祈り紙




「らーいーぞー。」
「待ってね三郎。もう少しだから。」
「うー…。」
三郎は雷蔵の背に寄りかかり唇を尖らせた。
見えなくてもその様子が手に取るように分かる雷蔵は苦笑し、どうしたものかと思案した。
雷蔵は今図書委員の仕事中で。三郎は暇らしくずっと雷蔵に張り付いている。
しかし仕事中である以上三郎にずっと構っている訳にもいかない。それが、三郎には不満なのだろう。
ゆらゆらと身体を動かして構って構ってと言っている様は大層かわいらしいのだが。雷蔵は苦笑を洩らしながら、さてどうしようと内心でもう一度呟いた。
「あ。そうだ。」
「ん?」
「三郎。はいこれ。」
「…………?」
雷蔵から手渡された物を見て、三郎は首を傾げた。
それは、正方形をしたたくさんの紙。
「雷蔵…?」
なにこれ?と戸惑いの表情でいる三郎に、雷蔵は笑顔で「折り紙。」と言った。
「おりがみ…?これで何をするんだ?」
「え?三郎知らない?得意そうなのに。はい。一枚貸して。」
「え、うん。」
束の内の一枚を雷蔵に手渡すと、三郎より不器用なはずのその手が淀みなく動いていく。
じっと見つめていても、雷蔵は紙を折ったり戻したりしているだけにしか見えない。
やがて数分後、雷蔵は「出来た。」と笑顔で顔を上げた。
その手には、小さな鳥の形をした紙がちょんとのっかっている。
「え!?なにこれ!?雷蔵何したの!?」
「これは鶴だよ。」
いたく感激した様子で三郎がその鳥を手に取り、マジマジと見つめる。予想以上に反応の良い三郎に雷蔵の笑みが照れたものになると、そこにすっと影ができた。
「あ゛…中在家せんぱい…。」
顔を引きつらせる雷蔵に気付かず、三郎はいまだに「へぇー、ふぅーん。」と言いながら雷蔵の折った鶴を観察している。
長次はスッとそれに目をやり、そして引きつった雷蔵の顔へと視線を戻す。
「……………。」
そして何事も無かったかのように本棚へ向かう背中を見て、雷蔵はほっと胸を撫で下ろした。
しかしそれもつかの間、すぐに戻ってきた長次に再び雷蔵が硬直する。
無言で立つその手には一冊の本があり、長次はそれを三郎の目の前に差し出した。
「…?なんです?」
三郎が意識を折り紙からその本へ移し中を開くと、そこには色々な図案が書かれていた。
「あ。これ折り紙の折り方だ。」
「え!?」
覗きこんだ雷蔵の言葉に三郎が思わず長次を見上げる。大きな身体の先輩は小さく頷いて、先ほど雷蔵の渡した折り紙を指差した。
「……使え。」
「あ、ありがとうございます。」
「…………不破。」
「は、はい。」
「……………頼んだ。」
そしてどさりと重い音をさせたのは、追加の仕事。明らかに、今サボっていた分の罰も入っている。
「……………すみませんでした。」
「ん………。」
三郎はすでに長次の渡した本に夢中でかぶりついている。元来器用な三郎はすぐに綺麗な形の折り紙を作り上げていった。
奴に花、鶴や虫。
ただの紙が形作られていく様を真剣に見つめながら三郎は黙々と手を動かしていく。雷蔵は背後のその様子を見てふと微笑み、書類の追加された机に向かった。


「はぁ〜〜。」
ようやく机の上の書類が片付き雷蔵は疲れた肩を回しながら大きくため息を吐いた。
「三郎。おまたせ。」
「んー。」
予想と違う生返事に振り向くと、そこには無数の、折り紙。
「す、すごいねぇ…。こんなにたくさん作ったの…。」
呆れ半ばに出来あがったものの一つを手に取る。雷蔵のものよりよほど完成度の高いそれをまじまじと見つめた。
それにようやっと三郎は雷蔵を仰ぎ、嬉しそうに頷く。
「本に書いてあるのはほとんど出来たぞ!」
「さすが…。」
この相方の手先が器用なのは知っていたが、その技術をまた見せられて雷蔵は素直に驚いた。
「はい!雷蔵。」
「え?」
その中から差し出された、一匹の鶴。
「一等上手く出来たんだ!!雷蔵にあげる!」
満面の笑みの三郎は本当に無邪気な子供のようだ。
あまりの邪気の無さに、雷蔵はなぜか胸を痛くしながらそれを「ありがとう」と受け取った。
そっと壊れ物を扱うかのようなその仕草に、三郎がますます笑みを深める。
「しかしこんなにたくさん作って…。このまま千羽鶴ができそうだね。」
「千羽鶴?」
「そう。折り鶴を千羽作るとね、願いが叶うと言われているんだよ。」
「へぇ…。」
雷蔵の言葉に頷きながら、三郎は手元に残った紙を見る。もう残りは少なく、千には程遠い枚数だ。
どこか寂しそうな表情が愛おしくて、思わず頭を撫でてやりながら雷蔵は三郎の顔を覗きこんだ。
「…三郎は、なにか願いごとがあるの?」
「うん……。」
目を合わせた三郎は物言いたげに瞳を揺らした。
雷蔵はその目を見て、ふむ、と一考すると、「よし。」と言って立ちあがった。もちろんその手には三郎の手を持って図書室を後にする。
「ら、雷蔵?どこ行くんだ?」
「吉野先生のとこ。折り紙に出来る紙が無いか聞いてみよう。」
「え?」
「そしたら二人で折り鶴を作ろう。僕は君ほど上手くはないけど、三郎の願いが叶うように。」
手を引かれながら、三郎が目を見開く。雷蔵は振り返りながらその顔を見て微笑む。
「………雷蔵。」
三郎は掴まれるままだった雷蔵の手をぎゅっと握り返して雷蔵を引きとめた。
「うん?」
「いいのか?どんな願いかも、君は知らないのに。」
「なんだ。そんなこと。」
気負いなく笑う雷蔵に、三郎が目を奪われる。
「三郎が叶えたい願いだという、僕はただそれだけでいいんだ。」
ほら行くよ。と再び手を引く雷蔵の背中を三郎はじっと見つめた。

雷蔵

雷蔵

私の願いはね

君に

ただ君に

傍に居てほしいと

そんな贅沢な願いを

そんな望みを持ってしまったんだ

ねぇ雷蔵

それでも、君は

私の願いを助けてくれるというの…?

雷蔵…。


「よかったねいっぱい貰えて!!」
「う、うん…。」
何かの書き損じであったり汚れてしまった紙であったり、綺麗な物ではないけれど千羽作るだけの紙が二人の腕に抱えられていた。
浮き立つ雷蔵とは反対に三郎は俯いたままなにか考え込んでいて、雷蔵はその様子を見ながら首を傾げた。
「…三郎?」
「…雷蔵。私は、願いを叶えてもいいのかな?」
「?どういうこと?」
「雷蔵…。私の願いはね、本当に贅沢で。本当は望んじゃいけないんじゃないかって、そう思えてしょうがないんだ。」
「贅沢…?たとえばそれは、もっとおいしいご飯が食べたいとか、そういうことかい?」
「ちがう。」
「将来お殿様になりたいとか。」
「ちがう。そんなことどうでもいい。」
「じゃあ、三郎の願いってなに?」
単刀直入に聞く雷蔵に、三郎の顔がかああと赤くなる。
それでも、雷蔵に聞かれたことに応えようと小さく口を開いた。
「…………雷蔵と、ずっと一緒にいれますように。」
「え?」
蚊の鳴くような声は雷蔵には届かず思わず聞き返す。それにきっと顔を上げて三郎は「だから!」と声を張り上げた。
「雷蔵と、ずっと一緒にいられますようにって!!」
叫ぶように浴びせられて声に雷蔵が目を白黒させる。
赤い顔の三郎は恥ずかしそうに雷蔵から目を逸らすと、さっと身を翻した。
「あ!!」
「わ!」
雷蔵は思わずその襟首を思い切り掴んでとどまらせようとするが、勢い余って三郎が雷蔵に思い切り背を預ける形になってしまった。バサバサッと貰った大量の紙が廊下に散らばるのを横目に、雷蔵はその体を受け止める。
三郎の体は見た目より細いので支えるのは苦ではないが、勢い余って雷蔵まで尻もちをついてしまう。
「いたたた…。」
「ご、ごめん雷蔵!!」
「なんで三郎が謝るのさ。僕が思い切り引いたからいけないんだよ。」
「でも…。」
「三郎は?痛いところ無い?」
「な、ない。」
「そう。よかった。」
にこりと笑う雷蔵は本当に優しい。
三郎はぐっと泣きそうになるのを堪え、雷蔵に「ごめん…。」と呟いた。
雷蔵もまた笑みを苦笑に変えて「良いっていうのに。」と呟くと、腕の中の体を抱きしめる。
「ねぇ三郎。僕と一緒に居たいと願ってくれたの?」
「あ、そ、それは…。」
「嬉しいよ。」
雷蔵の言葉に三郎が顔を上げる。
驚いた顔は雷蔵と同じものだけど、多分自分より幼いなぁと思いながら雷蔵は微笑んだ。
「僕も、同じ願いを持っているもの。三郎が、そう願ってくれて嬉しい。」
「雷蔵…。」
「だから、二人で千羽鶴と折ろう?僕たちの願いが、叶いますように。」
「…っうん!!」
二人で手を繋いで帰って、せっせと折り鶴を作り続けた。
夜遅くなっても作って、次の日も、その次の日も作り続けて。
千羽作り終えた日は、二人でそれを飾って。
いつの間にかどこかに消えてしまったけど。



「あ。」
「何?雷蔵。」
「良いもの見っけ!」
「な、に…………ってあああああああ!」
「懐かしいねー。千羽鶴。二人で徹夜して作ったもんねー。」
「無くしたと思ったら!雷蔵が仕舞ってたのか!!」
「そうそう。長屋を移動するときにね。無くさないように行李の中に入れて。」
「……私だって探したんだぞ。」
今見ると大分色あせた鶴たち。
綺麗な形のものは三郎ので、ところところ歪んでいるのは雷蔵の。
糸でくくられて滝のように綴られた鶴は雷蔵の手の中で随分小さく見えた。
「ほんと。懐かしいな。」
じっと見つめる三郎に雷蔵が「また。飾ろうかこれ。」と笑う。
「…いいのか?」
「うん。だって今まで願いが叶っていたんだもの。このまま叶っていて欲しいじゃないか。」


『ずっとずっと一緒に居られますように。』


「ね?いいだろう?」
「…うん。」
嬉しそうに笑う三郎はあの時と変わらない笑顔のまま。
それを見て微笑む雷蔵もあの時と変わらないまま。
二人の願いも、ずっとずっと変わらない。

『ずっとずっと一緒に居られますように!!』


あとがき
うーん…。なんとも…。
幼少三郎は本当に可愛いと思うのですが。雷蔵だってメロメロだよ!
タイトルは「いのりがみ」。「祈る」と「折る」って似てね?と思って。

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