鏡の中の真実

三郎はよく後ろ首を掻く仕草をする。
笑いながら、話しながら、考えながら、三郎は首の後ろに手を回す。
それは彼の生来の仕草なのだろうとずっと思っていた。
そのことをだれも知らないし、気がついてもいないはず。だから、僕だけが知る三郎だと密かに優越感も抱いていた。


だけど。


「・・・え?」
食堂でいつものように食事をしていたときだった。
「雷蔵ってさ、よくそれやるよな。」
そう笑う兵助とハチに、僕はようやく自分の状態を思い浮かべた。
話し、笑いながら僕は、首の後ろに手をやっていた。
それに気づき、なんだか呆然とする。
「あれ?え?」
呆然と当てていた右手を戻しじっと見つめる。
ずっと三郎の癖なんだと思っていた。
いつもとても自然にその仕草をするものだから、僕だけが知る三郎の癖なのだと、少し優越感まで持っていた。
でも。
「・・・僕、いつもこうしてる?」
「おう。」
「昔からだよな。で、ハチはよく自分の頭ぐしゃぐしゃってする。」
「え!?まじで!?」
「その頭がなによりの証拠!!竹谷くん覚悟ーーーー!!」
「げぇ!!タカ丸さん!?」
突如現れた金髪頭にハチが青ざめて逃げようとする。シャキンシャキンと鋏を持つ姿は誰が見ても髪結いの見事なそれ。
だが、よく見ればわかる。
「こら三郎。なにしてるの。」
たしなめるように言えば、タカ丸さんの姿をした三郎はタカ丸さんらしくない笑みで「ばれたか。」といたずらっぽく言った。
「おいこら三郎!!心臓に悪いことすんな!!俺、タカ丸さんに会ったら丸坊主にされるんだからな!」
「いいじゃないか。いっそ出家しろ。」
「ふざけろ。そしたらおまえも道連れだからな。」
「いいぞ。二人で飲んで喰って遊びまくる生臭坊主になるか。」
「…良いなそれ。」
「おい。なんで二人でなんだよ。俺と雷蔵も入れろ。」
「!!そんな!!雷蔵を生臭坊主になんて出来るか!!」
「そうか?」
「意外と素質はあると思うが。」
「うん。それもいいね。」
「雷蔵!?そんな!!雷蔵は禿げになんてなっちゃだめだ!!私は雷蔵の髪好きなのに!!」
頷き合う僕らに三郎(いつの間にか僕の顔に戻っていた)がこの世の終わりのような顔で迫ってくる。
そしてそのままいかに僕の髪が素晴らしいかを延々と語り続けるのを適当にあしらいながら僕はあのことばかり考えていた。


…いままで、それが三郎の癖だと喜んでいたのは。実は三郎の変装の一環で。
それは三郎の技術の高さを示すものではあったが、なんだか面白くない。
僕が心の中でとても大切にしていたものが、実はなんでもないものであったような、そんな感覚。
空しい?悔しい?哀しい?どれも違うけど、どれも当たってる。


僕が、勝手に思っていただけなんだけど。
だけど・・・。


(ちぇ・・・。)
ひどく、つまらない気分だ。


そんな感情のままに部屋に戻れば、同室の三郎が心配そうな顔で僕の目をじっと見つめて、
「・・・雷蔵。なんか機嫌悪い?」
と聞いてきた。
「別に?」
僕はいつもの笑顔を張り付けてごまかそうとする。しかし、相手はそう簡単に騙されてはくれない。
ああ。三郎が困ってる。
懸命になにか嫌われることをしたか考えてる。
馬鹿だなぁ。三郎は悪くないのに。
見当違いの方向へ考えを巡らせている三郎が忍びなくて、僕は仕舞っておくつもりだった心情を吐露することにした。
「・・・あのね。とても大切にしていた宝物が、なんだか価値の無いものに思えてしまって。それがね、なんだかとても・・・寂しいなぁ、って。」
うん。寂しい。
子供のころとても大切にしていたものがいまではただのがらくたになってしまったようだ。
切なくて悲しくて寂しい。
でも、これはあくまで僕の世界の中でのこと。だれにも話していない、僕の心の中のことなんだから、僕が自分で決着をつけなければいけない。
それがいつまで続くかは分からないけれど。
暗い感情にうつむいた僕の頭に、なにか暖かいものがポンと乗った。
驚いて顔を上げると三郎が困った表情のまま僕の頭をなでている。
いつも飄々としている三郎の顔が珍しく戸惑いをよく表していた。
困った子供がさらに小さい子を慰めているようなその仕草。それがなんだかおかしくて僕は思わず笑ってしまった。
そしたら三郎も同じように笑うものだから、僕の胸はたちまち暖かいものに包まれる。単純だなぁ。僕も、三郎も。
「・・・いつもと逆だね。」
「そうだな。たまにはいいじゃないか。なぁ雷蔵。宝物ならまた探せばいい。大切なものだったなら、それからもらった大切な思い出をとっておけばいいじゃないか。それは、くだらな
いものなんかじゃないだろう?」
三郎は、僕の頭をなでながら懸命に慰めようとしている。僕は三郎のおかげで少し浮上していたけれど、その手が心地よくてされるがままに頷いた。
君との思い出ならまだ作れる。君の知らない君も、僕はまだたくさん知ってる。
それだけで十分幸せな事だ。
まだ少し心は重いけど、先ほどよりずっと暖かい。
僕は今度は心から微笑んで、三郎に「ありがとう」と言った。




そんなことがあった数日後。三郎がまた首を掻く仕草をしていた。
「ねぇ三郎。」
何かを考えている三郎に声をかける。
タネがばれてしまえば、優越感はただの勘違いの羞恥でしかない。それならば、いっそ真実を確認したいと僕はまだ悪あがきをしていた。
「ん?」
「三郎のそれってさ。」
「それ?」
首に手をあてたまま三郎が首を傾げる。
「それ。首に手を当ててるの。それってさ・・・。」
僕の癖の真似?と聞こうとした。
聞いて、三郎がニヤリと笑って、よくわかったね雷蔵。って言うと思ったんだ。
だから、こんなのは予想していなかった。
真っ赤になってうろたえる三郎なんて。
「さ、三郎?」
「・・・え?わ、私、あれ?そんなことしてたか?」
「え。うん。ほら。」
そう言っていまだ当てられたままの手を指させば「うわぁ!!」と叫んで慌ててその手を降ろす。
「あぁ・・・、癖なんてすべて無くしたと思っていたのに・・・。」
また修行のし直しだ。なんて妙に沈んだ声で言うものだから。
「…三郎の、癖?」
僕は信じられない気持で、茫然と呟いた。
三郎はそれにきょとんと首を傾げた。
「そうだろう。無意識にやってたんだから。」
「…僕の、癖の真似じゃなくて?」
「え?雷蔵の・・・って?」
「僕も、首に手を当てる癖があるみたいで。さっきハチたちにそう言われて知ったんだけど。」
呟くような僕の声に、三郎の顔がぱっと明るくなった。
「なんだ!!そうなのか!じゃあ問題ないじゃないか!!」
「え?」
「だって雷蔵と同じなんだろう?私はずっと雷蔵といるんだから、同じ癖なら見分けられる要素にはならないだろう?」
「・・・いいの?」
「うん。あ!!雷蔵この事誰かに話した!?」
「え。ううん。誰にも言ってない。」
「じゃあ雷蔵だけが知ってるんだな!!よかった!内緒だからな!」
その言葉に、笑顔に顔が熱くなる。
ああ・・・。僕の落ち込みを返してくれ。
恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。
勘違いして落ち込んで、また勘違いして、それが勘違いじゃなかったのなら、僕は本当にいったいどんな反応をしたらいいんだろう・・・?
「・・・雷蔵?どうした?」
なにも知らない三郎はただキョトンとうつむいた僕を見下ろしている。
ああ。本当に。
「僕、君のことが好きなんだなぁ。」


あとがき
……………………あれ?雷鉢?鉢雷?
電車の中でびくびくとポ○ラ使って書いてたので妙に健全くさい。
三郎と雷蔵が無意識に同じ癖があったりしたら可愛くないですか?

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