構われたがり
「さぁ構え。」
どーん。
とでも効果音が聞こえてきそうな程に偉そうに、そいつはのたまった。
「…は?」
折しも試験期間の真っ最中。明日は補修か罰掃除かという瀬戸際に余裕の天才はやってきたのだった。
「…間に合ってます。」
「私は間に合ってない。さあ構え。」
「なんで俺のとこなんだよ雷蔵のとこ行けよ。」
「雷蔵は今試験勉強中だ。邪魔は出来ん。」
「俺だって勉強中なんだが。」
「ハチは大丈夫だって。」
「なんの根拠だ。」
「今更やっても変わらなねぇから。」
「なんの根拠だ!!」
「今までの経験。と過去のハチの栄光(と言う名の補修の数々)。」
「()がうぜえぞ畜生!!」
「だから構え。」
「絶対断る!!」
意地でも机から離れんという気概で三郎に背を向ける。
後ろで三郎がニヤニヤ笑う気配がするが、それも無視して竹谷は目の前の教材に集中し始めた。
「じゃあ、私は勝手にするからな。」
その言葉にも無視を決め込むと、三郎は浮足立って竹谷の背後へ回る。
「ぷっ。相変わらずぼっさぼさ。」
ほっとけ。
思わず返しそうになる言葉を飲みこんだ。
三郎の指がそっと髪に触れる。
しばらくくるくると指に巻いたり量の多いそれをフワフワと両手に取ってみたりして遊んでいたが、すぐに飽きたようでその手は背に延ばされた。
男にしては細い指が竹谷の広い背中をするするとなぞり、何かを書いているようだったが、気にしては負けだとそのまま無視を決め込む。しかし、正直何を書いているか気になるし、するするとなぞる指はくすぐったかったので集中するのは大分難しくなってきていた。
「むぅ…。」
背後で三郎が唸る。
これはもう少ししたら飽きて出ていくだろう。竹谷は(勝った。)と内心でほくそ笑む。
「……………えい。」
「うおわぁ!!」
しかし小さな掛け声とともに両脇に入れられ擽りだしたその手に、竹谷はついに悲鳴を上げた。
振り向けば嬉しそうに笑った三郎が居て。
「〜〜〜〜〜だぁぁぁぁこの!!」
「え!?うわ!!」
竹谷は両脇に入れられたままの手をぐいと引っ張る。自然、三郎の身体は竹谷に密着する形になるがそれを気にする様子は無い。
しかし三郎は突然行動を起こした竹谷に戸惑いの声を上げた。
「え!?ちょ、ハチ!!なんだよ!」
「なんだよじゃねーよ!この手が邪魔なんだろが!!」
そう怒鳴って、どこからか出した縄で三郎の腕をぐるぐると縛ってしまう。…竹谷の身体を抱きしめた形のまま固定されて、三郎は動けず固まった。
竹谷は「よし。」と満足そうな声で再び机に向かう。
「…………………。」
茫然とそれを見ていた三郎は我に返り、もぞもぞと縄抜けを試みるが不安定な体勢では難しそうだ。
それに。
(…ぬくい。)
体温の高い竹谷の身体に、力が抜ける。はたから見れば背後から三郎が抱きしめているような形である。普段なら、恥ずかしがり屋の三郎がこの体勢のままでいられる訳は無いが、今度は正当(?)な理由がある。
ごそごそと自分の楽な姿勢になり、その広い背中に身体を預ける。
竹谷は今度こそ静かになった三郎を意識から覗いて集中し始めていた。その真剣な顔を見つめながら、こてん、と三郎は竹谷の肩に頭を預けた。
(…………ちぇ。)
やられた。と思いながらまったく悔しくない。むしろなんだか心地よい空気が三郎を纏っていく。
それが、竹谷独特のものだということに三郎はとうに気が付いていたが、それを暖かい日差しのせいにして目を閉じる。
そのまますぐに襲ってくる眠気に身を任せ、三郎は存分暖かい身体を堪能した。
「………ん。」
「お。起きたか。もう夜だぞ。
寝ぼけた頭で目を開けると、目の前には明るく笑った竹谷の顔。
その至近距離に目を見開いて慌てて離れようとするが、腕に何かが引っかかり動けない。
「あ!?」
「おっと。」
そのまま竹谷の横に倒れそうになるのを力強い腕が支える。
引っかかった先を見ると、いまだに腕が縛られたままになっていた。
「…ハチ。腕解け。」
「まぁまぁ。いいじゃないかもう少し。…よっと。」
「うわ!!」
竹谷は三郎を支えたその腕でそのまま軽々三郎の身体を胡坐をかいた膝の上に乗せた。
「………お前、勉強はどうした。」
「ん?んー。無理だろ。」
だって三郎が俺の横で寝てるんだぜ?と苦笑する竹谷に、三郎の顔が赤くなる。
「…悪かったな。」
「いや。良いもんも見れたしな。」
「は?」
「こっちの話。」
安心しきった顔で眠る三郎など、そうそう見れるものではない。さらに温もりを求めるように身体をすり寄せる三郎はもっと稀少だ。
ニヤける顔を隠そうともせず竹谷は三郎を抱きしめる。縛られたままの三郎は自然と抱きしめ返す形になっていて、それにますます顔を赤くした。
三郎が動けないのを良いことに小さく口づけを落とす竹谷は本当に嬉しそうだ。
「…恥ずかしい奴。」
「まぁまぁ。」
小さく答えた口づけは、竹谷の試験の結果が決定した瞬間であった。
あとがき
最近暗いのばっか書いてたのでお口直し。
竹谷の背中はあったかいに違いない。絶対眠くなる。