本音と希望






ガタゴトと音に合わせて体が揺れる。

揺れる度に隣の人間と肩が触れるが、そんなことはまったく意識に入らないまま、兵助の目は一点に向けられていた。
それこそ大きな目が乾いて充血しそうなほどに真剣に瞬きもせず向けられた視線の先は、黒のスラックスだ。
「…兵助、聞いてる?」
「聞いてる。それで今度納品する会社がなんだって?」
聞いている内容は正しい。
三郎は顔を上げない兵助に顔を顰めながらもそれは認めた。
兵助は何かに集中していても三郎の言葉には耳を傾ける。知ってはいるが、それすらも今は苛立たしい。
「ねぇ。私の足に文句でもあるの?」
じっと自分の足に注がれた視線から逃れるように足を動かす。
だが視線はそれに合わせて動くだけで、逸らされる様子はない。
ガタゴトと、電車の座席で隣同士に座り揺れながらまったく視線は外れない。
「三郎の足に文句は無いよ。でもさ。」
「うん?」
「…三郎なんでスーツの時スカート履かないの?」
視線の先の足はきちんとクリーニングされた黒のスラックスに覆われている。
揃えられた足の先からちらりと覗く白い足先は十分鑑賞に値するものだというのに。
真剣にそんなことを論じる兵助に三郎は心底呆れた目線を向けた。
「持ってない。」
「じゃあ買ってあげるから。」
「いらない。」
「……三郎。」
ようやく顔を上げた兵助は、目尻を情けなく下げながら三郎をじっと見つめる。
(私がその顔弱いの知って…っ!)
ぐっと思わず顔を仰け反らせてしまうが、三郎も負けじと首を振った。
「絶対、嫌。」
「……なんで?」
「なんでも!!」
「えー………。」
「駄目!」
強い三郎の拒否に、兵助はまた視線を下ろすのだった。


「履いてあげればいいじゃない。」
勘右衛門が軽く言うのに三郎はじろりと睨みつけた。
「無理。」
「なんで?」
同僚の勘右衛門はすらりと晒した足を組んでコーヒーを飲んでいる。
男の誰もが目を引かれる脚線美に三郎はため息を履いて苛立ち紛れにその足を叩いた。
「兵助ってば、勘右衛門のこの足をずっと見てた訳でしょう?」
「別に見てないと思うよ。」
「そんなはずない。」
きっぱりと否定する三郎に勘右衛門は肩を竦める。
そんなはずはないと言いたいのは勘右衛門の方なのだが。
今までどれだけの女子が彼に告白しても見向きもされなかった事実を思えば、勘右衛門の女性らしい足を見ているはずもないというのに。
「豆腐しか興味無かった兵助がまさか女の子の足に興味を持つようになるなんてねぇ。」
「…ほんとにあいつ女の子と付き合ったこと無いわけ?」
「モテるくせにね。」
幼馴染である勘右衛門は兵助が自分の好みからすっぱりと外れているので、三郎の相談に喜んで応じていた。
「まぁでも私の三郎選ぶなら見る目はあるってことかな。」
「私のって………。」
入社して早々に勘右衛門に告白された三郎はそれに苦笑するが、勘右衛門は気にした様子もなく「だからさ、スカート履いてみればいいのに。」と話を戻した。
「だから持ってないってば。」
「うそ。私就活の時に三郎が履いてるの見たもん。」
「…………捨てた。」
「はいダウト。」
しまった、と視線を泳がせる三郎の嘘をあっさりと看破し勘右衛門は飲み終えたコーヒーの紙コップをゴミ箱へ投入した。
そして振り向きざまに笑顔で「後で三郎の家に遊びに行くねっ。」と言い放って立ち去る。
三郎は断る隙も与えられず、ただ顔を引きつらせてしばしその場で固まっているのだった。



「う、ううぅ〜〜〜〜。」
「あはっ、かわいい〜〜。」
ぺたん、と床に座り込んで三郎は涙目で勘右衛門を睨みつける。
抵抗はした。
仕事は定時きっかりに終わらせ走って駅まで向かったにも関わらず勘右衛門はすでに三郎の家の前で待機していた。(よりにもよってタクシーを使ったらしい。馬鹿にならない距離だというのに!!)
それから酒を勧めたり食事を作ったりして話を逸らそうとしたが、三郎が風呂に入っている間にどこから引っ張り出したのか、勘右衛門がリクルートスーツ一式を持ってイイ笑顔で待ちかまえていたのだ。
あれよあれよという間に着替えさせられた三郎には勘右衛門を睨んで見上げる位しか出来ることがなく。
「ほらそんな可愛い顔してないで立ってみせて?」
「うう……かんちゃんのあほぉ………。」
憎まれ口を叩きながらも引かれるままに立ち上がれば、勘右衛門は酷く満足気な顔で頷いた。
「すっごくかわいい。」
「うそだぁ…。」
三郎はスカートが恥ずかしいのか内股気味になりながらそわそわと手を裾の辺りで彷徨わせている。
その仕草にまた目を細めて「ほんとだって。」と頷く。
「なんなら彼氏に聞く?」
「………は?」
「へーすけーー!!!もういいよーー!!!」
「!!!」
「かんちゃん…もうちょっと早く呼んでよ。ご近所の人に怪しい目で…………………。」
「うん?なんだって?」
鍵を閉めたはずのドアがあっさりと開き、そこから現れた姿に三郎は慌てて背を向けるが勘右衛門がそれを許さない。
両腕をがっしりと取られ三郎がじたばたと抵抗しても逃げることは出来ず、三郎はただ玄関の扉から顔を背け続けた。
だが兵助も、何かに拘束されたかのように動けずにいた。
勘右衛門はその様子をみてニヤニヤしながら三郎の体を兵助の正面に向けてやる。
「ほら。かーわいいだろ。」
その言葉に三郎はずっと背けていた顔をそっと上げて兵助の反応を見た。
ぽかんと口を開けたまま、固まったかのように動かずに居る。
その視線はじっと三郎にのみ注がれ、三郎は居心地悪そうに身を捩らせるが勘右衛門の拘束はまだ取れない。
だがその間も兵助は三郎を上から下までじっくりと見つめている。
明るい髪に白い項。かっちりしたシャツは少し胸元が開けられ鎖骨が見えている。それにゴクリと唾を飲み込んでそのまま視線を下げ、厚めの生地のスーツに覆われた細い体へ移す。だが生地は厚いとは言え、体の線の細さは隠しようがなく。
細い腰に、それを覆うタイトスカートがそれを強調しているようだった。
そして、そこから延びた、白い細い足。
「なーんでこんないいもの隠すのかなぁ。」
勘右衛門の呟きに全力で頷きたい兵助だったが、今は体動きが自由に効かない。
しっかりと、視線は三郎の足に向けられ動けずにいた。
その足は兵助から見て驚くほどに細く。身じろぎする度に見える太腿もスーツの黒がその白さをさらに引き立てている。
だが三郎はまだ諦めずに逃げようと体を後ろに向けた。
その際さらにスリットから見えた足に兵助はかっと顔に朱を昇らせる。
勘右衛門はそれを呆れた目線で見ていたが三郎にはそれは見えていなかった。
ただ今は必死に勘右衛門の腕から逃れようとしている。
「だ……って、こんな……ガリガリで、みっともない…………。」
「「それがいいのに!」」
三郎のぼそぼそと呟かれた言葉に二人が同時に反論する。
「被んないでよ兵助。」
「勘ちゃんこそ。」
軽い言い合いは幼馴染だからこそだからだが。三郎がそんな二人に不安そうな顔をしているのに気が付き兵助は固まっていた体をようやく動かした。
勘右衛門に拘束されている体を奪い取るように抱きしめ、その耳に囁く。
「三郎綺麗…。かわいい。も、たまんない。ありがとう。」
「ひゃう!!」
最後に耳朶に口づけられ、三郎の体が驚きに震えた。
だが兵助は放す様子も無く抱きしめたまま「細そ……折れちゃいそう。」だの「足綺麗じゃん三郎、もっと見せてよ。」だのと囁き続ける。
最初は恋人同士の戯れに目を瞑っていた勘右衛門だったが、いよいよ兵助が三郎を押し倒すように前倒しになるのを見てその脇腹を思い切り殴りつけた。
「ぐっふぅ!!」
「いい加減にしろこの変態。」
「か、かん……。」
拳を握りしめて、蹲る兵助を見下ろす勘右衛門を三郎が真っ赤な顔で見上げる。
その目は恥ずかしさからか涙で潤み、保護欲を大変そそられるもので。
勘右衛門はそんな三郎を安心させるようににっこりとほほ笑んでその手を取った。
「恥ずかしかったね三郎。残念だけど、もう着替える?」
勘右衛門の言葉に黙って頷く三郎の頭を優しく撫でてやり、勘右衛門は蹲る男の背中を蹴り上げ立ちあがらせた。
「ほら兵助。三郎着替えるから出た出た。」
「お……ま………、いや、せめてしゃしん……。」
「やだ。早く出てって兵助。」
勘右衛門の背に隠れるようにしながら言われた三郎の言葉に、兵助はすごすごと部屋を去った。
パタン、と閉じられた扉を見届けて。三郎はすぐに着替え始める。
あっという間に部屋着になってしまった三郎に「あーあ。」と呟くが、「もうしないからね!」と睨まれてしまった。
それに首を竦め、勘右衛門は表の兵助を呼びに外へ出る。
だから、二人は気付かなかった。
三郎が脱いだスーツをゴミ箱へは入れず綺麗に畳んで洋服棚へ仕舞った事実に。
「三郎…あー着替えちゃった。」
「当たり前でしょ。」
「残念。今度はもっとフリフリの着てみようよ三郎!」
「ぜっっったい嫌!!!」
赤い顔で拒否する三郎に、だから二人は気付かなかった。
実は三郎の洋服棚の中に、すでに何着かそんな服があることに。
それからしばらくは、それは二人が知らない事実。


あとがき
一周年コスプレリク「久々鉢でリクルートスーツ(タイトスカート)」でした!!
スカート恥ずかしがる三郎かわいい………。でも憧れてるの。
兵助の影が薄いうえに勘右衛門出張り過ぎましたね。すみません…。でもレズ勘ちゃんは楽しかった^^;
匿名の方からのリクエストなのでフリーにします!!お好きにお持ち帰りください。


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