捕獲準備




基本鉢屋三郎は、誰かの前で緊張するということはない。
雷蔵はもちろんのこと(怒っているときは別だが)、上級生だろうが先生だろうが殿様だろうが緊張とは無縁である。
掴みどころが無い。それが、鉢屋三郎とも言えるのだから。でも。


「へーすけー。」
い組の長屋。の兵助の部屋の戸を三郎は無遠慮に開いた。
今更それを咎める訳でもなく兵助も顔を上げそれを迎える。
「三郎。どうした?」
「こないだお前が借りた本あっただろ。あれ課題で使うから貸せ。もしくはすぐに返して私に渡せ。」
にっこりと暴君並みの発言をする三郎はまったく悪気無く手を差し出してくる。兵助はじっとそれを見つめた後首を横に振った。
「あ?なんでだよ。」
「俺も課題で使うんだ。」
「ふーーん…。」
三郎は面白く無さそうに兵助を見つめるものの、兵助もこれは譲れない。
「……わかった。」
しばらく睨み合いをしたあと、三郎が引いた。
珍しいと思いながら頷くと、静かに部屋を去っていく。
が。
再び無遠慮に開かれた戸に兵助は目を瞬かせた。
「私もここで課題する。一緒にそれ見せろ。」
「そりゃいいけど…。」
戸惑った顔の兵助がふと言葉を止める。
それを良いことに三郎は課題のための帳面と筆記道具を机に並べ始めた。
(まぁいいか…。)
そう自己完結して兵助も再び意識を課題に向ける。


そうしてしばらく静かな時間が部屋を支配して数十分後。パタパタと軽い足音が三郎の耳に入った。
「?」
扉の前で止まった気配と足音に顔を上げる。と、その時。「兵助。入るよー。」と軽い声と共に勘右衛門が入ってきた。
「!!」
「おー。勘ちゃん。三郎もいるけどいい?」
「あ。ほんとだ。大丈夫だよー。」
笑顔で了承する勘右衛門に三郎は思い切り顔を逸らす。逸らした先にいた兵助の顔を思い切り睨むと勘右衛門には聞こえないように小さな声で「騙したな……。」と囁いた。
「騙してないよ。言わなかっただけ。」
「屁理屈を言うな。お前面白がってるだろ。」
「三郎が素直になればいいだけだろ?」
「無理!」
「二人とも何話してるの?」
「なっなんでもねーよ!!」
三郎と同じく勘右衛門も向かいに座り机に自習道具を並べ始める。やはりこういう展開かと三郎は内心嘆息した。
三郎は、誰の前でも緊張なんかしない。この、勘右衛門の前以外では。
話しかけられるとどうしたらいいか分からない。近くに来られても、目が合った時でさえ。その上勘右衛門に微笑まれたら体が硬直して熱くなって溶けてしまいそうになる。
(どこの乙女だよ私は………っ。)
面を付けているおかげで顔が赤いのはばれていないのは幸いだった。
真面目に課題に取り組むふりをして意識が勘右衛門に剥いている三郎を兵助が呆れた顔で見ているのも気づいていない。
勘右衛門の方は気付いているのかいないのか。明るく三郎に「ねーねー鉢屋。」と話しかけている。
「鉢屋はどうしたんだ?兵助の処で勉強するなんて珍しいね。」
「……別に。こいつが課題で使う本を持ってるから一緒に見せてもらいに来ただけだ。」
「あーそっか!俺も!兵助ってば授業終わったと思ったらもう居なくてさ!帰って来たと思ったらもう本借りてたんだぜ!怒る前に泣きついちゃったよ。」
あははと笑う勘右衛門に三郎は笑えず。ただ机の上にのみ視線を注いでいた。
(あ。嫌だ。私も笑い返さなきゃ。「そうだな。兵助の卑怯者ー。」って笑わなきゃいけないのに。)
出来ない。
言葉を出そうとしてもヒクリと喉が動くだけで、何も言葉が出てこない。
ただ笑おうとしても、いつもならなんなく動く顔の筋肉がまったく分からない。ひょっとしたら今はものすごく変な顔をしているのかも知れない。
「さて!じゃあ俺も始めるかな!兵助本見せてー。」
「ん。」
勘右衛門は気にした様子もなく兵助から本を回してもらっている。
それに、なんだか悲しい気がするのは気のせいということにして。三郎も今度は本当に課題に取り組み始めた。


しかし。
始めてまだ少ししか経っていないにも関わらず勘右衛門が「鉢屋ぁ。」と腕をつついてくる。
「…なんだよ。」
触られていることを意識しないようにするあまり、ぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「ここ分かる?」
やはり勘右衛門は気にせずにずいと三郎の目の前に本を差し出し、ここ。と指差した。
しかし逆さのまま差し出され三郎は見やすいように首をひねる。勘右衛門もそれを察し、逆さだった本を横向きにずらした。その動きに合わせて三郎も体ごと首を動かすと、勘右衛門も同じ行動をしていて。
要するに、二人は隣同士で密着する形になった。
「!!」
はっと気付いた三郎が体をずらそうとするも、勘右衛門は追いかけるように一緒に体をずらしてくる。
(なっ!?なん!?えぇ!?)
「鉢屋?」
間近で顔を覗きこまれる。混乱していた頭はそれでも表にそれを出そうとせず、心の中で奇声を上げた
三郎はただ硬直して不機嫌そうな顔でベシ、と勘右衛門の顔を掴み、「近い。」と言って自分から押し離す。
混乱する頭だから出来たのだ。普段なら触れることもきっと出来ない。
勘右衛門は「ごめんごめん。」と笑いながら少し三郎から距離を取った。
ほっとしながらもそのことが少し残念な自分の心情が、分からない。分かりたくない。
(ああもう胸が五月蠅い!!)
「………で?どこが分からないって?」
「ああ!ここ!」
それでもまだ取り繕うことを止めない三郎は指差された箇所を読みあげると、今度は無心で解説を始める。
「…で、こういうことになるわけだ。わかったか?」
「なるほどねー。ありがとう鉢屋!!」
満面の笑みが目の前から零れている。
思わず、呆けたようにその笑顔に見惚れてしまった。
三郎はそれから逃げるように思い切り顔を逸らし、そして迂闊にもそのあとで今の自分の行動がいかに不自然だったか気が付き冷や汗を流し始める。
(変だと思われた!ぜったい今変だと思われた!)
「鉢屋?」
(ああ勘右衛門が戸惑ってる!どうしようどうしよう!?)
そうして三郎は普段優秀な頭を混乱させながらフル回転し、言い訳を考えようとするが当然なにか思いつくはずもなく。


逃げた。


「あ!!鉢屋!!?」
バシンっと戸が壊れかねない音をさせながら去った三郎を残った二人が呆然と見送る。
「…………勘。」
「あーあ…。鉢屋どうしたんだろうね?兵助。」
「白々しい。いじめ過ぎだ。」
「あはは。だって、可愛いじゃない。」
心底楽しそうに笑う勘右衛門を、兵助が呆れた顔で見やる。
「好きな子をいじめるのは低学年のすることだと思うぞ。」
「鉢屋はいじめられてる自覚無いと思うけどね。」
絡め取ろうとすればするりと逃げ、言葉で縛ろうとしても煙に巻く。
掴みどころの無い鉢屋三郎が、勘右衛門の前だとこんなに素直だ。
「カチンコチンになっちゃって。わざと捕まえてほしいんだとしか思えない。」
「…だったら、早く捕まえてやれよ。」
「うーん………。」
兵助の苦言に勘右衛門はわざとらしく悩むふりをしたあと、首を振る。
「もう少し可愛い三郎見たいから、もうちょっとこのまま!!」
満面の笑みの級友に、ため息を吐く兵助は心から三郎に同情した。
(なんっでこんな性格悪い男に惚れたんだ?)
きっと今頃頭を抱えて走り回っているであろう友人の心情を思い遣って出るため息は、嫌に重かった。


あとがき
10000hit御礼フリリク「勘右衛門を意識しすぎてギクシャクしてる三郎のお話」でした!
そんな緊張してる三郎とかきっとハムスターのように可愛い…。いじめたい…。そして黒い勘ちゃんが大好きです。
素敵なリクエストありがとうございました!!
匿名の方からのリクでしたのでフリーにします。よろしければお持ち帰りください!

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