君だけのアンコール







音楽室というのは、大抵学校の最上階にある。なぜか。

「で。なんで楽器保管場所が階下なんだ…!?」
「しょうがないよ。上の保管庫はティンパニとか木琴とかで埋まってるからね。」
そう笑いながら階段を上る雷蔵の息は白い。三郎はそれに眉をしかめて足を速めた。
「早く帰ろう。寒い。」
「そうだね。」
しかも今日は二人ともブレザーの上着を置いてカーディガンを着ているのみだ。ネクタイが多少隙間風を防いでいるがそれに感謝するほど温かくはない。
二人が着いた先の音楽室は色々な音で溢れている。
人の話す声。楽器のチューニングの音。机を動かし自分の譜面台を置く音やメトロノームのカチリカチリという音も、全ては一つの雑音だ。
二人も寒さでかじかむ手をさすりながらその中に加わる。
慣れた手つきでケースを開き、借り物の楽器を眺める。
二人が取りだした楽器はアルトサックス。しかし三郎のものにはベルの部分に綺麗な彫り模様が施されている。
それぞれの楽器を取り出す前に、一緒に入っている揃いの小箱を取り出した。
「ありゃ。雷蔵。」
「ん?」
すでに中身のリードを咥えていた雷蔵は不明瞭な発音で楽譜を探す顔を上げる。
三郎は眉を下げて空の箱を振った。
「リード切らした。一個ちょうだい。」
「んー。」
雷蔵は頷いて煙草でも分けるように箱を差し出す。三郎は「ごめんな。」とそれに手を伸ばす。
一枚取り出すのを確認して、雷蔵は再び箱をケースに仕舞った。
「ふぇーさふろー、ひょーのひょくっれさぁ。」
「雷蔵。わからないからな。」
三郎がリードを咥えようとしてた手を止め苦笑する。それに照れたように笑いながら、雷蔵は口からリードを離した。
「今日の曲ってもう暗譜した?」
「ん。」
新しい木の板の味に眉を顰めながら三郎は頷く。新しいリードはより念入りに湿らせなければならない。しかし、当然美味しい訳ではないのだ。
不機嫌そうな顔の三郎に雷蔵が笑って「さすが。」と頷く。
「ね。やって見せてよ。」
三郎は器用に片眉を上げ無邪気に強請る雷蔵を見つめる。
「あとで聞けるだろ?」
「それじゃあゆっくり聞けないじゃないか。」
間髪いれず拒否をさらに雷蔵に却下された。
「…まだみんな練習始めてないし。」
「そんなこと無いよ。始めてる子だっているよ。」
「いや。私は合わせる時だけで…。」
「個人練習サボるの部長に言いつけるよ?」
「………まだリード湿ってない。」
「なんだそんなの。」
悪あがきの三郎の言葉を雷蔵は一笑して手を伸ばす。
ビクリ、と一瞬三郎が体を震わせるが、雷蔵の手は三郎の唇から咥えられたリードに触れた。
そしてそれを攫うと、ぱくりと己の唇で咥える。
「ほら。こっち使えばいいだろ。」
そう言って雷蔵は今まで咥えていた自分のリードを開いたままの三郎の口へ差し込んだ。
文字通り口を塞がれ、三郎は呆然と雷蔵を見つめていたが正気に戻ると同時に周囲を見渡した。
室内に、二人を見つめる目は無かった。
「………雷蔵。」
「ほりゃ、ふぁやく。」
咎めるような口調で言うも、にこにこと三郎を促す雷蔵に敵う訳もない。
はぁぁぁぁぁと大きなため息を吐いても雷蔵は気にした様子も見せなかった。
それどころか目を輝かせて早く早くと待ちわびている。
三郎は咥えたリードを素早くピースに嵌め、ストラップを首に掛けサックスに繋ぎ合わせた。
「……まだ暗譜しただけだからな。間違えても笑うなよ。」
「聞いてるだけじゃ分からないよ。」
楽譜を見ながら聞く訳ではないのだ。
三郎は再びはぁぁぁぁとため息を吐いて、近くの椅子へ座る。
そっと薄い唇でピースを挟む姿に、雷蔵はゾワリと背筋を震わせた。
官能的な姿と、これから始まる演奏に。
三郎の足がタン、タン、と拍子を取り、息を吸い込むのが分かる。
両手でそっと支えるように、その美しい楽器を歌わせた。
瞬間、雑音に溢れていた教室に澄んだ音が染みわたるのが、雷蔵には見えた。
その光景は雷蔵の胸を爽快にさせるに十分なものだったが、いつまでもよそ見するなど勿体ないことは出来ない。
薄く目を閉じ、旋律を奏でる三郎の姿こそ鑑賞に値するのだから。
着ているのは雷蔵と同じ、灰色のカーディガンに黒に近い濃紺のズボン、上履きも全て雷蔵と同じモノ。だれでも間違えそうな双子のような二人だというのに、音はこんなに違う。
雷蔵は、こんなに澄んだ綺麗な音は出せない。
三郎はただ自分の音に集中して、もう周囲など見ていない。
だから、教室中の視線が自分に向いているなんて知らない。
その瞬間ふいに、雷蔵は演奏中の三郎を抱きしめたい衝動に駆られた。
全身で音を奏でる三郎の体を抱きしめ、驚きに目を見開くその唇に食らいつきたい。
傍から見れば、ただ穏やかに三郎を見つめている雷蔵の内心には、誰一人気付かないまま曲は終りに近づく。雷蔵はそっと目を閉じて、その瞬間を待った。
最後の音が消えたのを聞き届けて、そっと目を開く。
(ああ……。)
サックスから唇を離した瞬間の、その放心しているような、快楽に染まったような、無防備な表情。
しかし一瞬で三郎はいつもの調子を取り戻し周囲を見渡して「げ。」と呟いた。
「おら!!人の見てないで練習しろ練習!!!!」
三郎の演奏が終わったと見るや、集まった視線は散り散りになりまた雑音が耳に響き始める。
「三郎。」
「もーだからやだったのに…。」
「三郎。」
ぶつぶつ言いながらサックスの手入れを始める三郎の腕を、今度こそ雷蔵の手が掴む。
「来て。」
「は?え!!雷蔵、ちょ、どこ…!?」
「部長―!不破と鉢屋連れションしてきます!!」
「はぁ!?」
「鉢屋くんサックス置いて行ってね。」
「はい!あ!?ら、らいぞぉってば!!」
言われて慌ててサックスをストラップから外し、三郎は雷蔵に引きづられるようにして再び教室から出た。
瞬間、ヒヤリとした空気に三郎が首を竦める。
「ら、雷蔵、トイレなら一人で…。」
行けばいいという三郎の声を待たずに雷蔵は腕を引いたまま足早に廊下を歩く。
そのまま階段を下り、向かった先は先ほど雷蔵達がサックスを取りに行った保管部屋だ。
部活中は空いているその部屋を、雷蔵は無造作に開いた。
日の刺して来ないそこは薄暗く、少し埃臭い。三郎は戸惑いながらも、雷蔵に引かれるままにその部屋へ入った。
「雷蔵こんなところでなに、っん!」
「…っはぁ、ふ、」
「んんっ!!」
戸を閉め鍵を掛けたと同時、三郎の細い体が抱きすくめられ唇を塞がれる。雷蔵はまっすぐに三郎の顔を見つめながらその口内を蹂躙した。
三郎の逃げる舌を吸い、歯列を快楽を引きだすように舐め上げ上顎を優しくなぞる。
そんな口づけをされれば、三郎がいつまでも立っていられる訳もない。
がくり、と折れた膝に、ようやく雷蔵が唇を離した。
三郎は目を快楽に染め、荒い息を吐きながら同じく荒い息の雷蔵を赤い顔で見つめる。
「…ぃぞ?」
「三郎が悪い。」
まだ何も言っていないのに、そう気まずそうに顔を逸らす雷蔵に三郎は首を傾げた。
「なに?」
「あんな……無防備な顔して。僕がここまで堪えるのだって。必死だったんだから。」
本当は演奏中も、終わったすぐ後も、抱きしめたくて仕方なかった。
それをここまで我慢したのだと雷蔵は言う。
三郎はパチパチと不思議そうに瞬きをして、それからくすくすと笑い声を零し始めた。
その声に雷蔵が憮然と「三郎…?」とその顔を覗きこんだ。
「なぁ雷蔵。」
「なに?」

「実はな。今まで、私下唇の感覚無かったんだ。」
「ん?」
雷蔵が、三郎そっくりな表情で瞬きをする。
サックスのリードは幅広く、それを震わせることで舌のように音が出るのだ。つまり、演奏している最中はずっとそこが震えていることになる。
それで、痺れたと言っているのだろう。
雷蔵が問うような目で三郎を見つめると、三郎ははにかむように微笑んで、「だからな。」と話を続ける。
「雷蔵。もう一回。」
首に腕を回し、小首を傾げて強請る三郎に逆らう気など微塵も起きるはずもない。
雷蔵も照れたように微笑んで、アンコールを呟いたその唇を再び覆った。



あとがき
三郎コスプレリク「ブレザーで吹奏楽パロ」でした!
かわいいブレザー男子かわいい好きーーー/////
二人の楽器がサックスなのは趣味ですが、三郎があのマウスピースを咥える瞬間想像するとハァハァします。
そして二人とも同じアルトサックスにしたのは、単にリードの交換をさせたかったから(笑)
楽しいお題ありがとうございました!!
匿名の方からのリクエストなのでフリーにします。お気に召しましたらお持ち帰りください^^


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