昼下がり
遠くで鳥が鳴いている。
穏やかな昼下がり、ほとんどの生徒は教室で授業を受けているはずだ。
しかし、三郎は自室に兵助を招きひたすらに手を動かしていた。
「っ三郎、くすぐったい。」
「動くなしゃべるな。じっとしてろ。」
そしてまた三郎の器用な指が兵助の肌の上を走る。
穏やかな、昼下がりだ。
「まったく、最初見たときは驚いたぞ。この優等生が授業をさぼるなんて天変地異が起きるかと思った。思わず空を見上げちまったじゃないか。」
「そう言うなよ。俺だって途方に暮れてたんだ。三郎がいて助かった。」
「しゃべんなっつったろうが。」
「はい。」
そして口を閉じて、兵助は三郎のやりやすいように顔を上げた。
その上を柔らかい筆が通っていく。
「女装の授業って、そのうちろ組もやるんだろうな。竹谷の出来が見物だぜ。」
「ぶっ!」
「動くな!」
「じゃあ笑わせるな!!」
兵助がひくひくと肩を震わせながら目を閉じる。
三郎はじっとその顔を見つめながら、ぼんやりと(きれーな顔)と心の中で呟いた。
滑らせる刷毛はなめらかに動き、きめ細やかな肌を白粉が隠していく。
もったいない、と少し心の中で思いながら手は休めない。
「私、結構おまえの顔好きなんだよなー。」
「そうか?じゃあ思う存分きれいにしてくれ。」
「…もともとそんな必要はないけどな。」
なにしろ元がいい。
閉じられながらもふるりと震えるまつげは長く、いじる必要はない。
つり上がった猫目は少し色をつけて柔らかい印象にする。でもやりすぎは良くない。ほんの少し、でいい。
あまり派手に目元を飾ると大きい目がさらに強調されてしまう。
頬紅も控えめでいい。もともとすっきりした顔立ちをしているから、少し骨ばった男らしさを消すように化粧を施していく。
三郎はそのまま男らしい眉をじっと見つめた。
「兵助…。」
「ん?」
「眉毛剃るぞ。」
「でぇ!?な、なんで!?」
「お前これは女にはまずいだろ。伝子さんを見ろ。あんなに細くされているだろうが。」
「あれと一緒にするな!!」
「足も後で剃れよ。」
「ええええ!!!」
「変装の道は険しい。」
「いやおまえが言うと妙に重いけど、女装じゃん!!」
「じゃ、落第かな。」
「くっ、」
「あきらめろ。ほら剃るぞー。」
「うう…。」
へにゃりと下げられた眉に剃刀を当てる。
ふぅ、と吐いた小さなため息は聞こえているだろうか?三郎とて、好き好んで剃刀を当てているわけではない。
しかし変装名人と呼ばれる身である限り、妥協は許せない。
三郎は複雑な心境で兵助の凛々しい眉を剃り上げていった。
顔に付いた毛を払い、少し化粧の手直しをする。
もともと女顔だっただけに、上手く化粧を施せば美女ができあがるのは当然の理である。
兵助は三郎の言いつけを守ってじっと目を閉じている。
すこし、三郎は目を閉じたあと、兵助の顔をじっくりと見つめることにした。
一見して、目鼻立ちが整っているのはわかる。
いまは閉じられている目は大きく、瞳も宝石のように黒く美しい。その目は少し色を乗せられ、普段はない色気を醸し出している。
薄い桜色の唇は、今は紅が刺され妖しい雰囲気を持っているが、全体の様子から見れば派手ということはない。むしろ美しさを引き立てるものを選んだ。
白粉は美しい肌を隠してはいるものの、その滑らかさは隠しきれない。
会心の出来だ。
しかし、三郎の顔は浮かないものであった。
(…わたしってやつは。)
三郎はしっかりと兵助に施された化粧を見ながら自身に呆れかえる。
目も、唇も、顔も、肌も。
兵助の良いところを全て化粧で隠してしまって。
兵助のことは好きだし、その顔ももちろん好きだ。くのいちたちに人気があるのも知ってるし、それに嫉妬を抱くのも当然。
ライバルは今だってたくさんいる。これ以上増やしたくない。
(…わたしってやつは。)
いつからこんなに独占欲が強くなったのか。
三郎はそっとじっとしている兵助の顔へ指先で触れた。
途端ピクリと動く、ずいぶんと細くなってしまった眉を見て苦笑が漏れる。
今の兵助は普段よりだいぶ女性的だ。そういう風に三郎がしたのだが。
「・・・三郎?」
「んー?」
「終わったのか?」
動かない三郎に目を閉じながら兵助が聞いてくる。
いいや。と答えてもう少しこの顔を見ていたいが、三郎も授業に戻らねば。
でもまだ終わってない箇所がある。
「…顔は終わったよ。」
「そっか。」
ぱちりと大きな目が開いた。
現れた瞳に笑いかけて、三郎は兵助の後ろへ回る。
「次、髪な。」
「え!!いいよそっちは自分で出来るから。」
「おまえに化粧を崩さずに髪を結うなんて真似出来るのか?」
「う…。」
「すぐ出来るからまかせとけって。」
「三郎の腕は信用してるよ。」
どこか憮然としながら兵助は後ろに向けていた顔を正面へ戻した。
素直な兵助に三郎はひっそり微笑んで、今は緩く結われている黒い髪を一度おろす。
さらりと流れた髪は闇を閉じこめたように黒い。
その中の一房を手に取り、愛おしげに口づけたあと髪結いの道具を道具箱から取り出した。
櫛で髪を梳くたび一緒に兵助の頭もゆらゆらと動いて、そっと三郎の心が和む。
ある程度梳いてから、三郎は簪を取り出し口に咥える。両手で艶やかな髪を持ち上げ素早く纏め上げ、簪を挿した。
黒く美しい髪に、朱色の簪が良く映えている。
三郎はその出来に一人満足気に頷いて、それから何か考え込む。
「…………………。」
「三郎?」
「…ちょっと、前向いてろ。」
「?うん。」
素直に前を向く兵助の肩に手を置いて、三郎の顔がそっと下がる。
ふわり、と三郎の髪が頬に触れた、と兵助が感じた途端、濡れた感触とチクリとした痛みを項に感じた
「いっ、え!?」
「じゃあな。」
振り向く兵助から逃げるように三郎が部屋から立ち去る。
空気に当たってひやりと項の濡れた部分が冷える。
兵助が目を白黒させながら三郎の鏡を手に取りそこを覗き見ると、やはり、そこには紅い痕。
「さぶろっ…ってあああもういないし!!」
兵助が鏡片手に叫ぶ頃。三郎はろ組実習場所である裏山に戻っていた。
(…わたしってやつは!!)
三郎は紅い顔を手で抑えながら何度目ともつかない呟きを洩らす。
恥ずかしい。次に兵助に会ったとき、どんな顔をすればいいのか。
しかし。
ほくそ笑む顔を抑えることが出来ない。
いつも痕を付けたがる兵助の気持ちが、今はとても良く分かった。
自分の証を付けるのは、独占欲を満足させる。
(あの美しい男は私のものだ!)
笑みを浮かべて走る三郎は今はまだ知らない。
実習から戻った兵助に今度は自分が全身に痕を付けられることを…。
今は、顔を紅くしたまま笑みを浮かべる二人がいるだけだった。
あとがき
一万打フリリク「三郎が兵助に化粧をする話」でした!
ど、どうでしょう…。リクに叶ってますか(ドキドキ)
匿名の方からのリクでしたので、フリーにします。よろしければお持ち帰りください!
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