帰り道
おもしろくない。
三郎は憮然とした表情で目の前の黒い頭を見下ろしている。
歩く度に体が揺れるが、それも最小限に押さえられているのがわかる。
竹谷や雷蔵に運ばれる時はもっと揺れる。
しかし自分は男で、しかも常人よりかなり鍛えていて、その程度の揺れでどうにかなるような体はしていない。
だが、今三郎に旋毛を見せている男はそんなことは頭に入っていないらしい。
どこぞのご令嬢を運ぶようにそろそろと足を進めている。
こんな歩き方では足を痛めるだろうに。
「おい兵助。急がないと日が暮れるぞ。」
「大丈夫だ。暗くなるころには見慣れた道に入るから。」
そういう問題じゃない。
三郎は吐きたくなるため息を、胸中で抑えた。
先ほどから気を使わせないようにいろいろ進言しているのだが、この男は全く耳を貸そうとはしない。
それどころか子供をあやすように三郎を振り返り微笑むのだから。
「…ばーか。」
「ん?」
三郎の悪口にもきょとんとした表情を返すだけだ。
それにますます三郎はむっとして語気を強める。
「私がへまして足をくじいたんだ。杖くらい作って自分で帰れるさ。」
なにもお前がおぶらないでも。
そう言外に伝えても、やはり帰ってくるのは同じ笑顔。
「俺がそうしたいんだよ。」
それが気を使ったような笑みで言われるのなら一発ぶん殴って自力で降りるのだが。
あんまり幸せそうに言うものだから。
「……好きにしろ。」
そうとしか言えなくなる。
「もちろん。」
そう言って三郎の体を抱え直し再び足を進める。
今の二人の姿はどこにでもいるような旅人の格好だ。
同じ師に教わる弟子同士のお使いという設定である。
まあ、現実に間違ってはいない。
「でもせめて歩調を戻せ。このままじゃホントに学園につく前にへばるぞ。」
「大丈夫だって。三郎軽いから。」
そうは言っても同い年の男の体重だ。恋は盲目だからとかそういう問題で終わるはずもない。
続けて諫めようと口を開き、三郎の口がそのまま止まる。
兵助もぴたりと足を止め、探るように周囲に目を向ける。
今二人がいるのはなだらかな山道だ。しかし両側は木々に覆われている。
「…だから早くしろって言っただろうが…。」
「新しい群が引っ越してきたかな?」
ハチに伝えなきゃな。
そんな暢気なことを言う兵助を、三郎が頭の上から思い切り睨みつける。
刺すようなその視線に気がついたのか、「悪いな三郎。」と兵助の利き腕である右腕が体の下から抜かれる。
右手の森から野犬が一匹飛びかかってきたのと、その手に持たれた小刀がその鼻面を切ったのはほぼ同時の出来事であった。
ギャンッと悲鳴を上げその犬が二人の足下に転がる。
それをなんとなしに見つめる三郎の視点が急に回転した。
「悪い三郎。こっち捕まってて。」
「…最初っからそうしてろ馬鹿!!」
片手が使いやすいように三郎の体を正面に持ち直したのだ。
正面から兵助の首筋に腕を回した三郎も片手でもって次々に手裏剣を投擲する。
最初の一匹から連続して飛び出してくる野犬の目や鼻にそれはあたり、悲痛な悲鳴をあげながら地面に転がっていった。
兵助ももちろん休まず、走りながら刀で野犬を撃退していた。
唸りながら追いかける野犬を片端から切り捨て、やがて開けた道へと出る。
そこにきてようやく、自分たちのテリトリーから外れたのか犬たちは追いかけるのを止めた。
「はぁ、はぁ…もう平気かな。」
「大丈夫か兵助?」
キャンキャンと鳴きながら退却する犬たちを見つつ、兵助が息も荒く刀を仕舞う。
三郎を抱えながら走るのはさすがの兵助といえども厳しいものがあったのだろう。
しかし、三郎の体を支える腕から力は抜けない。
それに眉をしかめ体を離そうとすると、兵助がもう片手で持ってそれを防ごうとする。
「三郎?どうした?」
心配そうなその声に「どうもこうもない。」と返せば、目の前の秀麗な顔はきょとんと首を傾げた。
「もう学園も近い。自分で歩く。こんな荷物持ってるんじゃしんどいだろ。」
「いや別に?」
さらりと返す兵助に三郎の顔が引きつる。
人が気を利かせて理由までつけて降りてやろうというのにこの男は決して手を離そうとしない。
「お前な…………。」
「三郎軽いから平気だよ。」
笑ってそのまま歩きだした兵助に「おい!!」と三郎が暴れて抵抗しようとしても、その腕は意固地になったように離れない。
「なんでだよ!そこまでして運ばなくていいって!!」
「三郎は分かってない。」
「は!?」
「せっかく大義名分があって、邪魔もいないんだ。思う存分、くっつきたいと思うのが当然だろう?」
三郎はそうは思わない?
と笑う顔に妙に迫力が籠もっていて、三郎は何も言えずにただ顔を赤くした。
黙った三郎を了承と見たのか、兵助は三郎を抱え直してまた歩き始める
それは結局三郎の文句の無いまま学園まで続き、級友たちに発見されるまで三郎は兵助に抱えられ続けていたのだった。
あとがき
大遅刻久々鉢の日!!!その一です。
男前兵助を目指してみた。どうでしょう??
当サイトでは普通の兵助ですね^p^
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