犬も拒絶反応




その時、食堂は不穏な空気に支配されていた。

昼には遅く夜には早い時間、だが人の出入りが比較的多い食堂では、その空気の原因に戸惑いの表情を浮かべる観客が集まり始めていた。
「…どうしてもか?」
「ああ。」
周囲の人間には意味の分からない言葉を二人が交わす。
だが事情を知る者はその場には居ないらしく、そして、茶と黒の風が舞った瞬間、彼らは不穏な空気が去って行ったことを知った。
五年の久々知兵助と不破…もしくは鉢屋がその場を去ったからだ。



キィンッと激しい金属音が食堂の屋根の上で響く。
攻撃を仕掛けた兵助は自身の攻撃が防がれたと判断すると一度呼吸を整えるために三郎から距離を置こうとする。
だが三郎がそれを許すはずもなく音もなく追撃した。
兵助は一歩引いた足をそのまま強く踏み、隣の校舎の屋根へと一気に飛び上がる。
ふわり、と重力を感じさせない動きで着地したあと、直ぐにその場を後退する。
次いで跳んだ三郎が、真っ直ぐに兵助の元いた場所へ苦無を振り下ろした。
「………………。」
「………………。」
互いに声を掛けることは無い。話し合いはとうに食堂で終えている。
次は三郎から攻撃が仕掛けられた。
懐から出した手裏剣を数個投擲され、兵助は引かずに手の中に握った苦無でそれを弾く。
狙いの正確なそれを焦ることなく全て叩き落としたあと次の手を見るために顔を上げる。
だが、見慣れた姿はそこには無い。
途端襲った背筋の冷気に兵助はダンッと足音荒くその場から身を翻した。
だがそれでも、三郎の振り下ろした小刀は兵助の制服を数寸切り落としている。
じとりと冷や汗を流した兵助に、三郎が目を細めた。
間一髪で避けたものの、自分の勝機が低いことを兵助は悟っていた。
だが、低いが決して無い訳ではない。そう。たとえば腕や足の一本でも犠牲にすれば。
その覚悟を決めたことを見透かした三郎は、目を細めたのだ。
憐れみと悲しさと怒りとを綯い交ぜにした視線を送って。
兵助は手になじんだ鋼鉄を握り、三郎へ視線をまっすぐに返す。
止まるつもりはない。と。
一歩足を踏み出したと同時第三の気配が兵助の背後に現れた。
「!!うわっ!」
「あだっ!!」
驚きその場から離れる前に体を拘束される。
次いで聞こえた悲鳴から、三郎もどうやら拘束されたらしい。
「まったく…何をしているんだお前らは。」
「おう。まだ怪我は無いな。」
「げ。潮江先輩。」
「食満先輩。」
六年の武道家二人に取り押さえられてはいくら優秀な兵助と三郎と言えども振りほどくことは難しい。
「まったく勝手に学園内で勝負など。先生たちにばれたらただでは済まんぞ。何があった?」
「…………………。」
「…………………。」
沈黙する二人に食満は呆れた顔になり文次郎は額に筋を浮かべて怒声を堪える顔をした。
「おい鉢屋。」
「………………。」
「久々知。」
「………………。」
「…言いたくないほど下らないことか。」
「!!違います!」
「くだらなくなんか無い!!」
文次郎の言葉に心外だと二人は反論するが、再び黙ってしまう。
だが離せばまた争い始めるのはこの二人の様子を見る限り分かりきったことだ。
どうしたものか、と六年二人がため息を吐きかけたその時、救いの声が上から降ってきた。
「おい。不破たちを連れて来たぞ。」
何とも偉そうな救いの声だが、救いには違いない。
仙蔵は藍色の制服三人を引きつれて兵助と三郎の間に降り立った。
「三郎!?兵助も!どうしたのさ!!」
「うわマジで戦闘態勢かよ。」
「兵助何があったの?」
仲間の三人を見た途端、二人が気まずそうな顔で俯いた。
後からやってきた三人は互い目線を交わして頷く。
この場合は役割分担だ。
「三郎?どうしたの?」
「兵助、なにかあった?」
雷蔵と竹谷が心配そうに三郎を覗きこみ、勘右衛門は兵助の元へ。
二人はしばらく口を開かず俯いたままだったが、やはり根負けしたのは三郎だった。
「………もん。」
「ん?なあに?」
「兵助が悪いんだもん!!」
「………そうなの?」
「違う!!」
今にも泣きそうな顔で三郎がそう主張すれば、保護者(らいぞう)はヒヤリとした視線を反対側の兵助へ送る。
だが兵助も強く三郎の言葉を否定した。
「酷いのは三郎の方だ!!!」
「……………どういうこと?」
勘右衛門は嫌な予感がするなぁと思いながらもそもそもの原因を尋ねる。
それに兵助はガッと食満の腕を振り払い勘右衛門の肩を掴んで「聞いてくれ勘右衛門!!」と髪を振り乱した。
「三郎が子供の名前を三豆も豆三郎も許さないっていうんだ!!!」
「当たり前だ馬鹿!!!知らない人が聞いたらまだマシだがな!その由来を知った途端子供が自殺したらどうする!!!」
「なんでだよ!!父親が豆腐好きだからじゃいけないのか!!!」
「駄目に決まってるだろーーー!!!」
「だって三郎の子供だからって三だけとるのはずるい!!!」
「ずるくない!!まだその方がまだマシだ!!」
「親も三郎子供も三郎だったら俺は三郎のことをなんて呼べばいいんだ!?」
「そんなもん自分で考えろ!!」
武器をとらずにぎゃんぎゃん騒ぐ二人に挟まれた人々は、互いに顔を見合わせた。
その中でも、五年生の三人は少し顔を赤くし、勘右衛門が「えーーと……。」と頭を掻く。
「お騒がせしました……。」
「そうだな。」
「おう。」
「帰るぞ俺等は。」
「はい……申し訳ありません。」
なんで俺たち謝ってるんだろう…。という疑問を飲み込み、三人は飛び去る濃緑へ深く頭を下げた。
その頭を上げてまずすることは。
後ろの騒いでいる馬鹿二人に男同士で子供は出来ないということを教えてやらなければ。


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