐったい。
先日切ったばかりの髪を自然な仕草で掻き揚げれば、「あ!」とすぐ隣から鋭い声が耳を貫いた。
「…どした?三郎。」
「おまっ、おまえ…っそれ!!」
「ん?……ああ。」
三郎が俺の顔を指差すものだから、とりあえず眼鏡、頬、耳と触れていってようやく三郎の悲鳴の原因に思い至る。
「これのこと?」
「そ…れ!ピアスって!!なんでだよ!?」
「なんでって……。」
戦慄く三郎に首を傾げながら、はて俺は何故ピアスなどを開けたのだっけと思いを巡らせた。
「…勧められたから?」
「誰に!」
「斎藤。」
その名前に三郎の顔がビシリと強張った。「あのばななころす…。」と不穏な言葉を呟きながら三郎は怖々といった様子で俺の耳へ手を伸ばす。
そっとその冷たい指が触れた途端疼いた痛みに小さく眉を顰めると慌てて手を離した。
「悪い…痛かったか?」
「いや。そうでもない。」
じわじわと熱を持つそこは、痛みではなく痒みに似た疼きを感じさせる。
ああこれは間違いなく傷なのだと、それが今更ながらに俺に教えていた。
「…痛いだろ?」
再び伸ばされて手は俺の耳に触れることなく、そっとその前にかかる髪を避ける。
現れたプラスチックの針に、また三郎が顔を顰めた。
「…三郎も開ける?」
「は?」
「きっと似合う。」
たとえば紅い石なんかはどうだろう。目と同じ琥珀色でも良いかもしれない。
想像して楽しくなってきた。
三郎はそんな俺を見てパクパクと口を開けたり閉じたりしている。なにか言いたいらしいが言葉にならないようだ。
三郎が落ち着くのをじっと待って、ようやく「しょ、しょうがないな!!」と紅い顔で叫んだ。
「お、お前だけ開けてるんじゃ寂しいだろうと思って!!」
「勘ちゃんも開けてるぞ。」
「あ!う…、えと、お前が!あ…す、勧めるから!あ!!」
言い終わってからしまったという顔で口を手で塞ぐ仕草が子供のようだ。
思わず噴き出してしまって三郎に睨まれる。でも正直、赤い顔で睨まれても怖くないんだが。とくに同じ顔の彼に比べれば。
「うん。じゃあ、俺の家においでよ。失敗した時用にまだ使ってないのがあるから。」
「おう…。」
目を逸らしながら頷く三郎に、俺は満足気に目を細めた。
放課後になり友人たちが部活や委員会へ行ったのを確認して、俺は三郎の手をとった。
「っなんだよ。」
「逃亡防止。」
「う…。」
痛みに弱い三郎だから、先手を打たねば逃げられてしまう。
案の定悔しそうな顔をした三郎の手を引いて、まっすぐ俺の家に向かった。
「はいどーぞ。」
「…おじゃまします。」
両親はまだ仕事から帰ってこない。
何度か来たこともある三郎を部屋に行かせ、俺は飲み物をとりに台所へ向かった。
暑いから氷をたくさんいれたグラスに、麦茶を注ぐ。
冷えたグラスを両手に持って部屋に戻ると、三郎は少し緊張した面持ちで俺のベッドの前に座っていた。
「なに緊張してんの?」
「うるせっ。」
吐き捨てるように返して一気に俺の持ってきた麦茶を飲み干す。
カラン、とグラスの中で大量の氷が響いた。
「んじゃやるか。」
がさり、と購入したまま袋の中にあるピアッサーを取り出す。目の端で、三郎がビクリと体を震わせたのが分かったが、知らないふりをしておいた。
「ほら。耳出して。」
「う…うん。」
少し頭を横に倒して、耳が上を向くようにする。かかっていた髪は手で避けた。その時三郎の喉が動いた気がしたけれど、俺は小さな耳朶に視線を注ぐのに夢中だった。
「…小さいな。三郎、どの辺に開ける?」
「ま、任せる。」
「ん。」
そっと綺麗な形の耳に触れると、三郎がまたビクリと震える。
指から伝わる感触は滑らかで、これが最後になるのだと思うともっと見ておかなければいけない気がした。
三郎の小さな耳朶を指で優しく挟んで、それから擽るように耳の内側にも少し指をさしこむ。散々弄って、三郎が「っふ」と擽ったそうに息を漏らしてようやく手を止めた。
「へ…へいすけ?まだ開けないのか?」
「ん。今開けるよ。」
「え。いやちょっとまっ、ひゃあ!!つ、冷た!」
「先に消毒。んで、開けるぞ。」
「だから待っ………っ!!!!」
ガチンッ、と鈍いバネの音が響く。三郎は息を詰めて衝撃に耐えているので、俺はそっと穴の開いたばかりの耳からピアッサーを外した。
…透明な針から、少し血が滲んでいる。針で塞がれているため滴るようなことは無いが、赤い色が三郎の白い肌に鮮やかに映えていて。
なんとなく見ていられなくて、俺は視線を下に落とした。
「……………三郎?」
膝の上で握られた拳が、小刻みに震えていた。力いっぱい握っているらしく指が白くなっている。
「三郎?」
「うぅ………。」
俯く三郎を、下から覗きこむ。
そして、俺は驚きに目を見開いた。
ぽたり、と水滴が俺の頬に落ちる。水滴は、三郎の目から落ちていた。
「……そんなに痛かったのか?」
唇を噛み締めたまま首を横に振る。だが手もその体も、いまだに小刻みに震えているのに。
「……び、っくり、した。」
小さな声も、なんだか震えているようだ。
「待って、って言ったのに…。いきなりするし…痛いし……まだ、痛いし。」
「やっぱり痛いんじゃないか。」
「い、痛くて泣いてるんじゃないからな!!吃驚しただけだからな!!!」
「そっか。」
俺は体の位置を元に戻して、目の前で俯いている三郎の頭をそっと撫でた。衝撃を与えてしまうと痛いだろうから、なるべく優しく。
「三郎。顔上げて。」
「…?」
「ほら。」
そっと顔を上げる三郎に、俺は普段は浮かべないような笑みを浮かべて自分の髪をかき上げる。
「おそろい。」
「っ!!!!!」
三郎が顔を真っ赤にして俺の胸倉をがっと掴んだ。
だがそこまでして言葉が出てこないのか、ぱくぱくと口だけをただ動かしている。
「………嬉しい?」
「違うわぼけ!!!」
今度は即答だ。
三郎はバッと俺から手を離し自分の鞄を掴んだ。なんだもう帰るのか。
「三郎。」
「なんだよ!」
「黴菌入るから今日は頭洗うなよ。もし黴菌入ったら膿んですごい事になるから。」
「わ、わかった。」
さっきまで怒っていたのに素直に頷く三郎に少し悪戯心。
「…まぁもし黴菌が入ったら舐めて消毒してや、」
「じゃあな!!」
バタンっと乱暴に扉が閉められる。
今頃また真っ赤になっているだろう三郎を想像して、俺は小さく笑い声を零した。
今俺の耳に疼く穴の片側は、塞がれるだろう。片方だけ開いてればいい。
最初の贈り物に思いを馳せて、俺は目を閉じた。
あとがき
えr書こうとして挫折したよ!!氷ぷれいを入れようとした跡がむなしい…。
でもとりあえずピアス開ける兵助と開けられて泣いちゃう三郎書けたから満足!!!
この後兵助は片側だけ開けておいて、三郎とピアス分けっこします(笑)
大丈夫!兵助も赤似合うよ!(そういう問題じゃ)