合戦前夜



パチパチパチ
パチパチパチパチ


「……………。」
部屋に絶え間なく算盤を弾く音が響いている。


パチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチ


「………………。」
三郎は半眼でその様子を眺めていた。
雷蔵、竹谷、そして久々知までもがなぜか三郎の部屋に集まり、ひたすら算盤をはじいている。
「なぁ。お前ら、顔が怖いぞ。」
「………………。」
返事はなかった。
三郎の指摘するように鬼気せまる表情で算盤片手に記帳する姿はさながら会計委員のようだ。
無視されたのが気に入らなかったのか憮然とした表情で三郎が続ける。
「なぁ…。どうせハチと兵助は6年たちに予算ぶん取られるんだからそこまで必至にやらんでもいいんじゃないか?」
とたんに竹谷と久々知が殺気のこもった目で睨みつけてくる。
「うるさいぞ三郎!!」
「俺たちは委員長としてなすべきことをやるだけだ!!っていうか毎度毎度予算減らされてたまるか!!」
「今期こそ…今期こそ予算を増やさなければ!うちにはまだ小さいやつらと忍たまになったばかりの斉藤がいるんだぞ!これ以上の苦労はさせられん!!」
「俺のとこだって!伊賀崎の下に4人も1年生がいるんだ!俺の責任で苦労をさせるわけにはいかん!!」
「やるぞハチ!!」
「おう!!やるぞ兵助!!」
「「会計委員に負けるかぁーー!!」」


バチバチバチバチ


「はぁ〜〜。」
どうやら火に油を注いでしまったようだった。
委員長二人が激しく算盤を弾いている横で、雷蔵はあくまでマイペースに記帳を続けている。それでもその身に纏う空気はまったく別人のようで、今この部屋を覗いた人物がたとえ6年生や教師であろうと雷蔵を三郎と勘違いしたに違いない。
それほど、雷蔵の表情も鬼気迫っていた。
「…雷蔵?」
パチパチパチパチ
「ね、らいぞ…。」
パチパチパチパチ
「……」
さしもの三郎もこれ以上声をかけるのをためらう。
しかしそこは鉢屋三郎。あきらめの悪さと雷蔵の視線を射止めるためならなんでもする男だ。
「ら、い、ぞ、う。」
まずはそっと肩に手を載せてみる。
パチパチパチパチパチパチ
無反応。
「………。」
しかしそこは(以下略)。
今度は背後から手を回して抱きついてみた。
「なぁ〜雷蔵。予算会議の資料なんて中在家先輩に任せておけばいいじゃないか。委員長の仕事なんだし。」
パチパチパチパチパチパチ
無反応。
雷蔵に関しては温厚な(頭が上がらないともいう)三郎もこれにはむっとした。しかし(以下略)。
「えい。」
そのまま後ろから目隠しをした。
パチ…
さすがに手が止まるのを見て、三郎はほくそ笑んだ。
「らいぞ…「三郎。」
声が。
雷蔵の声がいつもと違う。
三郎の顔から一気に血の気が引いた。手は細かく震え、力が入らない様子なのは明らかだった。
その手を、雷蔵はそっと外した。
そして、ゆっくり振り返る。
恐ろしいほどの笑みを浮かべながら。
「ら…らいぞ…。」
「三郎…ねぇ三郎?」
「ひっ。」
その体から、腕から手から笑みから視線から発せられるのは、殺気。
無防備だった三郎は正面からそれを受け、思わず恐怖し仰け反った。
「そんなに、退屈なの?」
「らい、ぞっ。ご…ごめ」
するりと、三郎の愛してやまない手がかりそめの頬を撫でる。そのとたん、背筋に氷が滑るような感触がした。
(こ、殺される…っ)
「…悪い子だね。」
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
「だめ。」
あまりの恐怖に三郎が叫ぶように許しを乞うても、雷蔵は笑顔のまま断罪する。
そして殺気をまとった手が三郎の後頭部に回され、もう一方の手は涙さえ浮かべる三郎の頬へ添えられた。
「…お仕置き、だね。」
「ひっんぅ!!」
後頭部に回された手に力が入った。
そのまま目を瞑れば、唇に温かいものを感じる。
おそるおそる三郎が目を開くと、目の前にはまだ静かな怒りをたたえた雷蔵の瞳。
目が合うと口内をひどく蹂躙される。抗おうとしても巧みな舌がそれを許さない。
ようやく解放されたときには三郎は腰はおろか腕も上がらない状態だった。
見上げた雷蔵の顔は非常に満足気に笑っている。
「さて三郎。これで、僕たちがこの戦いを終わらせるまで待っていられるね?」
「う…。」
「ね?三郎。」
「はい…。」
「そう。よかった。」


「こえーな雷蔵。」
「ああ。三郎が悪いとはいえ、あそこまで怒る雷蔵は久々に見たな。」
「俺らも気をつけよう。」
「な。」

パチパチパチパチパチパチ



あとがき
初の5年小説がこれとは…orn
精進します。